執筆者 金子幹夫

1.充実した「夏休み経済教室」
 先月(2025年8月)、先生のための「夏休み経済教室」が開催されました。筆者は東京会場に参加しましたが、「あっという間に時間が経ってしまった」と感じるほど内容が充実していました。
 そこで、今月は「夏休み経済教室」を振り返りながら、先月号で考察した「教科書から少し離れたエピソードの再解釈」と関連させて考えてみたいという欲張ったテーマを設定しました。

2.今月の全体像
 本稿では、この欲張ったテーマを次のような順番で考えてみたいと思います。
 はじめに「夏休み経済教室」に参加する先生たちの授業づくりにはどのような背景があるのかを推測します。次に、その背景に対応して「夏休み経済教室」がどのような役割を期待されているのかを考えてみます。
 そしてその結果が「教科書から少し離れたエピソードの再解釈」に、どのように貢献するのかを検討していきます。キーワードは「分業」です。

3.授業づくりの背景
 さっそく、教師の授業づくりについて、その背景を推測することにします。
 言うまでもありませんが、教師は人間を相手にする仕事です。1人ひとりの人間はとても複雑です。この学習内容を、こんなふうに教えれば、どのようなタイプの学校でも教えることができるといった教材はありません。
 教師は、毎日会う生徒を想像しながら教材を作り続けます。興味深い実践例を入手した場合でも、そのまま使うことはせず、生徒に合わせた形に作りかえて実践します。場合によってはクラスごとに作りかえることもあるのです。
 教師は毎日、生徒分析、教材作成、授業実践、振り返りというサイクルを繰り返します。
この間に、教科や教育に関する文献を読んで知識を分厚くしようとしているわけです。授業づくりの背景を見ようとすると、いかに教師がたくさんの仕事をこなしているのかが伝わってきます。

4.マニュアルの通りにはならない仕事
 哲学者ショーン(元マサチューセッツ工科大学教授)は『専門家の知恵』(ゆみる出版2001年)で,「反省的実践家」という新しい専門家像を提唱しています。教師という専門家は、マニュアルどおりに教えるのではなく生徒の状況に応じて、柔軟に教え方を修正していく専門家だというのです。
 この『専門家の知恵』では、新しい専門家像として医師についても言及しています。患者さんも複雑です。アレルギーのあるなし、家族の病歴、嗜好品の好みは一人ひとり異なります。医師は医学書だけでなく、経験の中で得た知識を組み込んで適切な診断を試みる専門職というわけです。
 それって教師と似ていませんか? 一人ひとり異なる事情を持つ人間を相手にすること。そして毎日の経験を振り返り、知識として積み重ねることが適切な判断につながることがです。教育学の専門書を読んでも、目の前の生徒が抱えているトラブルに役立つ情報はみつかりません。
 医師と教師の仕事に関する枠組みが似ているのならば、あれもこれもと大変な学校の忙しさは、病院を参考にすることで解決の糸口が見つかるかもしれません。少し踏み込んでみたいと思います。

5.分業体制がちょっと違う?
 筆者は病院について詳しい知識は持っていません。外から見える風景から、仕事の枠組みを想像してみます。 
 医師は、患者さんに最も適している薬を選びます。この薬は、製薬会社がものすごい研究費と時間をかけて開発したものです。
 一方の教師の世界はどうでしょう? 教師は生徒に最も適している教材を作成します。この教材は、多くの場合、教師による手作りです。
 同じ専門職ではありますが、仕事の分担に違いがあるようです。医師は薬を開発することが(ほとんど)ありません。薬をつくるのは製薬会社です。一方で、教師は教材を開発します。目の前の複雑な生徒達に合わせて、学習内容を最も効果的に伝えるための教材づくりを考えているのです。
 両者は複雑な人間を相手にする専門家という点では同じですが、仕事をすすめていくための分業体制が異なるようです。

6.教材を創る手がかりは? 
 それでは、教育の世界も分業体制を再構築すればいいのにと指摘されてしまいそうです。しかしこの問題は、本稿が扱うには大きすぎる問題です。本コーナーが狙いを定めているのは明日の授業だからです。
 そこで今月号が発信するメッセージです。「夏休み経済教室」は、教師の世界における分業体制の一部だと受け止めてみてはいかがでしょうか。
 「夏休み経済教室」は、全国の教師が実践してきた教材を持ち寄って発表してくれます。授業づくりに役立つ専門的なお話しを研究者の先生がしてくれます。これもひとつの分業と捉えてみてはいかがでしょうか。
 
7.どうしてキーワードが「分業」なのか?
 「夏休み経済教室」で発表される授業実践は、検討に検討を重ね、大切に育ててきたものです。医療の世界で言うところの製薬会社による新薬の開発です。時間とコストをかけて創り上げた教材を実践し、生徒の反応まで発表してくれます。
 今年も大阪会場と東京会場で多くの授業実践が発表されました。受け止めた参加者の皆さんは、所属校の生徒に合わせた改造(微調整)を秋にかけて行うわけです。今月号のキーワードを「分業」にした理由はここにあります。

8.講演会から授業を創る
 「夏休み経済教室」では、今年も研究者の先生に貴重な講演をしていただきました。教科書や書籍では得ることのできないお話を受け止めた教師たちは、全国で教材づくりに取りかかります。
 全国で創られた教材の中から「このような教材をつくったのだけれど・・・」というお話があり、その教材を元に実践した経緯が未来の「経済教室」で発表されるのではないかと期待しています。これも「分業」です。

9.次に向けて出発しています
 教育の世界に、製薬会社と同じ役割を果たす仕組みは構築されていません。明日の教室に向けて教師を助けるのは「ネットワークによる授業案の共有」と「授業づくりを支える基礎研究」です。
 教師は皆、教材作成者であり授業実践者です。ゆえに、ネットワークをどのようにして構築していくのかを皆さんと共に考えていきたいと思うわけです。このことが「教科書から少し離れたエピソード」の共有につながると思うのです。
 「夏休み経済教室」が終わったその日から、次回の「経済教室」の企画がスタートしました。「この次は、自分が創った授業案を発表してみよう!」という思いを持って授業を実践してみてはどうでしょうか? そのアイディアが全国の授業を変えるかもしれません。
今月はここまでです。

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