■ 西條辰義『フューチャー・デザイン』日本経済新聞出版 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
「先生のための春の経済教室」の予習を皆でしませんか? という理由で本書を選びました。西條先生は『実践フューチャー・デザイン 静かな社会革命』も2026年1月に出版しています。春の教室までの約1ヶ月間、一緒にFDについて考えてみたいと思います。
② どのような内容か?
1.西條辰義先生の研究は?
西條先生は京都先端科学大学でフューチャー・デザインの研究をしています。もともとは、公平性や効率性を社会目標とするときに、その達成する仕組みをデザインする、という研究に取り組んでいました。
ところが、教室実験で見せた学生さんの行動が予想外のものであったことに驚きます。そして、本書のテーマであるフューチャー・デザインに出会うのです。
2.最初はここ1世紀の歴史です
本書は「将来世代が私たちに『ありがとう』と感謝したくなる社会をデザインしたい」という一文ではじまります。このことを読者に説明するために、歴史的アプローチから記述がはじまります。
はじめは、地球環境をめぐる歴史が取り上げられます。アンモニアから窒素肥料ができることの意味を問いながら、農業問題から爆薬の問題まで紹介してくれます。
教科書にもあります「コモンズの悲劇」が登場します。これに続く「救命ボートの倫理」という比喩は、授業づくりに大きなヒントを与えてくれます。
3.教科書の説明には「時間」が入っていないのか・・・
歴史的な視点からの説明を読み進める中で、私たちは「将来失敗」という用語が繰り返し登場することに気づきます。これは、「生態系を破壊し、将来世代の資源を奪い、将来世代に大きな負担をかけてしまうこと」を指します。
少しずつ話題が歴史から現在、そして未来にと移ってきます。この未来についてですが、私たちは未来のことを意識しなければいけないというのは理屈ではわかります。そこで教師は、この理屈を教科書記述とどのように結び付けることができるのでしょうか?
その手がかりが市場に関する記述にありました。西條先生は、市場メカニズムについて学習するときに「この議論には時間(未来)が入っていない」ことを教えてくれるのです。
4.フューチャー・デザイン登場
そしていよいよフューチャー・デザインの登場です。西條先生のフューチャー・デザインは2012年にはじまります。きっかけは、マサチューセッツ大学でのセミナー報告でした。
この報告に登場するのが囚人にジレンマに関するお話しです。報告は、ゲームのプレイヤーが再考ステージを存在を知っているかどうかで判断が異なるというものでした。ギャングのジレンマは,再考ステージを導入することで解決するのではというものでした。
話しは、このゲームを二つの超大国による覇権ゲームに読み替えるというものに発展していきます。なぜ米ソが互いに相手を破局に追い込む核戦争をしなかったのか? という問いに答えようとするのです。
5.授業案に役立つ話題
この覇権ゲームは、どのような仕組みになっているのでしょうか? その内側を教えてくれるのが「防犯灯の設置のために互いに10万円出す(協力する)か、出さないか(協力しない)を選択するゲーム」です。これは高校の授業で実践すると面白いと思います。
さらに、このゲームは生徒にとって面白いだけではありません。「覇権ゲームを無限回繰り返すことで平和が達成されるという見方」を学ぶことができます。再考ステージを設けるために「協力」や「信頼」そして「社会契約」が必要だと学ぶことができるのです。
6.中華料理店で誕生したアイデア
セミナー報告の後に、中華料理店に行き、本書の中心課題の一つである「仮想将来世代」が誕生します。軽い気持ちで「今の社会に、仮想の将来人を作ったらどうか」と提案したところ「アメリカにはそのような人びとがいた」というお話しが出てきたのです。
ここから先は,オンタリオ湖の南岸に住んでいたイロコイ・インディアンの話題でいっぱいです。彼らは重要な意思決定をする際、7世代後の人々になりきって彼らの視点で今の意思決定をするのです。ここは読みどころです。
驚いたのは、イロコイの考え方が、ロック、ベンジャミン・フランクリン、トマス・ジェファーソン、トマス・ペインにも伝わっていたということです。当時のヨーロッパと異なる新たな政治体制をデザインするために、様々な理念をイロコイから学んだようです。
7.新しいゲームの開発
このイロコイから学んだことがもとになって「世代間持続可能性ジレンマゲーム」が誕生します。
このゲームは、3人が話し合いをしてAかBの選択をするというものです。そして、世代間で簡単には協力が起こらないことを経験するのです。どこかの世代が「ウィン」すると、確実にその世代よりも後のどこかの将来世代が「ルーズ」することになります。
そこでこのゲームに「仮想将来人」を導入したらどうなるでしょうか? 例えば3人に1人を仮想将来人にするのです。さて、結果はどうでしょう? 持続可能な選択をする人は増えるのか? それとも減ってしまうのか? その理由も含めて読み取ってみてください。
8.さらに改良します
この一連の流れを見て、バングラデシュ出身とネパール出身の大学院生が次のように言うのです。「自分のふるさとで、西洋風の経済モデルが想定するように行動する人はあまりいないものの、そのような経済モデルを使わないと論文にはならない」。
そこで全員が仮想将来人になるという提案が出されます。まず全員が次世代になるとし、次世代から現世代(つまり自分たち)に持続可能な選択か、そうでない選択か、どちらを選択すべきかをアドバイスします。次に全員が現世代に戻り、再び意思決定をするのです。
9.今が未来、過去が今に
このように改良を続けながら、本書ではフューチャー・デザインについての実践が紹介されます。実践を数多く経験していくと、年配の方が仮想将来人にはなりやすいのではないかと思えるようになってくるそうです。
それでは若い人はこの実践には向かないのでしょうか? そのようなことはありません。またまた工夫です。参加者がいきなり将来に飛ぶのではなく、「今」から「過去」を振り返るという改良を加えるのです。
「今」を将来に、「過去」を今にと時間軸を移動すると仮想将来人の立場と同じになります。つまり、今から過去を見るというステップを経験するのです。
10.論文が目的でしょ?
順調にFD実践が改良されてきました。そのような時「あなた方はうちの町でデータをとり、それで論文にするのが目的でしょ」とある職員に言われるのです。これは西條先生にとっては衝撃的でした。
そこで、FD実践者がどのようにしてFD実践の原則を考え、使っているのかを多くの人に知ってもらう必要に迫られるのです。根本から考えなおし、たどり着いた先はカントの「批判的公開性」の原則でした。
11.カントから教わる
カントの教えに従い、将来世代に関わりのある案件について意思決定をする場合、なぜそのような意思決定をしたのか、現世代と共に将来世代にも公開するのです。
公開することを前提に意思決定するなら、将来世代の足をひっぱるような意思決定はなかなかできないことを実験で確認します。一方で公開しない場合には、現世代は自己のために得をする決定をしがちになるそうです。
12.ドゥメイン投票
ここまで、私たちが未来人になりきり、未来人の視点で今の意思決定をするという実践を中心に考えてきました。ところでこの他に未来をデザインする実践はあるのでしょうか。
本書ではドゥメイン投票が取り上げられています。子供に投票権を与え、親が代理投票する仕組みです。この取り組みはうまくいくのでしょうか? 意外な結果を本書から読み取ってみてください。驚きます。
13.そして最終章
ここまでの記述で「将来世代が私たちに『ありがとう』と感謝したくなる社会をデザイン」する授業ができそうな気になってきます。
最終章は「新たな社会のデザインをめざして」と題して「市民が主権を取り戻す静かな革命がはじまるのではないか」と閉じるのです。教師が授業を創るとき、どのようにして問いを構成すればよいのかという「考え方」を読み取ることができそうな1冊です。
本書の全体像
以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第1章 「私たち」は何をしてきたのか
第2章 フューチャー・デザインは何をめざすのか
第3章 社会的ジレンマ
第4章 世代間持続可能性ジレンマ
第5章 仮想将来人はほんとうに機能するのか
第6章 岩手県矢巾町――初めてのフューチャー・デザイン実践
第7章 パスト・デザイン
第8章 さまざまな実践
第9章 さまざまな実験
第10章 フューチャー・デザイン:実践の原則
第11章 フューチャー・デザイン実践:新たな出発
第12章 政策提言とダイアログ・マップ
第13章 投票と無知のベールの有効性
第14章 将来世代のしあわせ法と市民会議
第15章 新たな社会のデザインをめざして
③ どこが役に立つのか?
教科書の経済的分野の記述に「時間軸」をインストールしてくれます。時間軸をインストールすると、生きている人間が、さらに生き生きしてきます。アクティブな人間が登場すると、経済学習の見えなかった部分が見えるようになります。
そして本書には、生徒が経験しても十分対応できる演習がいくつか紹介されています。生徒の状況合わせて改造できますので、様々な角度から授業案を構想してみてはいかがでしょうか。
④ 感 想
本書のはしがきに「目先の利益を差し置いてでも、将来世代のしあわせをめざすことでしあわせを感じること」という記述があります。そういえば、本メルマガ204号において『たとえば『自由』はリバティか』で幸せについて読み取ろうとしました。205号では『日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較』の読み解きに挑戦しました。私たちは無意識のうちに「先生のための春の経済教室」を目指した文献を講読していたのかもしれないと感じました。学校の図書室で購入して、いろいろな教科の先生に読んでもらいたい本です。
(金子 幹夫)
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