執筆者 金子幹夫
1.はじめに
先月は、篠原総一先生による「授業のヒント『捨てネタの効用』」シリーズ⑭・⑮を現場の教師がどのように解釈したのかという一例を示してみました。
今月は「捨てネタの効用④」に注目して解釈の一例を提案してみたいと思います。
2.「捨てネタの効用」で貫かれている精神
「捨てネタの効用」で貫かれている精神は「ほんのわずかだけ教科書から離れて、生徒に『なるほどそうか、感覚でわかるぞ』と思わせるようなエピソードや例を投げ込」むことで経済が教えやすい科目になるということです(メルマガ177号)。
「捨てネタの効用④」では,生徒は,経済学習に出てくる大きな金額を「肌感覚で捕まえること」を中心課題として設定しています。注目したのは大谷選手の「10年7億ドル(約1015億円)で契約」というニュースでした。この金額をもとにして日本のGDPが600兆円であるとか、トヨタ自動車の年間売上43兆円という金額を示すことで生徒は大きな金額を捕まえることができるのではないかという内容でした。
そこで、本稿では篠原先生が示したヒントを、より一層分厚いものにして生徒に示すことができるのではないかということを教師の目線から考察してみたいと思います。
3.キーワードは「感覚で捕まえる」
この「教師目線」というのは具体的にどのような目線なのでしょうか。今月号の結論のようなものを先取りしますと、「生徒に示したいこと」を「教師が生徒に言わせる」ことができるのではないかというものになります。
教師が教えるクラスには、具体的な例を示すことで理解してくれるところもあれば、生きた素材を示してもなかなか受け入れてくれないクラスもあります。本稿では、後者の教師が伝えたいことを教師が言うのではなく生徒に言わせることができるのではないかという提案をしたいと思います。
そこで注目した言葉は、篠原先生が示した「感覚で捕まえる」です。この「感覚で捕まえる」というのはどういうことなのでしょうか。
文字や記号で示すことで「わかる」場合もあります。黒板での説明がこれにあたります。ストーリーをもたせた語りで「わかる」場合もあります。生徒の生活経験に関連させた話題で「わかる」場合もあります。ここでは、別の角度から、生徒自身に活動させて「わかる」授業の一案を示してみたいと思います。
4.授業案の導入
(1)これ誰だ?
用意するものは大谷選手のシルエットが描かれた絵です。「大谷選手 シルエット」で何枚か候補が出てきます。
「今日は、この絵から授業をはじめます。これ誰だかわかりますか?」と発問します。
すぐに「オオタニ!」という声が聞こえてきます。以下、次のような対話が展開されます。
教師:年俸を知っていますか?
生徒:何名かの発言があり,その中に「1,000億円」という発言がでます。
教師:正解。ところで、1,000億円ってどのくらい?手に持つことはできますか?
生徒:そんなのわからないよー。
教師:じゃあ100万円はどのくらい?
生徒:親指と人差し指で“このくらい”(約1㎝)と幅を示す。
教師:正解は・・・このくらい! といってコピー用紙で作成したお札の形に切り取った
100万円の束を見せる。
多くの生徒は「まあそのくらいだよね」という反応を示します。
(2)高校生にとっての100万円
教師:100万円を手に入れるには,どのくらい働けばよいのでしょうか?
例えば皆さんがアルバイトをするときに平均時給ってどのくらいなの?
生徒:1,000円は超えているよね。
教師:私たちがいるA県の最低賃金を知っていますか?
生徒:A県のホームページを見ると「時間額1,162円」と書いてあります。
これをもとに計算すると,100万円を手に入れるには約860時間必要です。
教師:それって1日8時間働くとして何日になるの?
生徒:・・・約108日になります。けっこうかかりますね。
正社員になればけっこうはやいんじゃない?
教師:なるほど。では、皆さんが一生の中でどのくらいのお金を手に入れることができるのでしょうか?
生徒:計算するの?
教師:端末で「生涯賃金」と入力してごらん。
生徒:1億5,000万円とか2億7,000万円とかいろいろとあります。男性か女性か?そして大学に進学しているかどうかで違うようです。
先生:では、ここでは2億円という数字について考えてみましょう(クラスによってどの金額を考えるのかを変えます)。
生徒:何を考えるのですか?
先生:(先ほどの100万円の束を見せて)これを1億円分そろえるとどのくらいになるのでしょう?
生徒:ジュラルミンケース5個くらい? プール1つ分? 体育館1個分?
先生:では見てみましょう。
日本銀行のホームページを紹介します。何と書いてありますか?
生徒:1億円パックの大きさは、よこ38cm、たて32cm、高さ約10cmと書いてあります。これってどのくらいの大きさなのかな?
先生:このくらいかな(と言ってみかん箱かコピー用紙500枚が入った箱を教壇に置きます)。
生徒:この箱に一万円札をいっぱい入れると1億円なんですか?
先生:そう! もしも生涯賃金が2億円だとすると・・・
生徒:二箱分か。
(3)大きな金額を可視化すると?
箱いっぱいに詰まった1万円札を想像すると、生徒たちは「わーこんなにたくさんのお金をもらえるのか」、「一生働いて箱2つか・・・」といろいろな感想を持つと思います。
その揺れ動く思いをもちながら次の問いかけです。
先生:この箱を教室にいっぱい詰め込んだら何箱入るのかな?
生徒:えっ?計算するの?
先生:やってみよう。面白いことがわかるかもしれませんよ。
生徒:どうやって計算するの?
先生:それを考えるのは皆さんですよ。
教室の計測にはいろいろな方法があると思います。印象に残る授業にするならば、メジャー(測定器)やスズランテープで実際にはかって計算してみることをおすすめします。中にはスマホのアプリで測定しようとする生徒がいるかもしれません。
さて、実際に計測して何箱入るか計算してみるとどうなるのでしょうか。教室のサイズにもよりますが、筆者が授業をしている教室では1兆円分の箱が入ることがわかりました。
(4)なぜこの授業が必要なのか?
経済学習には、いろいろなお金の表記が出てきます。生徒たちは金額を見てどのように受け止めるのでしょうか。単なる金額の丸暗記を求めても肌感覚で認識できているのか心配です。
そこで今回は、100万円はどのくらいなのか?一億円は?一兆円は?と実際にイメージできるような展開を考えてみました。教師が示すのではなく、生徒に実際に計測させることに意義があると思います。
「財政赤字が1,000兆円・・・」という知識を伝えたとしたならば、生徒は「教室1,000クラス分の一万円札か」とイメージするわけです。
そこで大谷選手の「10年7億ドル(約1015億円)で契約」につなぐことができます。「箱1,000個分か」、「平均的な人は2箱くらいか」というわけです。
日本のGDPが600兆円であるとか,トヨタ自動車の年間売上43兆円という金額も同様です。
(5)生徒が感覚で捕まえる
篠原先生が示した「感覚で捕まえる」というのは,生徒自身に捕まえてもらうように教師が導くというのが本稿のゴールになります。
「捨てネタの効用」で貫かれている精神である「ほんのわずかだけ教科書から離れて,生徒に『なるほどそうか、感覚でわかるぞ』と思わせるような授業をどうやってつくるのかという一例になればと思います。
「授業のヒント『捨てネタの効用』」シリーズは、授業づくりの手がかりがまだまだ隠されていると思います。ヒントがどこにあるのかを見つける作業を皆様とともにすすめていきたいと思います。今月はここまでです。
(日本銀行HP を参考にしました)
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