① なぜこの本を選んだのか?
 本書を選んだ理由は次の2点です。
 第1の理由は、学問の枠組みに関することです。執筆者の松沢先生は文学部で歴史学を学んだ研究者ですが、経済学部に勤務しています。その勤務先で、研究の正当性を担保するための手続きが経済学者や政治学者と異なるという問題に直面したと書いてあります。いったいどのようなことが起こったのかを知りたくなったのです。
 第2の理由は、本書のタイトルに「歴史学」とあるにもかかわらず、経済的分野の記述がたくさんあることが挙げられます。経済学者の書いた論文の分析もあります。社会科を教える教師にとっては、興味深い題材がたくさん書かれています。

② どのような内容か?
 第1章は「歴史家にとって『史料』とは何か」です。
 次のように展開します。
 第1は、歴史家はどのような仕事をする専門家なのかを示します。情報と情報を組み合わせるという独特の表現で説明しています。
 第2は、資料と史料の違いを示した上で、史料を読むという特殊な仕事を始めた人物であるレオポルト・フォン・ランケ(19世紀ドイツの歴史学者)を紹介します。信頼できる記録を使って書くこと、そしてその書くことについて目的がなくてもよいということについて具体例を示しながら説明しています。

 第2章は「史料はどのように読めているか」です。
次のように展開します。
 第1は、歴史家が研究をする際に史料をどのように読み、そこから何を読み取り理解したのかを書くという手順を紹介します。本文の中では引用と敷衍という言葉を用いて仕事の内側を教えてくれます。歴史の教師にこのことを伝えたら「その通り」と教えてくれました。
 第2は,史料として新聞記事をどのように研究に用いるのかを説明します。歴史家は、記事に書いてあることが実際にあったのかどうかという視点で史料としての新聞記事を見ているのではないことがわかります。

 第3章は「論文はどのように組み立てられているか(1)」です。
 次のように展開します。
 第1に歴史家がおこなう研究は『独立変数のみを変化させたときに起こる変化を観察する』というものだけではないことが示されます。
 第2に高橋秀直先生の「征韓論政変の政治過程」という論文を取り上げます。高橋先生は日清戦争の研究や幕末維新期の政治史研究で知られる京都大学文学部の研究者です。
 第3は、本論文が「史料引用前置き+史料引用+敷衍」という文字史料を扱うときの定型的なセット」で構成されていることを示します。

 第4章は「論文はどのように組み立てられているか(2)――経済史の論文の例」です。
 次のように展開します。
 第1に、本章は1963年に発表された石井寬治「座繰製糸業の発展過程-日本産業革命の一断面」を取り上げるところからはじまります。この論文の主題は、明治期日本における製糸業の生産形態が、資本家が工場で労働者に生産させているような形態を含んでいたかどうかという点にあります。
 第2に、石井論文が1950年代から70年代にかけて採用されていた日本経済史の標準的方法とは異なるタイプの研究をしたことが述べられています。この標準的方法というのは、『いつでも・どこでも』当てはまる知識を追求するタイプのものだそうです。
 第3に、この研究が江戸時代末から明治期に行われていた生産方式である「座繰製糸」というものを対象にし、先行研究の問題点である「座繰の『大工場』など存在しなかった」ことを明らかにしていく過程を紹介しています。
 日本経済の歴史について授業案を創る際に取り入れたい知識が盛りだくさんの章です。

 第5章は「論文はどのように組み立てられているか(3)― 社会史の論文の例」です。
 次のように展開します。
 第1は、著名でない人々の集団的な行動に注目するタイプの研究である、1992年に発表された鶴巻孝雄「民衆運動の社会的願望」を取り上げることを示します。内容は、松方デフレがどのような問題を起こしたのかということを題材にしたものです。
 第2は、経済史の論文と社会史の論文とでは、問いの立て方がどのように異なるのかを示しています。その際に、第4章で取り上げた経済史の論文と第5章が取り上げている社会史の論文を比較しながら記述しています。

 第6章は「上からの近代・下からの近代」です。
 次のように展開します。
 この章では、必ずしも史料に根拠があるわけではない「歴史についての考え方」との付き合い方を「近代」という時代の取り扱い方を例に紹介しています。「日本史」の授業で使われる古代、中世、近世、近代がどのようにして使われるようになったのかを知ることができました。

③ どこが役に立つのか?
 同じ歴史でも歴史学者が書く歴史、政治学者が書く歴史(政治史)、経済学者が書く歴史(経済史)は枠組みが異なることが伝わってきます。「公民科」の教科書記述は、多くの学問により成り立っています。その一つひとつ学問は枠組みが異なっていることを自覚した上で授業案を創る必要があるということを感じさせてくれる一冊です。

④ 感 想
 舞台裏を描いた記述は魅力的です。
 本コーナーの10月号で紹介した根井雅弘先生による『経済学者の勉強術』は経済学者の作法を感じ取ることができました。本書は、松沢先生が抱いている迷いが前面に出され、どのように考えてきたのかという経過が示されています。教科書記述の背景にある世界を感じ取ることができた一冊でした。地理歴史科の先生に読後の感想をうかがってみたいです。

(神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

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