■ 苫野一徳 岩内章太郎 稲垣みどり『本質観取の教科書 みんなの納得を生み出す対話』集英社新書 2025年

① なぜこの本を選んだのか?
 経済学習そのものを見つめ直す授業づくりに結びつきそうだと思い選びました。教師は、限られた授業時間数の中で経済を教えています。その時に「経済の本質的なことが見えていなくてはいけない」と思うのですが、その本質的というのはどういうものなのでしょうか? この本質とはどういうものなのかを皆さんと共有してみたくなり本書を選びました。

② どのような内容か?
1.はじめて聞く言葉ですが?
 本質観取という言葉を紹介者ははじめて聞きました。どうやら、生活経験の中から「~とは何か」という問いを立て、「そもそも」を考える思考方法のようです。
 これを本書では「人びとが共に本質観取をする哲学対話」と表現します。それでは、この哲学対話とはどのようなものなのでしょうか?
 本書において哲学というのは、「~とは何か?」という問いを立て、その本質に迫る洞察を深めていくことです。「対話?」、「洞察?」。わかったようでわからない感覚をもったまま、私たちは歴史の世界に導かれていきます。

2.きちんと理解するために歴史を知る!
 私たちが出会って間もない「本質主観」のイメージをつかむためには、歴史を振り返るのが有効だと言います。筆者の流れに乗ろうと思い読み進めていくと、授業で発問してみたくなる問いが続々と登場します。
 なぜ古代の哲学と言えばギリシアなのか? なぜ他の場所でなかったのか? そして、なぜ人々は共通理解を得るために神話でなく哲学を必要としたのか?といった問いを投げかけることで、生徒の声が聞こえてきそうです。
 
3.ソクラテスとプラトンの活躍
 魅力的な問いに引き込まれて読み進めていくと、いつの間にか歴史の世界に入り込んでいました。登場する多くの哲学者は「観察」にもとづいて存在の根拠を推論します。世界は水でできているとか、空気でできているといったおなじみのものです。
 しかしやがてこれは、本当に存在するものは何かという問いをめぐって認識の対立を引き起こします。ソフィストたちの登場です。この対立を治めようとしたのがソクラテスとプラトンということになります。
 この2人はディアレクティケー(問答法)と呼ばれる方法を使い対立を治めようとします。ソクラテスは「共通理解を実際につくってみること」に力を注ぎます。プラトンは「共通理解に至る筋道と可能性を示すこと」に力を注ぐのです。

4.水槽の脳?
 もう少し歴史が続きます。このプラトン哲学について、イデアの世界が本当にあるかどうかなど、私たちは確かめることができないという問題点が挙げられます。この問題を突破しようとしたのがデカルトです。
 デカルトは、哲学を私に見えているもの(感じていること)から出発します。「水槽の脳」というところを読んでみてください。これは多くの中・高校生が関心を持つ話題だと思います。そしてプラトンとデカルトを引き継ぐフッサールの登場です。

5.独特の考え方?
 ここで理解してもらいたい考え方が登場します。例えばここに一冊の本があったとします。その考え方というのは「目の前に本が一冊ある」という判断を保留するという考え方です。保留するってどのようなことなのでしょう。
 この考え方によると、保留した後、自分の意識の中で何が起こっているのかを観察します。そこに本が存在していて、<私>に本の近く像や意味が与えられています。次に、そこに本が存在するという確信を持つ、という順番で考えるのです。
 
6.独特の考え方と本書の問題とのつながり
 この考え方のもとで共通の条件が見出せたなら、『<私> たちにはこう見える』という共通了解が得られるはずです。本書はこれらを「相互承認」と「共通理解」という観点から捉えます。
 そこで本質観取です。これは概念や事柄が私(私たち)にとって「こう見える」という意味を取り出す作業のことをいいます。
 ここで注意すべきは、この本質というのはイデアではないことです。「それぞれの私」が体験を交換しながら編まれていく共同作品のことをいうところに注意が必要です。この編まれていくときに「相互承認」と「共通理解」が重要になってくるのですね。

7.本質観取の手順
 本質観取にはコツがあります。本書は、哲学者西研の説明をアレンジして紹介します。
本質観取は形而上学的な真理を問うものではありません。基本的なルールは「互いに認め合う」、「共通理解をめざす」、「沈黙は尊重される」というものです。
 本質観取の手順を読むと、まるで授業の展開場面のようです。その手順というのは、問題意識の確認と目線合わせ→さまざまな体験例、具体例を出す→キーワードを見つける→本質を言葉にするというものです。私たちも実践可能だということがわかります。

8.本質観取が生み出すものは?
 この本質観取を私たちが実践すると、どのようなことが起こるのでしょうか? 本書では、この本質観取が広がっていくと、民主主義社会の成熟に確実に寄与すると教えてくれます。その理由は、ヘーゲルとルソーが提示した原理から導き出せるというのです。
 ヘーゲルは「自由の相互承認」を、ルソーは「一般意志」の原理を示しました。この2つは哲学的には近代民主主義の本質に位置付いています。
 前者は、誰もが対等に自由な存在であることを、互いに認め合うことです。後者は「みんなの意志を持ち寄って見出し合った、みんなの利益になる合意」です。民主主義社会における法や権力の「正当性」の根拠は、この一般意志にしかありません。
 これまで本書では、本質観取は相互承認と共通理解を目指す対話であると述べてきました。これはまさに「自由の相互承認」と「一般意志」を目指す対話です。本質観取とは、民主主義の営みそのものなのです。

9.本書の全体像
 以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 第1部 理論編 本質観取を理解する
  第1章 本質観取を知る
  第2章 哲学の始まり
  第3章 共通理解の原理
 第2部 実践編  やってみよう! 本質観取
  第4章 本質観取のやり方
  第5章 ファシリテーターに挑戦しよう
  第6章 本質観取の実例
  終章 本質観取は哲学の本質である

③ どこが役に立つのか?
 教師が、学習内容の本質は何か? を考えるときの拠り所になると思います。決められた内容を教科書の順番通りに教えていけばよいと考えていると、生徒から「何で今日はこの学習をしなければいけないの?」という問いに答えられなくなってしまいそうです。
 経済の何を、どう教えればよいのか? について教材研究する時の道標になる1冊だと思います。

④ 感 想
 本書は、表紙を見ると苫野一徳先生、岩内章太郎先生、稲垣みどり先生の執筆と書いてありますが、どこを見ても分担が書いてありません。その理由は「あとがき」にありました。「対話を重ねて書き上げた共同作品」だったのです。章と章とのつながりに違和感を感じることなく心地よく読めたのは、対話の成果だと知りました。「あとがき」には中学生や高校生にも読めるようにとあります。春休み前の授業で「このような本を読んでみませんか」と紹介できる本だと感じました。
                                        (金子幹夫)

Tags

Comments are closed

アーカイブ
カテゴリー