執筆者 新井明

 今回は、最後通牒ゲームを紹介します。
 きっかけとなったのは英国の国民投票です。前回の編集後記で「理性が感情にまけてしまった」と書きましたが、必ずしもそうとは言えないのではというのがこのゲームからわかります。
 最後通牒ゲームは、最終通告ゲームともいわれていて名称はたくさんありますが、行動経済学やゲーム理論のなかで登場する次のような仮想の設定からはじまるゲームです。

 1000円(金額はいくらでも可)があるとして、提案者となるAさんが、Bさんに、ある金額を提示してふたりでお金をわけようと提案します。例えば、300円と提案すれば、Aさんは700円、Bさんは300円となります。BさんはAさんの提案をうけてもよいし、拒否する自由も持っています。このときあなたがAさんだったらいくら提案をしますか?また、あなたがBさんだったたらいくら提案されたら拒否しますか?ただし、この時拒否したら1000円は没収されて、AさんもBさんも1円も受け取ることはできません。

 この条件で、何回か提案させます。次に、立場をかえて行い、そこから発見できるものを考察させます。
 最後通牒ゲームの本来の目的は、経済学の想定する合理的で利己的な個人がどこまで利他的な要素を持っているかを計測することです。また、合理的に行動する場合にどうしたらよいかの観察にもなります。
 期待される合理的な行動は、Aさんが1円以上いくらの金額を提示しても。Bさんは受諾するというものです。

 ところが、様々な最後通牒ゲームの実験では、ある金額以下だとBさんが拒否することが報告され、人間は必ずしも合理的に行動する存在ではないということが観察されています。また、地域、民族、宗教などによる違いに関する実験的な研究もすすめられています。
 ここでは、提案を拒否して自分が損をしてもかまわないという気持ちになることはあるのかどうかを確かめることが肝心になります。つまり、国民投票でいえば、ポピュリストの甘言がまずい結果を招くのがわかっているのに、それにのってしまう心理、もしくは、離脱反対派のほうがいいことを言っているとわかっているのに拒否してしまう心理をこのゲームから読み取ることが期待されるわけです。

 実際にどんな結果になるか。教室実験を7月の定期考査後やってみました。その結果、こんな感想がでてきました。
「ゲームで自分は完全に合理的に動いているわけではないと改めて思った。合理的に考えれば、1円以上ならもらった方が得だが、少ない額であれば拒否した方が二人が同じになると考えてしまった。プライドの有無もかかわるのだろう。英国のEU離脱に関しては、上の世代ほど離脱派が多かったようだが、それは大英帝国時代の誇りを忘れていなかったのも一因かもしれない。」
 なかなか見事な感想です。もちろんすべての生徒がここまで見通せるとは限りません。

 このゲームを英国の国民投票に結び付けるのはやや強引な論理かもしれませんが、簡単にできて、人間心理の複雑さを感じさせるゲーム教材として、授業で活用できる場面が多くあると思われます。
 ほかにどんな場面で使えるか、先生方が実験されることを期待します。
 なお、最後通牒ゲームに関しては、友野典男『行動経済学』光文社新書が手ごろな手引きになるでしょう。

(メルマガ 91号から転載)

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