「先生、今日は何で金融教育の学習をするの?」にどう答えますか?
執筆者 金子幹夫
1.はじめに
先月号のテーマは「起業家教育や金融教育をどう捉えたらよいのでしょうか?」でした。
今月号は、この続きを皆様と一緒に考えていこうとしたのですが、何か気になるのです。 気になることをそのままにして思考を進めることはできません。そこでタイトルを再読すると、主語がないことに気がつきました。起業家教育や金融教育を捉えるのは誰か? ということです。今月号は、この問いから出発します。
2.暗黙のうちに省略された階層?
そこでさっそく主語は誰かを考えます。おそらく主語は「経済教育のことを考えている私たちは・・・」と設定して問題ないと思います。そこで主語を入れてタイトルを読んでみます。「経済教育のことを考えている私たちは起業家教育や金融教育をどう捉えたらよいのでしょうか?」です。
すると、筆者は別の違和感を覚えるのです。主語を入れて安心するはずだったのに、何かがおかしいのです。その違和感の原因は「教育」という用語です。1つの文の中に「○○教育」という用語が3つ入っているところが気になるのです。
なぜ気になるのでしょうか? それは教師がこのタイトルを解釈するとき、暗黙のうちに「○○教育」の階層を形成しながら解釈しているのではないかと想像したからです。例えば、「経済教育」の中に「起業家教育」や「金融教育」が含まれていると考えて解釈しているのではないかという想像です。
本当に経済教育は起業家教育や金融教育よりも広い概念を示しているのでしょうか?
3.「○○教育」のことを考えなくてはいけない
この問題は、起業家教育や金融教育にとどまることなく、もう少し広い範囲で捉えた方がよさそうです。
そこで調べてみると、学校を取り巻く「○○教育」というのは100個近くあることがわかりました。範囲を拡げると書きましたが、すべての「○○教育」をとりあげるとなると筆者の手に負えない大きな問題になってしまいます。
取り上げる教育は、経済を教えている教師にとって身近なものにしました。数は12個です。狭い範囲で検討してみて、手応えがありましたら少しずつ拡げていこうと思います。
その12個というのは法教育、主権者教育、経済教育、国際理解教育、新聞教育、環境教育、防災教育、消費者教育、道徳教育、起業家教育、金融教育、平和教育です。
4.「○○教育」の仕分け
この12個の「○○教育」を見て、どのように感じましたか? 試しに階層化してみようと、仕分けをはじめた方もいるのではないでしょうか。
本稿も、まずは第一歩目を踏み出して、階層化のようなものをつくってみたいと思います。はじめは、意味や扱う範囲が広いものはどれかを探します。例えば、地球全体のことを考える環境教育は意味も扱う範囲も広いです。さて、他に意味や扱う範囲が広いものはどれでしょう・・・?
5.仕分けの限界
この仕分けの作業は、わずか数分で壁に直面します。意味も扱う範囲も比較することが難しいからです。
そして、各「○○教育」で学習する内容は、幅が広く、点で示すことが難しいからです。さらに、力尽くで階層化したとしても、教師の授業づくりに貢献できそうにないことがわかりました。次の二歩目はどうしたらよいのでしょうか?
6.仕分けの目的を再考
「○○教育」の仕分けは、先月号のタイトルにおける内部矛盾がきっかけでした。ここで、なぜ「○○教育」について考える必要があるのかを共有しておきたいと思います。
この考察は、単に筆者の違和感を解消するために行っているのではありません。経済を教える教師が描く、学習内容の可視化をめぐり、議論が盛んになることを期待しているからです。
1年間の授業時数は決まっています。教師は、限られた時間で教えるべき事柄はきちんと教えなければなりません。時にはうまく教えられないときも出てきます。その様なときに「○○教育」が助けてくれるかもしれません。もしかしたら生徒の思い出に残る授業になるかもしれません。
教師は、たくさんある「○○教育」の中から何を選び、どのタイミングで実践するのかを判断する必要があります。判断に必要な資料の一つは「○○教育」の全体像です。この全体像は簡単につくれるものではありません。実践者を中心にした議論が必要です。その議論に必要なたたき台をつくりたいというのが仕分けの目的となりました。
7.「○○教育」の仕分け その2
一直線上に仕分けをすることができない12個の「○○教育」を目の前にして、どのような工夫をすることができるのかを考えます。
イメージしたのは四象限図です。四象限図の上に、点ではなくて楕円で各「○○教育」が扱う学習内容の範囲を表してみたいと考えました。
問題は2つの軸をどのように設定するのかです。1つ目の軸(例えば縦軸)は、「基礎となる知識が中心となる教育」と「日常生活で必要な具体的知識が中心の教育」と設定してみました。前者は抽象度が高い教育で後者は具体的事象を扱う教育だとイメージしてください。
程度の差はありますが、12個の「○○教育」は、基礎となる知識から日常生活で必要な知識まで扱っており、その範囲を楕円形で示すことができそうです。12個の楕円は重なりながら示されることになります。次に2本目の軸(今度は横軸)を設定します。
この横軸には、「社会との接点が遠い学習」(例えば左側)と、「社会との接点が近い学習」(右側)を設定します。前者は地理的・時間的に現在地から遠い題材を、後者は日常生活に近い学習を想定しました。
12個の「○○教育」は、前者も後者も取り上げていますから、こちらも学習内容の範囲を楕円で示すことができます。
8.これで具体的な議論の場ができました
これで四象限図のできあがりです。12個の「○○教育」は、この図の中でどのように示されるのでしょうか。一人ひとりの教師が持つ教育観が可視化されます。
何もないところで「○○教育」を語り合っても、話しがかみ合うとは限りません。可視化された対象を見ながら検討し合うことで、認識の一致に向けた議論につながると思います。今月はここまでです・・・となるはずでした。
9.東京部会でいただいたアドバイス
実は、ここまでの内容は、2025年11月25日に慶応大学で開催された経済教育ネットワーク東京(No.147)部会で報告しました一部です。
筆者はこの日「私の経済教育観が揺れ動いて止まらない!~メールマガジン作成の舞台裏から~」というタイトルでメルマガの「授業のヒント」、「役に立つ本」執筆の舞台裏について報告しました。
この東京部会が終わった後、多くの先生方から感想をいただきました。その中で、四象限図の軸をもう少し工夫できないかというアドバイスをいただいたのです。いただいた宿題について、次のように考えてみました。
- 新しい軸の(案)
縦軸は同じです。横軸を次のように変更してみました。
左側は「事実を理解する学習」、右側は「選択することを考える学習」として整理し直してみました。
12個の「○○学習」は、どれも両方の要素を含んでいます。授業では「事実はこうなっているんだ」ということを学ぶときと、「どの政策を選ぶことが適切か」を考える場面はきちんと区別して教えないと生徒は混乱してしまいます。
前出の四象限図は、各「○○学習」を楕円にして取り扱う範囲を示そうとしましたが、今回は台形を上下左右に向けながら描くことで、取り扱う範囲を示すことになりそうです。
11.仮説の構成は続く・・・
ここまで「○○学習」に関する四象限図のデザインについて考えてきました。本稿の趣旨は、これが正しい四象限図だということを示すことにありません。どのような材料を提供すれば、経済学習のことを考えている人が、活発に議論してくれるのかということです。
議論が深まれば、きっとその話題は「経済学習はいかにあるべきか」という内容になると思います。この議論を経験した教師は「先生、どうして今日は金融教育の学習をするのですか?」という生徒からの質問に対して、腑に落ちるように説明できると思うのです。
今月はここまでです。
Comments are closed