①どんな本か
技術革新のシュンペーターといえばこの本という代表作です。岩波文庫で上下二冊。読み始めるにはちょっと勇気が必要な密度の濃い本です。
文庫本には、冒頭に英文の日本語版出版(1937年)に際しての序文があります。これを読むと内容の概略と訳者の東畑精一氏と中山伊知郎氏の関係(ボン大学での教え子)がわかります。また、この本がワルラスとマルクスの理論に基づいていることも書かれています。
②本の内容は
全体は6章に分かれています。
第1章 一定条件に制約された経済の循環
第2章 経済発展の根本現象
第3章 信用と資本 ここまでが文庫上巻
第4章 企業利潤あるいは余剰価値
第5章 資本利子
第6章 景気の回転
このうち第1章は、この本の前に書かれた『理論経済学の本質と主要内容』のエッセンスがまとめられています。
第2章が、メインとなる経済発展の担い手になる企業家とその役割が分析されています。
第3章は、企業家が活動をするための資本がどこから調達されるかが書かれます。答えは、銀行による信用創造です。
第4章は、企業者利潤の源泉に焦点が当てられ、創業者利潤が企業家にとっての利潤となり、それが追随者の参入によって失われて行く過程が紹介されます。
第5章は、利子の発生とその根拠が説かれる部分です。
最後の第6章は、景気循環の理由がここまでの各論を総合して分析されることで全体を閉じます。
③どこが役立つか
ずばり、第2章の経済発展の根本問題の箇所です。
ここでは、多くの教科書で「技術革新」と簡単に書かれている箇所が、本当は5つの「新結合」の総体を指すことが指摘されています。
5つの新結合とは、新しい財貨の生産、新しい生産方法の導入、新しい販路の開拓、原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、新しい組織の実現であり、その担い手、それらの要素を結合させるのが企業者(entrepreneur)であることが指摘されます。つまり、私たちが技術革新と言っているのは、5つのうちの生産方法の部分だけということがわかります。
資料集のなかには、5つの要素の箇所を引用しているものもありますが、やはり章全体を読んで、シュンペーターの論旨をつかまえたうえで、企業者や起業について語るべきでしょう。
第2章では、「発展はいかにして金融されるか」という節もあり、学習指導要領で書かれている「金融を通した経済の活性化」(高等学校「政治・経済」の内容の取り扱いの箇所)に関連する説明があり、起業と金融の原理的理解をすることができます。
その他の章は、関心のある先生向けで、授業に役立つとはちょっと思えません。
④感想
経済の本ですが、グラフも数式も全くありません。その意味では、哲学書を読むような気持ちで読む本かと感じます。昔の経済の本はこんなスタイルだったのだという意味で、数学の苦手な紹介者にとっては有り難い本です。
初版が書かれたのが1911年。90年近く前の本(翻訳は1926年の第2版)ですが、今読んでも古くないのに驚きます。
でも、新結合の説明の箇所で、「郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによってけっして鉄道をうることはできないであろう」(翻訳上巻p180)という箇所では、ちょっと笑ってしまいました。また、現代ならどんな表現になるかなと考えさせられました。
また、企業家の箇所では、新古典派が前提とする経済人を批判する現代の行動経済学に通じる記述もあり、古典は現代に通じるという感想を持ちました。
シュンペーターは、マルクスが死んだ1883年生まれです。同じ年にケインズも生まれていて、両者はマルクス主義には反対した経済学者ですが、特にシュンペーターはマルクスの生まれ変わりなのかもしれないなどと、感じてしまいました。
座りの悪さを無理矢理に位置付けてしまうと、ケインズが需要サイドの経済学を提示したのに対して、シュンペーターは供給サイドから経済を見る視点を提示していると整理することができるかもしれません。でも、そんな強引な整理は両者の偉大さを無視する暴論だし、エコノミストからは怒られてしまうかも知れません。
(経済教育ネットワーク 新井 明)
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