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一般向けQ&A No.1



ストックの概念?国富?
ストックの概念が高校生には難しいようです。ストックについて、国債など負債のことや社会資本のことを含めて説明をお願いします。教科書や資料集では、 ストックのところで、「国富」という言葉が出てきて、日本の国富は土地がかなりの部分を占めているとコメントが加えられたりしています。でも、 経済学の辞典には、現在は国富統計は調査が行われていないとありますし、実物資産に土地を入れることが定義として適切なのかどうかもよくわかりません。 バブル期を説明するなら土地は重要でしょうが、現在の日本経済では、巨額の個人金融資産の運用が注目されています。国富に国内の金融資産が含まれないのであれば、 日本のストックを説明するのに、国富という言葉はあまり適していないように思うのですが、どうなのでしょうか。解説していただければ幸いです。



一国の経済的な大きさや豊かさを統計的に測ろうとするとき、通常は2つの尺度が利用されます。ひとつは、ある一定の期間においてどれくらいのモノやサービス が生産されたり、消費されたりしたかというフローの観点から経済活動の大きさを捉えようとするものです。こうした観点のうえに立って作成された統計の代表的なものとしては、GDPが挙げられます。もうひとつは、ある時点において家計、企業や政府など一国経済を構成する経済主体が保有する土地やお金などの資産の多寡で、経済活動あるいは国力を測ろうとするものです。その際、資産は残高で測られることにちなんでストック統計と呼ばれます。

我々家計との対比でいうと、毎月の給与をどう使うかがフローの統計に、また、土地や預貯金の保有高、住宅ローンの借入額がストック統計に該当します。国や地方自治体は、道路、ダムや上下水道のほか、教育サービスや社会保障サービスを提供するに際し必要となる施設を保有しています。これらは通常、社会資本と呼ばれ、一国が保有する資産の規模を統計的に測定するに際しては、社会資本ストックとして取り扱われています。

このように一国が保有す るストックとは家計、企業や政府がある時点において保有している資産や負債を合計したものです。このストックは通常、?土地や住宅、建物や機械などの実物 資産、?現金・預貯金や有価証券、保険などから構成される金融資産、?政府や自治体が保有する道路、ダム、上下水道などの社会資本に大別されます。当然のこととして、これらのストックを蓄積するに際してはお金が必要となります。家計でいえば住宅ローン、企業の銀行借入のほか、政府による国債の発行などで す。そうしたお金の調達に相当するのが負債であり、資産から負債を差し引いた金額を正味資産といいます。

日本の場合、各年における経済状況については国際的な基準にしたがって作成された国民経済計算という統計が公表されています。国民経済計算は、生産、消費・投資といったフロー面および 資産、負債というストック面から経済活動のありようを体系的に記録したものであり、企業の財務諸表に相当します。経済活動を評価する統計として重視されているGDP統計も国民経済計算のひとつであり、その重要性に鑑み、四半期ごとに作成されていますが、国民経済計算は通常、年単位で作成されています。

国民所得計算においては、各経済主体が保有する資産および負債の状況は制度部門別期末貸借対照表として取りまとめられています。この勘定では、資産として 非金融資産(在庫、機械・建物などの固定資産からなる生産資産、土地、地下資源、漁場からなる非生産資産)および金融資産(現金・貯金、株式等)が計上さ れています。この資産総額から金融負債を控除したものを正味資産といいます。そして、家計、企業や政府などの各制度部門の正味資産を合計したものを通常、 国富と呼んでいます。

金融資産の場合、その大部分は日本国内に居住する家計および企業相互間の貸し借りからなるため相殺され、正味金融資 産としては外国に対するお金の貸し借りしか残りません。以上要約すると、日本の国富は、土地、社会資本や住宅、機械設備のほか、対外純金融資産(資産- 負債)から構成されています。ちなみに、日本の国富は2004年末時点で2647兆円、うち土地が1245兆円とその半分近くを占めています。住宅・機械 設備等の固定資産は1119兆円となっており、これら2つ資産の合計で2364兆円、国富の9割を構成しています。

その一方で、制度部門 別期末貸借対照表を作成するに際しては、膨大なデータと作業が必要となります。そのため、この統計の基礎となる国富統計調査は1970年以降、実施されていません。その代わり、民間企業が保有する資本ストックについては、1970年の金額をベースとして、その後の新規設備投資額を積み上げるかたちで推計さ れています。そのため、実際の金額と大きく異なっているおそれが強いとして、国富統計調査の実施を求める声がしばしば聞かれます。

[鹿野嘉昭 (同志社大学経済学部教授)]



*補足*

鹿野嘉昭先生がきわめて手際よい説明をして下さいました。そちらを参考にしていただきたいと思いますが、以下 では、ストックの概念を理解する上で、補足として高校生が具体的なイメージを描きながら理解しやすいような例をあげた上で、国富にはなぜ金融資産が含まれていないか、その意味を先生が高校生に説明する際に念頭に入れておいていただきたい各部門の資産・負債の関係表をつけておきます。高校生に教える上で、参考にしていただければ幸いです。

[篠原総一(同志社大学経済学部教授)]

(1)フローとストックの違い
細かな定義はさておき、私は、大学1年生の学生に、直感的に教える際、
    フロー変量: 時間の長さを決めて、初めて意味をもつ経済変量
    ストック変量: 時計の針を止めて、ある時点で測って初めて意味
            をもつ経済変量
だと理解するように指示しています。

その上で、分かりやすい例をあげた後で、日本経済全体に関わる指標の説明をするようにしています。
   フロー: ・時給800円、月給15万円といった、ある一定期間働いた
         労働サービスに対する対価
         ・月産10万台、年産2500台 というような生産量
         ・年間GDP、経常収支などなど
・1ヶ月の消費支出などなど
→その延長として消費、投資、政府支出、輸出、輸入などのGDP統計のうちのフローの概念を例示しています
  ストック: ・ある時点での、ある企業の自動車保有台数
        ・ある時点での、ある家計のある株式の保有株数、さらには資産残高
        ・ある年の12月31日の日本の対外資産保有残高
         などなど

(2)国富
国富は金融資産が含まれていないため、その意味が分かりづらいというのは、おそらくその通りでしょうが、国富は、原理的には、日本経済全体の全構成員の保有する正味資産の合計に対応する概念です。

 ですから、たとえば、国内経済を構成する経済主体を(1)企業、(2)家計、(3)銀行、(4)日本銀行、(5)政府に分けて、各々の資産と負債の主要 項目を整理してみれば、国内金融資産に関しては、それが必ず他の部門の負債になっているため、国全体では互いに相殺してしまうことが簡単に確認できます。

たとえば
(A) 株式、社債、国債については
企業の資産側の 他企業株式+他企業社債
家計の資産側の 株式+社債+国債
銀行の資産側の 株式+社債+国債
日本銀行の資産側の国内金融資産
  の合計は、必ず
    企業の負債側の  株式+債券
    政府の負債側の  国債
と等しい(だから、合計すると互いに相殺する) 

(B)現金、金融機関貸し出しについては
    企業負債側の 借入金
    家計負債側の 借入金
    政府負債側の 借入金
の合計が
企業資産側の 売掛金
銀行資産側の 貸出金
の合計と互いに相殺します。

(C)現金、銀行預金については
    企業、家計、政府が保有する現金と銀行預金の合計 
    銀行と日本銀行が発行する(負債側)の現金、預金の合計
が互いに相殺します。

(D)銀行の日本銀行預金
銀行の保有する日本預け金は、日本銀行の負債項目の預金と相殺します。

以上のように、国内の金融資産はすべて、企業、家計、金融機関、日本銀行、政府のいずれかの資産であると同時に、他のいずれかの負債になっているため、国全 体でみると互いに相殺されてしまい、ゼロになります。ですから、国全体の純資産としては、結局、機械設備、土地、森林、社会資本のほかに外貨準備が主な項目として残るわけです。

ただし、だからといって、国富が高校生に教えるべき重要な経済指標であるか否かは、ご指摘のように、別の問題です。
家計の純資産残高は貯蓄を決める上で重要ですし、企業の純資産残高も、資金調達の際の重要な条件になるなど、家計や金融の資産の意味は誰でも分かるもので す。しかし、さて国富は、と言われると、中南米のように国際金融市場を通して国が継続的に多額の資金を調達しているような場合は別ですが、確かに、高校生のレベルで対象にする経済問題を分析する上ではさほどのウエイトをもつ概念ではないと思われます。実際、私の場合にも、大学1~2年生を対象にした経済学 の基礎コースを教える際に国富を取り上げたことはありません。




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