執筆者 新井明

 経済の授業だけでなく、社会科、公民科の授業では「身近な事例から導入して興味を持たせる」という言葉を良く聞きます。
 たしかに、自分とは遠い世界の政治や経済の話を聞かされてもすぐに興味を示す生徒はそれほど多くないのは実際のところす。その点で、日常のコンビニや商店での買い物、遊園地の入場料などが経済学習では、生徒にとっての身近な事例となることは十分にうなずけます。

(1)身近な事例は難しい
 ところが、身近な事例から経済の価格の働きや市場の仕組みを説明するとなると結構難しい手続きや議論が必要になる場合が多いのです。
 それにもかかわらず、ある中学校の教科書では、価格に対する疑問という導入例として次の事例をあげて、「商品の価格は、どうして高くなったり安くなったりするのだろう。」と問いかけを生徒にしています。
 その事例とは以下のようなものです。
 「映画館で、前売り券と当日券の料金が違うのはなぜ?」 
「ディスカウントストアの方が、一般の電気店より家電製品が安いのはなぜ?」
 「シーズンになると観光地のホテルの値段が高くなるのはなぜ?」
 「閉店間際のスーパーで値引きするのはなぜ?」 などです。(一部省略をしてます)
 これって正確に理由を理解するのは結構な難問です。

(2)キャベツ農家の思いと行動は
 教科書ではここから需要量、供給量、価格の関係について考えようというかたちで一挙に抽象の世界に飛んでゆきます。
 その時に、具体から抽象への媒介として使われるのが、身近と思われているキャベツです。
 ところが、事例として取り上げられたキャベツは、需要側の気持ちや行動は比較的理解させやすいのですが、供給側(農家)の気持ちや行動を生徒に説明すると結構困難にぶつかります。
 教科書では、「価格が(高い・低い)とたくさん売りたいけれど、(高い・低い)とあまり売りたくない」という農家の人の言葉がでてきて、考えさせる構成になっています。
 本当に、農家のひとがキャベツを巡ってそう考えるか、中学生だけでなく、教える側の教師でも「?マーク」が付きそうな発言です。例えば、作ってしまったものを安いから売りたくないという気持ちになるかどうかです。
 これは、市場という高度で抽象的な概念をむりやり具体的な事例で説明しようとするところのつまずきといえるでしょう。

(3)どうするか
 身近な事例から興味を持たせるという方向は間違えないとしても、よほど事例を注意するか、その事例をきちんと説明することが教える側にできていないと、実際にその説明まで教えるかどうかは別として、自信をもって生徒に接することは出来ない相談となります。
 では、どうするか。
 一つは、きちんと理論を踏まえることになります。需要で言えば、需要量と需要の違い、需要曲線上の変化とシフトによる価格変化の違いなどを理解させる方向を目指す道です。場合によっては弾力性の概念なども加わります。その際のキーサードは、「モデル」ということと、「その他の条件は一定である(セトリス・パリブス)」です。ただしこれをやると薄められた経済学になりかねません。
 もう一つは、常識をひっくり返すような事例を選んで、ビックリさせながら、値段の不思議さや効果を体験させることです。この場合は、ある程度理論的な正確さは犠牲になりますが、うまく事例を精選すると概念形成の道が開けるようになります。

(4)乞うご期待
 今年の夏休み経済教室では、この二つの道に関する問題提起と実践事例の提案がなされる予定です。
 講演講師の先生方がどんな提案をするか、解説をするか、教室に参加をされてご自身で確認していただければと思います。
 それにしても、取り上げた教科書を使っている全国の多くの先生は、この具体的事例に対してどんな解説を生徒にしているのでしょうか、なお、事例の解説は次回としますが、新井君は正確に答えられるかな。

(メルマガ 114号から転載)

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