① なぜこの本を選んだのか?
先月紹介しました松島 斉先生による『サステナビリティの経済哲学』の中で「社会的アントレプレナー」が主役になるという記述がありました。そこで起業家というのはどのよなものかを知りたくなり出会ったのが本書だったのです。
加藤雅俊先生は、産業組織論、アントレプレナーシップの経済学、イノベーションの経済学が専門の研究者です。
② どのような内容か?
第1章は「研究者の視点で見るスタートアップ」です。
注目したのは次の4点です。
第1は、研究者が「どのような人が起業家になるのか?」、「起業家はどのような環境で生まれるのか」を紹介しているところです。
第2は、新しい起業の登場が経済にどのような影響を与えるのかという研究成果を紹介しているところです。
第3は、スタートアップの影の部分を「新規性の不利益」と「小規模性の不利益」という視点から紹介しているところです。
第4は、スタートアップに対する公的支援について「市場の失敗」を根拠にして説明しているところです。
第2章は「多様な起業家とスタートアップ」です
注目したのは次の3点です。
第1は、起業家には様々な動機を持った人たちがいること、そしてスタートアップの出発点には多様なパターンがあることを取り上げているところです。
第2は、「連続起業家」の記述です。起業を繰り返し行う個人を連続起業家と呼ぶそうです。ギャンブラーの破産理論によると、繰り返し起業を行う個人ほど起業で成功する確率が高まるそうです。
第3は、社会起業家についての記述です。前回紹介した松島斉先生が『サステナビリティの経済学』で取り上げていた社会的起業家と関連させて読み解きたい部分です。社会起業家になる人はどのような特性を持っているのかという問いに対して、社会起業家の多くが社会問題の犠牲者であるという指摘を紹介しています。また、社会起業家は奉仕型リーダーとしての性質も持ってるという研究成果も紹介しています。松島先生の本を再読するにあたり、解釈に厚みが増すのではないかと思います。
第3章は「スタートアップの登場要因」です。
注目したのは次の4点です。
第1は、起業する人が増える要因を個人要因と環境要因に分けてアプローチしているところです。スティーブ・ジョブズ、イーロン・マスク、三木谷浩史、松下幸之助、本田宗一郎といった起業家を登場させて説明しています。
第2は、最近の研究成果が紹介されているところです。学歴と機会費用の観点から起業を分析するという研究、自己効力感と起業の問題を扱った研究が紹介されています。多くの起業家は自分の事業は成功するだろうと考えているのですが、多くの事業は成功しないという研究成果が紹介されています。自信過剰な起業家によるスタートアップは生存確率が低いという記述が印象に残りました。
第3は、どのような場所で新しい企業が誕生しやすいのかという分析が示されているところです。世界的に見て日本の起業活動の水準は高いのでしょうか?それとも低いのでしょうか?その理由としてどのようなことが考えられるのでしょうか。同様に国内で開業率が高い都道府県はどこで、その理由としてどのようなことが考えられるのでしょうかという分析が紹介されています。
第4は、起業家になるかどうかについて、遺伝的要因と環境的要因のどちらが影響を与えるのかという研究成果が示されているところです。
第4章は「スタートアップの成功要因」です。注目したのは次の3点です。
第1は、研究の視点です。スタートアップの成功要因を研究するには、マラソン競技を見るようにスタートからゴールまでの道のりを見るという分析方法が紹介されています。
第2は、スタートアップの成功はどういうことを指すのか?というところです。
生存と成長以外にも成功と言える場面があることを示しているのです。
創業後に高成長を実現する企業にとっては、M&Aや新規株式公開を実現することが最良のオプションだとも指摘しています。
第3に、スタートアップが成功するために必要な3つの要素が示されているところです。
ニッチ戦略、柔道ストラテジーといった戦略が紹介されています。
第5章は「「起業家の登場」への処方箋」です。
ここでは、日本の起業活動がどのような状況にあるのか?どのような課題を抱えているのか?を紹介し、処方箋を考えています。注目したポイントは次の4点です。
第1は、日本では起業家というキャリア選択をどのように評価する傾向があるのかについて書かれているところです。
第2は、日本が国際的に見て起業活動が低迷している理由について指摘しているところです。
第3は、起業教育に関連して「起業は教えられるものなのか」という問題をどう捉えるかを論じているところです。
第4は、企業の絶対数を増やすために政府が起業のハードルを下げることの是非について考察しているところです。
第6章は「「スタートアップの成長」への処方箋」です。
注目した点は次の3点です。
第1は、政策担当者は創業後初期のスタートアップを支援対象にするのか、それともある程度成長した段階の起業を支援するのかという問題を取り上げているところです。
第2は、大企業とスタートアップは協力できるかどうかという記述です。
第3は、産業政策は「保護」の意味合いが強いため「競争」の観点が欠けている傾向があるという指摘です。
③ どこが役に立つのか?
中小企業の現状と課題を教えるときに役に立つと思います。
中小企業の単元における学習内容には、政府による起業を促す取り組み、新規事業の育成に重点を置いた法制度、株式会社の設立が容易になった新会社法、ベンチャービジネスの登場等があります。
本書は、これら学習内容の背景にどのようなものがあるのかを教えてくれます。制度説明だけに終わることのない授業づくりに向けて、多くのヒントを見つけることができると思います。
④ 感 想
地に足のついた学習をしたいという思いに応えてくれる一冊だと思います。本書に何度も登場する言葉に「アカデミックな研究を通した客観的な根拠をもとに論じる」というものがあります。起業そのものを冷静な頭脳で見つめる姿勢を学ばせてもらったと感じています。
(神奈川県立三浦初声高等学校 金子 幹夫)
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