①どんな本か
 元日銀金融研究所長をへて京大教授をつとめたエコノミストが、行動経済学の知見加えて、マクロ経済学を論じた本です。
 行動経済学では弱い分野であったマクロ経済学、特に中央銀行の金融政策を中心にメインストリームの経済学による政策と行動経済学を加味した政策について対比的に分析しています。

②本の内容は
「はじめに」のあと、全体は6章に分かれています。
第1章 自己実現的予言
第2章 ヒトはどのように判断・行動しているか
第3章 マクロ的な社会現象へのフレーミングやナッジ
第4章 メインストリーム経済学の「期待への働きかけ」
第5章 「期待に働きかける金融政策」としての異次元緩和
第6章 物価安定と無関心
「はじめに」では、コロナ対応と金融政策での人々への「働きかけ」の違いは、背景としている人間観が違うとの指摘がされています。
そこから現在のメインストリームの経済学と行動経済学の違いの話になってゆきます。
第1章では、パニックやバブルの事例からメインストリームの経済学では説明しきれない事例があることが紹介されます。
第2章では、行動経済学の知見がコンパクトにまとめられています。「ヒト」と書かれているのは行動経済学が措定している人間を指しています。
第3章では、マクロ的な社会現象を行動経済学的にどう理解するか、貿易摩擦、移民政策、新型コロナ対策の三つの事例を、フレーミングやナッジから分析しています。
第4章から後半になります。4章では、金融を中心としたメインストリーム経済学による「期待への働きかけ」が論じられています。
第5章では、アベノミクスによる日銀の異次元緩和が取り上げられ、その「期待に働きかける金融政策」の現在までの帰結が吟味されます。
第6章では、物価を取り上げ、インフレ目標2%の政策が検討されます。

③どこが役立つか
 前半の第1章から3章が授業づくりに役立つはずです。特に、行動経済学を授業に取り入れる場合の人間像を扱った第2章は、マクロの社会現象やマクロ政策を取り上げるときに参照されると良い箇所です。
 著者のまとめた人間像は以下のようなものです。引用しておきます。(同署p57)
・ヒトは利益の喜びより損失の痛みをはるかに強く感じる(プロスペクト理論)。
・取り返せない過去の出費が無駄になることをもったいないと感じて判断を誤る(サンクコストの罠)。
・責任者は自分の失敗を正当化するために戦線を拡大して、「泥まみれ」に引きずり込む。
・現在の快適さを無意識に優先してしまい問題を先送りする(現在バイアス)。
・ちょっとした異常は無視する(正常性バイアス)。
・行動の選択にあたっては、その時々の社会規範、他人の目を強く意識する。
・選択肢がどう示されるかで判断が大きく左右される(フレーミング、選択アーキテクチャ)。
 ・企業や政府の意図的、あるいは意図せざるナッジに大きな影響を受ける。
 もう一つ役立つであろうという箇所は、第3章です。
 ここでとりあげられている、貿易摩擦、移民政策、新型コロナ対策の三つの事例を切り口にして授業の構想が立てられるのではないでしょうか。
 後半の三つの章は、やや専門的ですが、黒田日銀の政策やアベノミクスに深く触れたい場合の参考になるでしょう。

④感想
 シカゴ大学で「合理的期待を強くすり込まれていた」とあとがきで書いている著者が、行動経済学に触れることで、新たな政策提言や政策評価に向かっているところは、著者の柔軟な思考が見えて興味深く読みました。
 日銀時代には、日銀理論の代表としてリフレ派から批判の矢面にたっていた著者の黒田日銀の政策に対する辛い評価が見えていて、その点でもヒトの特性が出ているかと感じました。
現在のメインストリームの研究者の再生産構造(専門誌への査読論文によりポストが決まる)の指摘なども職業選択の観点から参考になるのではと思います。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

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