①どんな本か
 大竹文雄先生の新しい本です。
 中公新書では、『経済学的思考のセンス』以来4冊目になります。サブタイトルは「働き方から日常生活の悩みまで」。サブタイトル通り多くの事例が紹介された読みやすい本でが、本格的な社会科学論も展開されています。
②本の内容は
 プロローグとエピローグをはさんで、全体は6章から構成されています。
 プロローグでは、経済学の常識が世間の常識と異なっているギャップを5つあげて、現代の経済学の成果を社会に理解可能な形で上げてゆきたいと述べています。
 第1章は、日常生活に効く行動経済学のタイトルで、8つの具体的な事例をあげての紹介があります。
 第2章と第3章は、新型コロナの感染対策で活用された行動経済学の例を紹介しています。
 第4章は、テレワークと生産性のタイトルで、働き方を巡る事例をあげています。
 第5章は、市場原理とミスマッチのタイトルで、市場経済の理解不足からおこる世間の常識とのミスマッチの例が取り上げられています。
 第6章は、人文・社会科学の意味のタイトルで、経済学を含む人文・社会科学が社会に役立つとは何かを考察しています。
 エピローグとして、伝統経済学をふまえた行動経済学の知見は役に立つとの結論が述べられています。

③どこが役に立つか
 授業で役立つところは三つあるでしょう。
 一つは、具体的事例の豊富さです。まさに日常生活から政策、制度設計まで行動経済学の知見を使った事例が豊富に紹介されています。
 特に、コロナに関連する事例は、前著にあたる岩波新書の『行動経済学の使い方』以降の行動経済学が役立っている事例が紹介されています。
 これらは直接授業のネタに活用できるでしょう。
 二つ目は、プロローグと第6章で取り上げられている、経済学と社会の認識とのギャップを扱った箇所です。
 プロローグであげられた、経済学と世の中の常識との5つのギャップに関しては、コンパクトに書かれていますが、経済教育のあり方を考える上でも、生徒の経済理解を深める上でも重要な指摘がされていて、熟読すべき箇所でしょう。
 また、第6章の、本を読むことは「反事実的思考力」を育てることだという指摘も、経済教育の立場から受け止めてゆくべきものと言えるでしょう。
 三つ目は、学校世界での常識とのギャップを扱った、第6章にある、『国富論』の誤解の指摘、最低賃金の理解などの箇所です。
 特に、『国富論』の誤解は、高校教科書の記述が原因の一つとされています。『国富論』-見えざる手-小さな政府と教えてしまいがちな現場教員に反省を迫るものとなっています。

④感想
 冒頭でもコンパクトで読みやすい本と紹介しましたが、どっこい、なかなか本格的な要素が詰まった本だなというのが正直な感想です。
 もう一つ改めて驚いたのは、紹介されている事例がほぼすべて実証研究がされているところです。行動経済学が説得力を持つ背景には、膨大な実証研究があることがよくわります。
 行動経済学の魅力や効果を生かすには、同時に、伝統経済学も学んで対比できることが必要だとも感じ、経済教育ではそのバランスをどうしてゆくか、宿題をもらった気分にもなりました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

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