執筆者 新井明
(1)統計が注目されている
厚生労働省の「毎月勤労統計報告」の変更問題が国会で論議を呼んでいます。今回は、政治問題としてではなく、経済の授業の観点から統計について取り上げてみたいと思います。
最初に紹介しておきますが、統計が政権党の意向を受けて操作される疑惑というのは日本だけではなく古今東西いろいろあり、近年の事例では、イギリスで1997年に保守党から政権を奪還した労働党ブレア政権が、保守党時代の操作疑惑(失業率の定義を変更など)を批判して、『統計への信頼をたかめるために』という白書を1999年に出しています。
(2)統計について最低知っておきたいこと
統計を教えるに際して、まず社会科、公民科の教員として最低知っておきたいのは、その統計をだれがどのように作ったのかということでしょう。
1)誰が作っているか
誰がという点では、日本の統計は各官庁や組織が縦割りで作成しているので、ある意味ばらばらです。経済の授業で一番使うと思われる国民所得(SNA)は内閣府経済社会総合研究所が作成しています。
金融関係は日本銀行が調査、作成してるのはすぐわかりますが、物価は、企業物価指数は日本銀行が作成、消費者物価指数は総務省統計局と別れたりしています。
似たようなところでは、労働に関して労働時間は、総務省の統計局の労働力調査、賃金は厚生労働省の毎月均等統計報告で知ることができます。また、国際収支では、財務省の国際収支状況と日本銀行の国際収支統計の二つがあります。
これらの作成者を一覧で知るには、総務省統計局のHP内の統計一覧(下記)から見てゆけばいいのですが、それでも沢山あってそこからさらに必要なデータにたどり着くのは結構手間暇がかかります。
https://www.stat.go.jp/library/faq/faq-a.html#area03
(2)どのようにつくられているか
どのようにという点では、その統計がすべての対象からデータをとっている全数調査なのか、一部からデータを取る標本調査かを知っておくとよいでしょう。
全数調査で一番有名なのは10年(5年)に一度行なわれる国勢調査です。これは総務省の統計局の担当です。現在話題の、毎月勤労調査も全数のところを勝手にサンプルにしたことが問題になっています。
もう一つ知っておきたいのは、一次統計と二次統計の区別です。
一次統計は統計調査のプロセスにしたがって作成された統計で、一次統計には「調査」の名前が付いています。
二次統計は、一次統計やその他の統計、行政データなどを加工して作られたものです。代表的なものはGDP統計です。GDP統計は各種の一次統計を統合して作成します。そのなかに、今回の毎月勤労調査も含まれているので、誤差の範囲かもしれませんが、たかが一つの統計の変更という訳にはいかない背景があります。
各種の指数も二次統計になります。この二つに入らない業務統計(有効求人倍率がその一つ)というのもありますが、複雑になりますから、まずは、生のデータか加工されたものかを知っておくことが大事になります。
(3)統計を読み取るために
スペースの関係もあるので、ごく一部だけに触れます。
1)グラフを実際に作る、読み取る
「政治・経済」の教科書で出てきた統計をピックアップしてみると、GDP統計、物価指数、経済成長率、人口の推移、国民負担率、労働力率、賃金格差、食料自給率、ジニ係数、国際収支などがあります。
このなかの一つでもいいから、実際に作ってみると統計に関してのある種のセンスが生まれるはずです。
その際は、できれば取ったデータをもとに自分で計算してみたり、その結果をグラフで手書きすることを勧めます。そうすると、時間の関係や変化を体で覚えることができます。特に、グラフで言えば縦軸の数字や単位に注意がゆきます。
出来合いのグラフだとどうしても縦軸に注意がゆかなくなって、おおよその傾向を直感的にみて分かったつもりになってしまうことが多くなります。錯覚を起こしてしまうと言っても良いでしょう。逆に、それを利用して年々飛躍しているぞと宣伝する企業や塾もあります。(これに関しては『統計でウソをつく法』講談社ブルーバックスなど多数の本が出ています。)
そういった錯覚を防ぐには、手書きであれこれ作成してみることですす。傾向も含めて数字の変化やその背後にある事項を確認しながら理解することができるでしょう。
2)年度か年か、四半期か
日本では予算や学校は年度で動いています。だから年度なのか年なのかへの配慮が薄くなります。世界では年度は国によって異なるので年で比較する必要がでてきます。
また、今は四半期での統計が発表されます。わずか3ヶ月ですが、その間に大きな変動などがあった場合に、年と年度ではでてきた数字や傾向が違うこともおこります。
さらに、四半期発表では、まず速報値が出て、次にその修正が出ます。その上で確定値が発表されるという三段階の手順を踏みます。学校では、確定値がわかれば良いわけですが、研究者や政策決定者にとっては、タイムラグと修正は大きな問題になります。このあたりの事情は、専門書ですが小巻泰之先生(大阪経済大学)の『政策決定と経済データ』日本経済新聞社を参考にしてください。
3)名目と実質
経済のデータの場合、名目と実質の違いを区別することが大切になります。経済成長しかり、物価や金利の変動しかりです。
実質値の例としては、実質経済成長率≒名目経済成長率-物価上昇率(GDPデフレータ)は教科書に登場します。
最近行なわれた都立高校の入試問題では、消費者物価指数の推移のグラフと月間現金給与額の増加割合のグラフを出して、そこから国民所得倍増計画を説明させる記述問題がでています。なかなか良い問題です。
(4)「活かせ統計、未来の指針」とするには
タイトルは本年度の統計の日にちなんで募集した標語の特選作です。これをめぐって国会で質疑がされ、ネット上ではパロディが沢山でています。
でも、社会の仕組みを知るためにはデータをもとにした議論や分析がどうしてももとめられます。情報リテラシーは、パソコンを使ったデータ処理以前に、統計データの成り立ちを知っておくことからはじまります。
時間が限られているなかですが、どこかできちんと統計について学ぶことから始める必要があります。数学や教科「情報」との連携(数学では「データの分析」を必修の数1で万学び、ヒストグラムや標準偏差、中央値などはすでに学んでいるはずです)を図りながらすすめたいものです。
(メルマガ 122号から転載)
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