① なぜこの本を選んだのか?
 6月に筑波大学附属高校の熊田亘先生から本書について「とてもいい本です。今年度の経済分野の導入に使おうかと考えています。」というお便りをいただいたことがきっかけです。熊田先生は2022年に開催された「先生のための夏休み経済教室」において「共通テストの趣旨を活かした「公共」経済の授業」の発表をされています。
 さっそく取り寄せたところ,これは経済教育に取り組んでいる皆様に紹介し,授業について語り合う材料にしなければいけないと思いました。

② どのような内容か?
 はじめに
 本書は冒頭からワクワクする絵と文で構成されています。
 はじまりの一文は「経済学とは選択についての学問なんだ」というものです。
続けて「選択」、「希少」といった用語が取り上げられています。

 第1章は原始人の絵から物語が始まります。
 テーマは「すべてが足りない」です。
原始人の会話を読みながら「供給」「需要」「機会費用」「効用」「アイデア」「資源」「労働」「資本」とはどういうものかを理解することができます。
 後半は「分業」、「特化」、「余剰」、「交換」がストーリーと共にテンポよくすすめられていきます。

 第2章は砂漠で大きな岩に向かって彫刻をしている人物の絵からはじまります。
 テーマは「市場」です。
 物語は、作る・買う・売るというすべての段階で「価値が生まれるという魔法みたいなことが起きている」(p.24)ということをわかりやすく説明してくれます。
 「文学賞で、償金額が高い年は応募数が多かった」という事例から供給について説明しているところが紹介者の心に残りました。

 第3章は古代ローマの人と思われる人物が話しをしているところから始まります。
 テーマは「選択」です。
 ここでは「最後通牒ゲーム」が紹介され、人は利己的なのか、インセンティブとは何か、バイアスは選択にどのような影響を与えるのかといった話題が提供されます。
 注目すべき記述は、コモンズの悲劇を防ぐためにはどのような考え方が有効なのかというオストロム(ノーベル経済が受賞受賞者)の解決策が紹介されているところです。
 
 第4章は株式会社で働く社員や中小企業でものづくりをしている人が登場します。
 テーマは「生産、利益、競争」です。
 企業は大小にかかわらず利点と欠点があること、たくさん生産すればいいというものではないこと、競争、独占、寡占についてが描かれています。
 企業や人々の行動をかえるためにインセンティブをどのように変えることができるのか。先月紹介しました諸冨先生の文献と合わせて読んでみてはいかがでしょうか。

 第5章は家庭内の冷蔵庫、お菓子売り場、学校の教室といった場面でストーリーが展開していきます。
 テーマは「経済システム」です。
 ここでは資源をどのように分配し交換するのかというルールについて説明しています。

 第6章は建物を外から見た絵が描かれています。
 テーマは「マクロ経済学」です。
 ここでは経済の全体像を考察します。GDP、そして「GDPだけを見ていたら、他の本当の大切なことを忘れてしまう」(p.79)という指摘のもと“無償労働”や“環境”といったことがあげられています。

 第7章は船乗り、メーカーの社員、税関の職員、政治家と有権者といった絵が描かれています。
 テーマは「国際貿易」です。
 比較優位について、無人島に漂着した二人の人物が働くことで、魚とココナッツを採るという場面設定で分かりやすく説明されています。

 第8章は、科学者、減税を主張するデモからローマ帝国の人々と多様な人々が描かれています。
 テーマは「大きな問題(といくつかの答え)」です。
 戦争について、平等について、天然資源について、そしてなんと火星移住についてまで、世界が直面している様々な問題が取り上げられています。
   

③ どこが役に立つのか?
 「コモンズの悲劇」や「成功する経済とは何か」という問題について一歩先を見通して論点を整理しているところが役に立ちます。
 また数字を読みとる際に「1つの数字だけ見ればいいのか」、「大きな数字を理解する方法」、「グラフの読み方で見誤りやすいところ」等、どこに留意すればいいのかという見方も示しています。
 

④ 感 想
 最後通牒ゲームの実験はチンパンジーでも行われたことがあるという記述がありました。経済で取り上げられる人間は、あるときは最大の効用を追い求める人であり、あるときはものすごく人間らしい人であったりと振り幅が大きいことが分かります。
 「今学習している人間はどんな人を想定しているの?」ということを意識して授業を創らなければいけないとあらためて受け止めたところです。
 もう一つ。本書はとてもいい本なのですが翻訳の一部に「?」というところがあります。
教科書では需要曲線と供給曲線を示すとき,縦軸は価格(P)を、横軸は量(Q)としています。この「Q」はQuantityです(Qualityではありません)。グラフにPやQがあった場合には注意が必要だと感じました(増刷の時には訂正されていることを希望します)。

(神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

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