■中島賢太郎 手島健介 山﨑潤一『歩いて学ぶ都市経済学』日本評論社2025年
① なぜこの本を選んだのか?
「経済学を片手にあの町を歩いてみれば」という帯を見て購入しました。読んでみると楽しい話題でいっぱいです。
なぜ東京の勝どき・晴海エリアにタワーマンションが多く建てられるのか? 博多駅西側のビルは、どうして皆同じ高さなのか? 渋谷区と新宿区にまたがる新宿駅、品川区にない品川駅、目黒区にない目黒駅、大阪の市外局番を持っている尼崎市等々。 読んでみたくなりませんか?
② どのような内容か?
1.どのような研究者が書いた本なのか?
中島賢太郎先生は、一橋大学で、空間経済学の実証研究を行っています。手島健介先生は、同志社大学で、グローバル化が発展途上国の産業発展や技術変化に与える影響、そして環境や健康、犯罪といった社会面に与える影響を研究しています。山﨑潤一先生は、京都大学で、発展途上国や江戸・明治・戦前期日本のデータを用いた経済、政治、地理に関する実証研究を行っています。
2.なぜライバルが集まるのか?
本書は、神田にあります神保町の古本屋街の記述からはじまります。古本に限らず、国内には同業種の店舗集積がたくさん見られます。本来ならば、客の限られた予算を奪い合うライバル同士であるお店が、なぜ地理的に集まるのでしょう?
この現象を説明するために、ショッピング外部性とアンカーストアの理論という考え方を用いてわかりやすく説明してくれます。具体的な事例を扱った実証研究を紹介しながら、築地市場の仕組みやオンラインショップの仕組みを知ることができます。
3.「売る」だけではない!「つくる」も集まる
集積するのはお店だけではないようです。製造業や情報通信業も、地理的に集中して立地することがあります。その集積のメカニズムを説明してくれます。
この理屈を説明するためにアルフレッド・マーシャルが登場します。このマーシャルの理論を現代的に整理しながら集積のメカニズムを類型化します。その上で、人や企業は際限なく一部の地域に集まってしまうことはないことを説明するのです。
4.地方の家は広い?
次は「都市」です。朝夕の都市は通勤客でいっぱいです。ここでは、通勤の存在が都市の機能や私たちの生活、経済にどのような影響を与えるかを考えます。
地価は都市の方が高く、都心から離れるにつれてだんだんと低くなります。この規則性はどのようにして形成されたのか。2007年に開通したつくばエクスプレスなどを例に説明してくれます。
また、住宅は都心で狭く、都心から離れるにつれて広くなるという規則性についても取り上げています。生徒にこの規則性の理由を発問してみることで、経済的な考え方に触れることができそうです。
5.ベイエリアにタワーマンションが多い理由
地価が高くても都市に住む人はいます。近年よく見かけるのがタワーマンションの建設です。都心に近い場所の価値は高まるため地代が上昇します。そのため都心への距離と住宅の広さとの間にトレードオフが生じます。
この考え方をもとにタワーマンション建設の理由を授業で考えることができそうです。用いる考え方は「機会費用」です。通勤には大きな機会費用がかかります。タワーマンションは通勤の機会費用の高い人々のために、都心近くに住宅を提供しているわけです。
生徒には「距離と通勤費用の関係」、「広い住宅を求める度合い」、「都心のアメニティへの好み」という観点から、高所得者層と低所得者層での違いを考えさせることで街について新しい視点を持たせることができそうです。
6.都市の形
ところで、都市にもいろいろな地形があります。都市が拡大する時、海や山といった地形に出会うことで都市の形が変わってきます。
地理的条件は、都市に対してどのような影響を与えるのでしょうか? このことによる通勤時間の変化、賃金の違い、鉄道網や高速道路網などの交通インフラの建設について、神戸を例にして説明してくれます。
教師は、生徒がデータを見て安易に因果関係があると解釈しないような配慮が必要です。
授業で教える用語ではありませんが、本書では教師が知っておくと役立つ考え方として、内生性の問題 と自然実験的アプローチが取り上げられています。
7.規制のいろいろ
都市の記述が続きます。「博多駅西側を見ると違和感を覚えませんか?」という問いかけから「規制」についての記述がはじまります。
これは、博多駅西側では、どのビルの高さも揃っていることを問いかけたものです。なぜ揃っているのでしょうか? 本書から読み取ってください。いったい土地の開発規制は、その土地の価値にどのような影響を与えるのでしょうか?
本書から得られる知識は、皆さんの学校の近くにある都市を題材にした「規制」に関する教材づくりに貢献できそうです。
8.観光地の飲食店は高い
次は観光地です。観光客の増加や観光業の成長が、地元経済や社会にどのような影響を及ぼすのでしょうか? ここにも教師が知っておくと役に立つ視点が示されています。
その考え方の1つ目は、ある地域におけるある産業が、その地域の別の産業や、他地域の産業にどのような影響を与えるのかということです。
もう一つは、ある産業が成長し、その地域の土地や労働者などがよりたくさんその産業に使われると、他の産業が使えたはずの土地や労働者が制約されるという視点です。
この視点で観光地を考えます。その土地に対する需要が観光業以外に乏しい場合には、観光関連産業の発展に正の波及効果を地域に与えるのではないかということです。
一方で、その土地に対する需要が観光業以外にもある場合には、競合する需要を持つ産業を阻害したり、ある種の住民にとって魅力的でなくなったりする可能性があるということになります。皆さんの学校の近くにある観光地はどうでしょうか?
9.有名な大通りの歴史的背景
次の舞台は仙台、名古屋、広島です。どこも観光地として有名ですが、もう一つ注目したいのが大通りです。久屋大通、若宮大通、平和大通り、青葉通です。この通りを開発する背景には何があったのでしょうか? その歴史を読み取ってみてください。
もう一つ。戦争などで大きな被害を受けた都市の人口は、どのくらいの年月でもとの水準まで戻るのでしょうか。 破壊と再生のメカニズムを読み取ることができます。
10. 大名屋敷と逆選択
大通りではありませんが、東京には広い敷地を持つ大名屋敷が多く存在していました。丸の内や霞ヶ関では大名屋敷の歴史を感じさせる広々とした土地を活用した高層ビルが建築されています。昔の大名屋敷のような所は、なぜ激動を生き抜いたのでしょうか。
その背後で働いている経済学的メカニズムはどのようなものなのでしょうか? 不動産市場における「摩擦」と表現して説明してくれます。この説明の中に「逆選択」という考え方が登場します。
11.東京都と神奈川県の境は多摩川だけではない
話題は自治体に移ります。自治体の境界はどのような要因で決まるのでしょうか? 自治体の境界やその範囲は地域にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
東京の町田市を例に説明してくれます。冒頭に示しました、新宿駅、品川駅、目黒駅、尼崎市の事例はここに登場します。皆さんの学校の近くにある駅や自治体について調べてみたら、何が見つかるでしょうか?
12.長野新幹線とLCC
ここまで登場した都市には、大きい都市もあれば小さい都市もあります。この大小いろいろとある都市についてポール・クルーグマンの空間経済学の理論が紹介されます。
問いは、大きさの異なる複数の都市が共存するのはなぜだろうか? というものです。企業が、工場建設にかかる費用と輸送費用のトレードオフをどう捉えるのかというストーリーを読み取ってみてください。
紹介されている実証研究では、長野新幹線の開業によって、長野新幹線沿線に立地する企業の特許出願件数が増加したことや、LCCによって結ばれた路線間の研究者は、質や新奇性の高いプロジェクトを行うようになったというものが取り上げられています。
13.移住の問題についての研究
最後に取り上げる話題は「移住」です。山手線の新大久保、埼玉県西川口のチャイナタウン、北関東、中部・近畿地方にある日系ブラジル人やペルー人などのコミュニティが登場します。
そもそも人はなぜ移住を行うのでしょうか? 特定の地域に外国籍住民が集まる理由は何でしょう? そしてある地域に住むようになった外国出身者と地域社会との関係はどのように分析することができるのでしょうか?
ここでもデータ解釈について大切なことが指摘されています。それは、外国籍住民の増加と地域の変化に相関があったとしても、それは本当に外国籍住民の増大が原因なのか?という私的です。
外国籍住民の増大が原因なのか?それとも外国籍労働者に対する需要を増やしている地域の特徴(例えば好景気による工場の受注増加)が原因なのかを区別することが難しいのです。
14.本書の全体像
以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第1章 商業集積のメカニズム:東京築地市場における店舗抽選
第2章 生産活動の集積のメカニズム:渋谷ビットバレーと東大阪
第3章 通勤が形成する都市:大阪、梅田、細雪
第4章 住宅としての土地利用:東京湾岸のタワーマンション
第5章 都市のカタチ:神戸、海と山
第6章 土地利用規制:博多駅前のスカイライン
第7章 観光が変える都市の姿:京都、清水坂
第8章 都市の破壊と再生:仙台、名古屋、広島
第9章 土地住宅市場の摩擦:大名屋敷から高層ビルへ
第10章 地域を分かつ境界:神奈川県 東京都町田市
第11章 都市をつなぐ高速交通網:東京駅、鳥栖インターチェンジ
第12章 多様性の交差点:新大久保、西川口
③ どこが役に立つのか?
豊富な事例と問いかけ、そして実証研究が紹介されています。読みながら「自分が住んでいるところはどうなのか?」と調べてみたくなる記述でいっぱいです。
授業のネタになりそうな話題が多いこと、そしてデータを分析する上でどのようなところに注意しなければいけないのかを学ぶことができます。
④ 感 想
表紙のデザインがとてもきれいなので読み始めましたら、事例が面白いこと、そして各章で魅力的な問いかけが示されていることにより、ぐいぐいと引き込まれていきました。
生徒に教えたいこと、教師として知っておきたいことの両方を読み取ることができる1冊だと難じました。表紙、各章に掲載されている写真などを見ますと、本のことがものすごく好きな編集者の手によって作られた作品だと思います。
(金子幹夫)
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