私ならこう教える ~貿易授業の本質~その1
執筆者 篠原総一
■中学公民、高校公共の国際経済で、何を教えるのか?
中高の社会科の先生方は、国際経済の章は、何を教える章だと思っておられますか。
大航海時代の昔、遠距離貿易は非日常的で桁外れに特別な経済取引でした。ヨーロッパから見て地の果て、ジャワやスマトラから香辛料を持ち帰り、インドとは綿花や茶と毛織物の交換を、そしてメキシコとは銀貿易など、日常では手に入らない特殊な材を求めて、極端に高リスク・高リターン事業に乗り出すという、何もかも特別な事業だったのです。
しかし今では、国内市場と国際市場の違いが随分と薄れてきています。取引をする対象(ヒト・モノ・カネから技術・情報まで)も、取引の仕方(できるだけ安く買う、できるだけ高く売る)も、基本は同じようなものです。ですから、中学や高校の教科書では、貿易の章をわざわざ作る必要はないように見えてしまいますが、実は両者を画する大きな違いが一つだけあるのです。私はそれを「国境という壁」が有るか無いかの違いだと思っています。
国境の壁とは、国と国の間の取引の障害になるルールや規制、さらには文化や宗教の違いまで、国際間の貿易を規定する基盤のようなものです。
もちろん、国際経済は市場の範囲を広げることで経済の効率を高める一方、世界に共通の政府が存在しないために、各国の政府がそれぞれ自分たちの都合の良いようにルールや規制を定め、また変更するために、円滑な取引が邪魔されるという負の側面も持ち合わせています。ですから、ヒト、モノ、カネから技術、情報、教育に至るまで、何でも国際対象になるのに、国内取引のように取引が効率的かつ安定的に進んでいかないのです。
国際経済の国内経済の特徴をこのように整理してみれば、中学公民と高校公共の国際経済単元で描くべき授業ストーリーの軸が見えてくるはずです。
(1) 国際取引だからこそ経済効率が高まる貿易と金融とは?
(2)国際取引のプラス面を打ち消す「国境という壁=貿易の障壁、国際金融規制」にはどんな実際があるか、またその理由は?
(3) 障壁の不都合を取り除く方法は?
という三つの問いを授業の軸にして、そこへ生徒が肌感覚で納得できるように個々の項目をはめ込んでいくという作業を先生方にお願いしたいと思っています。また、教科書で取り上げている項目の中には、かえって生徒の考えを歪めかねないものも見受けられます。ですから、項目の入れ替えも考える必要がありそうです。
今回は、私の提唱する授業の流れの第1幕(国際取引だから経済効率が高まる貿易とは?)の教え方の提案です。
■中高生のための貿易論
教科書では、リカードの比較生産費説が第1幕の主役になっていますが、私は、面倒な理論に代えて、生徒が「なるほどそうか」と納得できるような実例や例え話を準備する方がはるかに効果的だと思っています。
その際、3つのアプローチを考えてみました。第1幕のシナリオの方針のようなものです。
1 「この品物が輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか」という生徒の直感に訴える実例やデータを活用する。ここでは概念は使わない。
2 貿易のメリットを箇条書き風に整理し、生徒が分かりそうな実例をつける。
ここでは、貿易のメリットのリストは私のようなエコノミストが準備し、社会科の先生方は、生徒の理解を助けられそうな実例を用意する。
3 新しい貿易理論のエッセンスを、生徒が直感でわかるように整理し直してみる。
ここではエコノミストが新しい貿易理論の概要を箇条書き風に整理し、その結果を先生方に提供する。先生方は、それを授業で使えるように再整理する。
■アプローチ1 生徒の直感だけに頼る方法:「輸入がなければ、どう困る?」という質問に対する回答から、貿易の理由を引き出す
まず輸入比率の高い商品を選び、その上で、その商品が入手できなかったら、あるいは価格が大幅に上がったらどうのように不便か、という問いへの答えを整理するという方法です。問いに対する答えが、貿易の理由そのものになっているはずです。
具体的には、スーパーで売られている食品のケースだと、スーパーの店頭で輸入比率の高い品を探し出すか、統計データから探すか、生成AIから探すなどの方法などが考えられます。
ただし、生徒の直感だけに頼るこのアプローチでは、目に触れにくい貿易、とくに貿易への企業の関わりはカバーできないという弱点を持っています。
■アプローチ2 貿易のメリットを抽出し、それに先生が具体例や例え話を貼り付けていく
まず、私(エコノミスト)が中高生に知っておいて欲しいと思う貿易のメリットです。(まだ不完全で、再整理する必要がありますが、とりあえず大急ぎで書き出した一覧表をお見せします。)
・エコノミストの仕事:貿易のメリット
(1) 商品の多様化
海外からさまざまな商品が入ってくる。消費者の選択肢が広がる。
(2) 経済成長
貿易によって市場が広がれば国内の輸出関連企業の生産が増える。
(3) 効率的な資源配分
比較優位に基づく相互交換のメリットのこと。
(4) 競争の促進
国内市場でも海外からの輸入品と競争する国内企業が品質向上、販売価格低下に努めるようになる。消費者のメリットにつながる。
(5) 雇用の創出
海外市場での売り上げ増(上の(2))、貿易が新しい産業を生むなど、雇用創出の機会が増える。
(6) 技術の流入
貿易を通して海外の技術やアイディアが流入してくる。
(7) 国際文化交流、国際政治交流
・先生の仕事:実例を探す
エコノミストの作った上の表を、生徒が肌感覚で納得できそうな実例や例え話で補強する作業です。以下では、参考資料として、先生に代わって生成AI(AI Chat)が探した実例を添付しておきます。
貿易のメリットと実例 (AI Chat)
(1) 商品の多様化
-実例: 日本で人気のあるイタリアのファッションブランド(例えば、グッチやプラダ)が輸入されることで、消費者は多様な商品を選べるようになります。
(2) 経済成長
-実例: アメリカのハイテク企業(例えば、アップル)が中国で製造を行うことで、コストを削減し米国の利益が増加。これが米国経済全体の成長に寄与しています。
(3) 効率的な資源配分
-実例: オーストラリアは豊富な鉱物資源(鉄鉱石や石炭)を生産し、中国はこれらを輸入。オーストラリアが資源を効率的に利用し、生産を経済的に行うことで両国に利点をもたらしています。
(4) 競争の促進
-実例: 日本の家電市場に韓国のLGやサムスンが参入したことで、価格が競争的になり、消費者はより良い品質の製品をより低価格で購入できるようになりました。
(5) 雇用の創出
-実例: 中国の製造業はアメリカやヨーロッパなどの国々からの注文に応じて雇用を拡大し、工場での新しい働き手が必要になることで、多くの雇用が生まれています。
(6) 技術の流入
-実例: アメリカの企業が日本の技術(例えば、トヨタ生産方式)を取り入れ、製造効率を向上させたことが挙げられます。これにより、日本の生産技術がグローバルに広まりました。
(7) 国際関係の強化
-実例: EU加盟国(例えば、フランスとドイツ)は貿易を通じて経済的な結びつきを深めており、政治的な安定や共同政策を進めることができるようになっています。
(8) 消費者の利益
-実例: 日本が海外からフルーツ(例えば、アメリカ産のオレンジやチリ産のさくらんぼ)を輸入することで、消費者は季節を問わず新鮮な果物を楽しめるようになります。
■アプローチ3: 新しい貿易理論のエッセンスを、生徒が直感でわかるように整理し直してみる。
この項未完。エコノミストにとっても忍耐の要る作業ですので、メルマガ来月号までお待ちく
ださい。(篠原総一)
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