■ 渡辺 努『インフレの時代 賃金・物価・金利のゆくえ』中公新書 2026年
① なぜこの本を選んだのか?
本書は、インフレを理解するためのキーワードが明確に示されています。同時に、令和の米騒動など生徒にとって身近な話題が取り上げられています。教師が生徒にインフレを教えるときのポイント(コツのようなもの?)を読み取ることができると考えて選びました。
② どのような内容か?
1.本書の全体像
本書は、2022年以降のインフレを対象に、筆者が考えてきたことをまとめています。この対象とする22年以降について、22年春から25年春までの3年間を正常化の第1ステージ、その先の2035年までを第2ステージと呼んで考察していきます。
全体を通して、今回のインフレを、日本にとって前向きな変化であると捉えています。
2.世界にある4種類の国?
「日本にとって」と書きましたが、この「日本」という用語をどのように捉えればよいのかという一例で、ノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツのジョークが取り上げられています。
世界に4種類の国々がある。先進国と発展途上国と日本とアルゼンチンだというものです。日本がどのような異常値を示しているのかが示されています。
3.2022年にどのようなことが起きたのでしょうか?
22年以降のインフレを対象に、歴史的に捉えます。渡辺先生が主張している「日本版賃金・物価スパイラル」という仮説をもとに、90年代半ば以降、30年間にわたって繰り返されてきた価格と賃金の動きについて教えてくれます。
そして、2022年に何が起こったのかを私たちは知ることになります。なぜ価格を上げてもお客さんは逃げなくなったのでしょうか? どうして春闘で高水準を達成することができたのでしょうか。過去から現代に続く流れを読み取ることができます。
4.なんで1%や3%じゃないの?
新聞やテレビの報道から、私たちは「2%」のインフレという言葉をよく聞きます。なぜ「2%なのでしょうか?」。3%や1%ではダメなのでしょうか? 生徒から質問されそうなこの2%について、数値を用いて丁寧に解説してくれます。
ジェームズ・トービンによる、名目賃金に下方硬直性がある場合は、正のインフレを受け入れざるを得ないという指摘は、経済を教える教師が知っていたい知識だと思います。
5.政策金利を決める方法
本書を執筆したのは2025年10月時点です。この時点でのCPIインフレ(Consumer Price Index:消費者物価指数)は3%をやや上回っています。このインフレ率が3%の時、政策金利はいかなる水準に設定されるべきなのでしょうか。
この問いに答えるためのツールが説明されています。このツールを読んだ上で、日銀の政策を評価します。前述したツールをもとに考えますと、足もとのCPIインフレ率は3%を上回るとき、望ましい政策金利は3.5%となります。その仕組みは本書でどうぞ。
6.日銀が注目している2つのこと
日銀が考えていることは、どのようなことなのでしょうか?
第1は、インフレ変動には「一過性の要因」と「持続的な要因」がありますが、分析対象としているインフレは、どちらに当てはまるのか? ということです。
第2は、総務省が公表するCPIから一過性の変動を除去して算出した数値を重視して政策を考えているということです(ここであげられている理髪店の料金といった例も授業で紹介したい話題です)。
日本銀行の仕事を教えるときに、教師が知っていると役に立つ知識が具体的に書かれています。さて、2022年春以降のインフレは持続的なものなのでしょうか?
7.人びとはインフレをどう解釈するのか?
2022年春のインフレは一過性かどうか? を考えます。
渡辺先生は、この問いに答えています(内容は本書で)。その時に重視しているのが「インフレ予測」です。若者はインフレの経験がこれまでにありません。海外からインフレのショックが流入します。企業が値上げを試みます。問題は、消費者がこの値上げから逃げるかどうかです。
本書では、この経過について分かりやすく説明しています。次に、もしもインフレが続いたとしたならば問題になる賃上げについて教えてくれます。
消費者、企業経営者、労働者といった経済の主要プレーヤーは、物価に対する認識を「毎年上がるもの」と捉えているのでしょうか?
8.インフレ・デフレが起きる本当の原因
ここまで読み進めてきますと、問題の根源が少しずつ見えてくるように感じられます。本書も、私たちの想像に合わせて展開しているように思えます。インフレやデフレが起こる原因は、人びとの“心” にあるのではないかという思いが浮かび上がってくるのです。
この心の変化は、起きやすい時と起きにくい時があるようです。そして起きにくい時代が長く続いた背景を説明してくれます。
その上で、心を動かす仕組みとしての 「フォワードガイダンス」という金融政策の手法を紹介します。これは、中央銀行が将来の政策金利の水準をアナウンスすることにより経済をコントロールする手法です。
9. 「将来型」の登場が必要
いよいよ旧サイクルから新サイクルに移る過程を見ていきます。現在(執筆時点の2025年)の日本は、インフレ率ゼロ%の経済から2%の経済に移行する過程にあります。
本書は、旧サイクルから新サイクルへ移行する過程について二つのパターンを考えます。第1は賃上げ先行、第2は値上げ先行です。
前節で、インフレ・デフレと人間の心について指摘しました。これらを総合しますと
自分の賃金は将来上がると確信する「将来」型の消費者や、賃上げ分を価格に転嫁できると確信する「将来」型の企業を増やすことが肝要となることがわかります。
「確信」・・・つまり「心」なのですね。
10.インフレ要因をどう見分けるのか?
インフレが発生する要因には需要要因と供給要因があります。それでは、実際のインフレの要因をどのように見分けることができるのでしょうか?
ここでの説明は、授業づくりにものすごく役立ちます。何といいましても、令和の米騒動という生徒にとって身近な話題を取り上げているからです。
そして、この身近な話題を、教科書に掲載されている需要と供給の関係と結びつけてわかりやすく教えてくれるのです。需要・供給曲線の「ここを見ると判断できる!」というポイントをズバリと教えてくれます。
11.本書の全体像
以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
序 章 新たな時代の始まり
第1章 賃金・物価・金利の正常化
第2章 インフレは日本経済をどう変えるのか
第3章 インフレと日銀
第4章 インフレと賃上げ
第5章 インフレと財政
第6章 インフレの変動要因
あとがき
③ どこが役に立つのか?
「このインフレは何が原因なのですか?」という問いに、どのような考え方を持っていればよいのかを教えてくれます。経済学者がインフレについて多くの人に語るときに、どのような順番で、どのような具体例を挙げて、どのような内容を教えるのかということを知ることができます。授業づくりのヒントが満載です。
④ 感 想
経済に関する教材研究をしていると「自然」という用語によく出会います。本書で言うと「自然利子率」というようなものです。この「自然」という用語をどのように解釈すればよいのかというコツを教えてくれるページがとても印象に残っています。専門家が書く、このちょっとしたコツを教師が身に付けることで、生徒にとってより一層わかりやすい説明ができるようになると感じました。
本書には、この「自然」だけでなく、経済学者が普通に用いる用語や概念を、このように捉えればわかりやすいのではないかという記述が多数見られます。「あー、そういうことだったのか」ということを何度も感じることができました。 (金子 幹夫)
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