執筆者 新井明
夏休み経済教室では探究活動の実践報告が注目を浴びました。
今回は、探究活動を行う場合の大きな枠組みのヒントを紹介します。これは、私のオリジナルではなく、最近翻訳が刊行された、ヴァレン・レイブルック『選挙制を疑う』(法政大学出版局)からヒントを得たものです。
(1)どんな本か
レイブルックはベルギー生まれで考古学や歴史学の学位を持つ作家です。内容は、現在の民主主義の危機を抽選制議会によって解決しようと提言している政治領域の本です。
抽選制議会の提言そのものは政治学の領域で衝撃をもって受け止められ、多くの新聞の書評欄でもとりあげられたので読まれた先生方も多いかもしれまん。
内容以上にこの本の注目すべき点は、問題把握から調査検討の活動を経て、問題解決を構想するという探究活動の流れを提示している点です。
(2)どんなフォーマットになっているか
全体が四つの部分に分かれています。
第一部(第1章)は、症状と銘打たれた部分です。
第二部(第2章)は、診断の部分です。
第三部(第3章)は、病因の部分です。
第四部(第4章)は、治療の部分です。
この流れは、丁度病気にかかった患者が病院に来たときの医師の仕事の流れをそのまま表現しています。
この本の症状の箇所では、民主主義に対する正当性と効率性に危機、民主主義を希求しているのに信じていないという症状が見られるとしています。
診断では、なぜこうなったのかをポピュリスト、テクノラシー、直接民主主義者がそれぞれ、「責任は〇〇にある」と診断していることが紹介されています。
病因では、それぞれの診断の根拠を、歴史的にたどり、古代とルネサンス、18世紀、19-20世紀と原因を探してゆきます。
治療では、各国での取組みや各種の提言が検討されて、最後に抽選制に基づいた民主主義の青写真が提起されてゆきます。
(3)どのように使えるか
この流れは探究活動の各プロセスで適用可能でしょう。
例えば、「若者の労働環境をどう改善するか」というテーマの探究活動の場合、まず症状を探すことから始める必要があります。どんな問題を労働現場、労働市場で若者が抱えているか、現状を知らなければ話になりません。かつ、それが病気であるという認識を持つことも大事になります。
次は、なぜこんな状態になったのか、その診断をしてみます。ここでは、こうなった理由を述べる人たちの見解を探すことになります。社会の責任だ、時代の責任だ、若者自身の責任だ、政治家や官僚の責任だ、企業の責任だなど多様な責任者探しがでてくるはずです。
そして、病因をさらに探します。それぞれの診断の背景を分析します。歴史的にたどることもできるでしょうし、比較して病因を探すこともできるかもしれません。データの分析から病因を探すこともできるかもしれません。
最後は、治療です。ビジョン、提言、青写真など、最初の症状を解消する手段(薬、手術、リハビリなど)を提案します。
経済の観点からは治療にはお金がかかることも注意しておいたほうがよいでしょう。
このように、かなり形式的に四つの段階を設定することで、無理なく見通しをもって探究活動に取り組むことができるはずです。
(4)診断、治療には技術が必要
ここまではフォーマットの紹介でしたが、実際の診断、治療には技術が必要になります。
医学であれば、医師の診断技術、病気の原因を探るための膨大な知識のストック、症状から原因を探る推理力などが名医の条件になるでしょう。また、外科などの手術の場合は的確な腕や最新の器具が必要になります。
生徒の探究活動に、そこまでの要求は難しいでしょう。
とはいえ、最低の知識、病因をさがす理論や推論のための方法は教えておく必要があります。
今使われている教科書でも、調査活動のためのかなり親切なスキルのページがあります。それを活用して、社会の病気を治すつもりで取り組ませるとよいでしょう。
(5)そんなにうまくゆくか
本当にこの流れでできるのと思われている先生方も多いかも知れません。
まずは、私たち教員自身が、この手順、フォーマットで現状を分析してみたらどうでしょう。
さしあたりは、今の学校現場の働き方の症状、診断、原因、治療をやってみることを勧めます。それができて、生徒にも自信をもって探究活動に取り組ませることができるかもしれません。
(メルマガ 128号から転載)
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