私ならこう教える ~独占は市場の失敗か~
執筆者 篠原総一  (注1)

■独占・寡占のとらえ方、独占禁止法の正式名
先生方は、独占や寡占を悪者扱いしていませんか。悪者は言い過ぎだとしても、「独占・寡占は市場の失敗のケース、だから政府の介入が必要」という単純なストーリーを鵜呑みにされているなら、少々困ったことです。生徒が身近に接するのは、主に悪者ではない独占企業や寡占企業だからです。

電気、ガス、鉄道、航空から自動車、家電まで、多くの産業で独占か寡占は普通に観察できるものです。そして独占・寡占企業の多くは、基本的には、競争企業では市場に供給できない大切なモノを生産しているのです。

ただ困ったことに、他の企業からの競争圧力をあまり受けることがないため、独占企業や寡占企業の中には、自分の利益を追い求めるあまり、ついつい消費者に不当に高い価格を押し付けたり、他の企業の邪魔をするような、社会的に不都合な行動に走るものも出てきます。ですから、政府は独占禁止法を制定し、公正取引委員会を通して、「企業に社会の不利益になる行動を取らせないように」監視し、是正させる。これが政府介入の意味なのです。

実際、私たちが一般に「独占禁止法」と呼んでいる法律の正式名は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」です。「名は体を表す」の例えどおり、独占禁止法は企業の不公正な取引を禁止する法律だということに気づいていただきたいものです。

■独占・寡占:私の教え方
今月の「私の授業の薦め」は、以上です。以下では、生徒がこのような健全な経済感(一方に偏った視点からではない見方考え方)を身につけるための「私の教え方」をまとめ、最後にその教え方を補強するための授業ネタを付け加えておきます。

まずは、授業のポイントの抜書きです。繰り返しになりますが、大切な teaching pointsを並べておきます。
 ・独占や寡占なら必ず市場の失敗、というわけではありません
 ・市場の失敗を引き起こすのは、独占という市場形態ではなく、「企業の不公正な取引」です
  (不当に高い価格をつける、不当な生産調整をする、不当に他企業の邪魔をするなど)
 ・独占企業・寡占企業も、競争的企業と同じように、不公正なことをしない限り、社会にとっては「良い企業」です  
 ・ただし、独占・寡占企業の中には、他企業からの競争圧力を感じないため、ついつい自社利益を追い求めるあまり「不公正な取引」に走ってしまう企業も出てきます
 ・ですから、政府は独占禁止法を制定し、公正取引委員会を通して、独占・寡占企業に「不公正な取引」を行わせないように、企業の行動を監視監督しているのです
 ・最後に、「不公正な行動」は、競争市場でも頻繁に観察されます。ですから、業態ごとに政府や業界団体がルールを決め、企業の不公正取引を規制しているのです。

■付録:学び方の基本を読み取れない教科書
私が危惧するのは、教科書からではこのような学び(決して難しくはなく、それでいて生徒が肌感覚でコトの本質に迫れるような学び)の基本を読み取れるだろうかという教科書の書き振りです。

例えば、『新しい社会 公民 』(東京書籍、令和3年版、153ページ)では、
   「・・・。市場経済では、多くの企業が商品の供給を競い合いますが、独占や寡占の状態では競争が弱まり、一つの企業が独断で、あるいは少数の企業が相談して、生産量や価格を決めることが可能になります、・・・。競争が弱まると、消費者が不当に高い価格で購入する状況も起こります。そこで、競争を促すことを目的とした独占禁止法が制定され、公正取引委員会がこの法律に基づいて、監視や指導を行なっています。」
とあります。他の教科書も大同小異。確かに間違いのない文章ですが、上のように下線でも引かない限り、冒頭であげた単線的な理解と見間違えてしまうかもしれません。あまりにも曖昧な表現であるがゆえに、生徒では「(私がまとめたような)学びの基本」を読み取れない、まさに先月号で私が指摘した「分かる人だけに分かる、分からない人には分からない教科書」の典型のように見えてしまいます。(注3)

■今月の授業ネタ
私が薦める授業では、独占企業や寡占企業の方が、競争企業よりも望ましい(経済の効率が高い)場合もあることをアピールする必要があります。以下、思いつくままに、生徒も肌感覚で納得できそうな例(授業ネタ)をあげておきます。先生方は、この中からさらに分かりやすいネタを拾い上げ、できるだけ単純で簡素な授業を作り上げていただきたいものです。

■ネタ1:なくてはならないモノを供給する独占
電気、ガス、水道などを例に挙げておきます。
電力事業の場合、北海道、関東、関西など全国jを10地域に分け、各域内には1社だけという地域独占の形態をとってきました。その理由は
・発電施設、配電網などへの初期投資に加え、毎年の維持にも莫大な費用がかかる
・2社、3社で市場を分け合うと、収入も2分の1、3分の1になってしまい、
・その収入では、費用があまりにも大きいために、どの企業も赤字になってしまう
・赤字が続けば企業は市場から消えていく
・その結果、電気のない社会になってしまう
・ですから、電気のある社会を維持するためには、かろうじて1社でなら黒字を維持できる程度の価格にすることを条件に、1社だけに事業許可を与え、2社目の市場参加を認めない
という理屈になります。もしこの程度の理論学習が可能なら、生徒の納得感もさらに強くなるのではないでしょうか。

なお電力市場では、最近では、風力発電、太陽光発電などの技術進歩もあり、徐々に小規模企業の参入を許してきたため、現在は独占に近い寡占体制になっています。
また水道に関しては、企業に任せるのではなく、地方自治体(市町村)が独占事業を担当しています。

■ネタ2:なくてはならないモノに準ずる産業での寡占
運輸交通、航空、通信サービスなどが分かりやすい例でしょう。
いずれも初期投資、設備の維持コストが大きすぎて、何社もの競争を許可していたのでは供給する企業が全て、市場から消えてしまう、でも2社、3社、4社の範囲ならコストを上回る収入を確保できるような産業です。

■ネタ3:市場規模は大きくても、それを数百社で分けたのでは、収入が費用を賄えなくなる製造業やサービス業での寡占
自動車、家電、製鉄、造船などです。テレビ局や劇場も、同じ理由で寡占状態になっています。
ただ、これらの産業では、競争相手が存在するため、独占の場合に比べると企業が不公正な取引に走る確率は低いと言えます。実際、ネタ1であげた企業に比べると、社会や規制官庁から不公正を糾弾される例は少ないようです。

■ネタ4:デジタル化時代のネット市場の寡占
楽天、アマゾンなど、「取引の場」の寡占です。ちょうどいろんな企業がデパートの売り場を借りて品物を売るように、企業はAmazonや楽天市場に出品し(ネットという架空の店舗スペースを借り)、消費者はそれをみてネット上で購入する、という「売買の仲介」サービスです。この「ネット取引きの場」がなぜ寡占の方が好ましいのか、その理由を厳密に説明するのは「デジタル経済」、「プラットホームの経済学」などの知識が必要ですが、私は、中高生には難しい理論は押し付けず、単に次のような発問をめぐる生徒のディスカッションだけで十分だと思っています。(注4)
  [問い]ネットでスポーツシューズを買おうとするとき、AMAZON、楽天など、いくつかの大きなネット市場がある場合と、大きな市場はないが、代わりにはadidas、Nike、Mizuno、ABCマートなど、メーカーごとに、20種類も30種類もの小さなネット市場が乱立している場合とでは、どちらが便利でしょうか
これだけで、ネット市場の数が多いほどショッピングは不便になる、だから消費者もネット市場は小さな市場の乱立よりも寡占の方が好ましいという結論を納得して受け入れられるのではないでしょうか。

■ネタ5:優れた技術を持っている小さな企業が日本や世界の市場を独占しているケース
理由は説明の必要もないでしょう。地域の小さな優良企業を探してみられてはいかがでしょうか。商工会議所や自治体の商工産業担当部署などに問い合わせてみると、適確な例を教えてくれるはずです。

■終わりに
生徒に伝えるべきメインメッセージは、
「独占企業や寡占企業の多くは、本来は競争企業が供給できない大切なモノを生産している大切な企業であること、ただ競争圧力を受けにくいために市場の失敗を引き起こすような不公正な価格づけや他企業の邪魔をすることがあること、そのため政府や業界団体が市場効率を守るために「企業の行動」に規制をかけている」
というものでした。

最後に、老エコノミストのつぶやきです。
「独占・寡占と市場の失敗」問題は、経済の問題である以上に、企業倫理の問題かも。市場の効率性を高めるために、お行儀のよい独占、寡占を望みたいものです。

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(注1)原稿をまとめる過程で、新井明先生(経済教育ネットワーク)から核心をついた助言をいただきました。記して謝意を表します。
(注2)競争市場での不公正:生徒にも腑に落ちそうな例として、①ネット市場で購入した製品が不良品だった、②店舗を構えない業者に修理を依頼したら、すぐに故障が起こってしまったなど、身近なケースをあげておきます。いずれも「情報の非対称性」と「市場の失敗」に関わる問題です。生徒にも先生にも、こんな例から「ルール・規制」問題の本質も学び取ってもらえればいいな、と思っています。
(注3) 東京書籍『公共』(令和4年版、118~119ページ)では、中学教科書に比べるとかなり具体的に書き込まれていますが、独占・寡占の好ましい側面に触れることはなし、です。
(注4)デジタル経済については、安達貴教『21世紀の市場と競争 デジタル化経済・プラットホーム・不完全競争』(勁草書房、2024年)が参考になりますが、中高の先生方が読むにはかなり難解な著作かもしれません。やさしい解説書を見つけたら、あらためて紹介したいと思います。

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