起業家教育や金融教育をどう捉えたらよいのか
執筆者 金子幹夫

1.はじめに
 先月号の最後に「経済教育が扱うテーマはいろいろあって、先生も生徒もたいへんです」と書きました。今月は、この文の続きを皆様と考えてみたいと思います。
 この「扱うテーマがいろいろあって」という文は、前回取り上げました東京部会での話題が起業家教育や金融教育であったという流れで書いたものです。
 そこで、今回は、教師が起業家教育や金融教育をどのように捉えることができるのかというテーマで考察してみたいと思います。

2.今月の全体像
 考察すると言っても、テーマが大きすぎます。さらに、考察する角度も定まっていません。何か手がかりが必要です。そこで2人の先生に今月は助けてもらおうと企画しました。
 1人目は、今月の「授業に役立つ本」で紹介する渡邉雅子先生です。『論理的思考とは何か』そして『共感の論理 -日本から始まる教育革命』の中からヒントをいただきました。
 2人目は、夏休み経済教室で「経済授業の目次を組み替える」というテーマで講演された篠原総一先生です。スクリーンに映し出されたスライドからヒントをいただきました。
 はじめに、どこに課題があるのかを示します。次に、その課題に光をあてるために、2人の先生からどのようなヒントをいただいたのかを紹介します。最後に起業家教育や金融教育をどのように捉えるのかという考え方を示したいと思います。
 ※ もしもよろしかったら、ここから先に進む前に、本メルマガの次のコーナー
  「【 4 】授業に役立つ本」をお読みいただけますと、ストーリーがより一層明らかになると思います。
 
3.どこに課題があるのか?
 経済教育には起業家教育や金融教育以外にもたくさんの「○○教育」と呼ばれるものがあります。それぞれ目的や扱う内容が異なるため、一括りにできません。この問題はいったん脇に置いて、起業家教育と金融教育にしぼって話を進めることにします。
 起業家教育や金融教育の課題をあげようとすると、多方面から問題点を指摘されそうです。それを承知の上で、本稿では次の点を中心にして考察してみたいと思います。
 その内容は次のとおりです。
 ① 公民科教師は、これを必ず教えなければいけないという学習内容を知っています。
 ② 同時に、生徒が生きる力をつけるために必要な実践的な学習の存在も知っています。
 ③ 一方で、年間の授業時数に限りがあることを知っています。
 ④ ゆえに学習内容の精選、教える順番の決定、そして時間数の配分でいつも悩んでいます。
 この4点をもとにして、私たちは、起業家教育や金融教育をどのように捉えることができるのかを考えてみることにします。

4.渡邉先生が示しているヒント
 公民科教師は、生徒に向けて経済に関するたくさんの知識を教えています。このたくさんの知識は、どのように分類することができるのでしょうか?
 渡邉先生は『共感の論理』の中で、「教育で教えられる知識は、大きく経験的知識と体系的知識に分けることができる」と書いています。前者は「個人の生きている時間と空間に制限」され、後者は「世代を超えて継承され共有されてきた知識」です。
 (※ 渡邉雅子『共感の論理 -日本から始まる教育革命』岩波新書 2025年p.64)
 大まかに考えますと、教科書に記述されている内容の多くが後者の体系的知識で、起業家教育や金融教育は前者の経験的知識が多く含まれていると分類できそうです。

5.篠原先生が示しているヒント
 公民科教師が教えているたくさんの知識を別の角度から分析したのが、夏休み経済教室において「経済授業の目次を組み替える」というテーマで講演された篠原総一先生です。
 講演の中で示されたスライドの第9ページに、「経済」の6つの本質とあり、キーワードとして「希少性、分業と交換、つながり」が、准キーワードとして「信頼、機会費用、効率と公正」があげられていました。
(https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/09/2025Prof.Shinohara.pdf)
 ここにあげてある知識は、経済学者が高校生に経済を教えようとするときに、常に意識していなければならない「体系的知識」だと解釈しました。

6.2つのヒントをもとに経済教育を眺めますと・・・
 ここから、次のようなことを考えました。前出の①~④について、ひとつずつ追いかけていきます。
①「公民科教師は、これを必ず教えなければいけないという学習内容を知っています」について  
  これは経済を教える教師にとって、はずすことのできない視点です。体系的知識が 多くを占めます。 
②「同時に、生徒が生きる力をつけるために必要な実践的な学習の存在も知っています」 について
   ここからが問題点の整理になります。起業家教育、金融教育はどちらも生徒が生きる力をつけるために必要な学習です。経験的知識が中心の学習です。ところが、①で示した、教えなければいけない内容を省くことはできません。
 ③「一方で、年間の授業時数に限りがあることを知っています」について
   そこで、授業時間全体のデザインという問題に直面します。このデザインには、2つの架け橋が必要になると考えました。
 第一の架け橋は、体系的知識と経験的知識の架け橋です。教科書の内容から少し離れたところでエピソードを探す必要性は、この連載で何回も登場しました。そこで企業や労働について教える時、起業家教育をどのように組み込むことができるのか。また金融の単元で、金融教育で開発された教材をどのように組み込むことができるのかという視点でデザインを再構成することができます。
④「ゆえに学習内容の精選、教える順番の決定、そして時間数の配分が問題となります」について
  体系的知識(教科書記述)の中に経験的知識(○○教育)を組み込む際に、経済教育の全体像が歪んでしまったら、生徒は大変です。微調整を繰り返すと全体のデザインそのものが変わってしまうという危険に直面するからです。
  そこで重要な役割を果たすのが「キーワード」と「准キーワード」です。これは体系的知識と体系的知識を結ぶ第二の架け橋になります。経済学習に登場する数多くの体系的知識同士は、「希少性、分業と交換、つながり、信頼、機会費用、効率と公正」で結びついているからです。

7.教師が必要な要素について教える順番を決めるということ
 再び渡邉先生の著書に戻ります。
『論理的思考とは何か』に「論理的であるということは読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいることから生まれる感覚である」と書いてあります。
 (※ 渡邉雅子『論理的思考とは何か』岩波新書 2024年p.50)
 経済学習は、体系的知識と体系的知識をどのような順でつなげて教えるのかという問題と、体系的知識と経験的知識をどのような順でつなげて教えるのか、という2つの問題を同時に考える必要があるわけです。

8.求められる生徒分析力
 すると、すぐに教師による生徒分析力を考えるという問題に直面します。もしも起業家教育や金融教育を実践しようとするならば、いつ・どのタイミングで・何時間の授業を展開することが有効かを判断するための生徒分析です。
 経験的知識を育む教材を提供しながら体系的知識を伝えることが可能かどうか。また、経済学習そのものに関心がないと判断したならば、経済学習の冒頭で起業家教育や金融教育の教材を実践して関心を持ってもらおうと判断することだってあり得ます。
 経済学習に関する知識の全体像が見えている教師が適切に生徒を分析していれば、どういう順番で教えたらよいのかというタイミングは、その担当教師のみ知ることができるのです。まさに啐啄の機です。  今月はここまでです。

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