■ 諸富徹『税の日本史』祥伝社新書 2025年

① なぜこの本を選んだのか?
 筆者は、かつて年貢と税金の違いを高校生に教えなくてはいけないと思い、歴史学の本を読み続けた時期があります。その時に諸富先生の『私たちはなぜ税金を納めるのか 』(新潮選書)に出会い理解を深めた記憶があります。
 知識と知識がつながる経験でした。本コーナーで『税という社会の仕組み』(ちくまプリマー新書)を紹介した時にも同じような感想を持ちました。今回も、教師が教えなければいけない知識の背景には、どのようなものがあるのかを知ることができると期待して選びました。

② どのような内容か?
1.日本最古の租税
 日本における最古の租税を知っていますか?
 その租税の特徴は何でしょう?
 今の税と何が異なるのでしょうか?
 どれも授業中に発問すると生徒の動きがピタッと止まりそうな(つまり生徒の思考が止まり考え始めるような)疑問文です。本書は、私たちの生活にとって身近な税の起源からはじまるのです。

2.ヤマト政権と豪族
 時代は6世紀です。ヤマト政権と豪族が登場します。
当時のヤマト王権は、豪族の支配下にある人民を直接統治していませんでした。ヤマト王権と豪族がそれぞれどのようにして経費を賄っていたのかが描かれています。
 そのヤマト王権が7世紀半ばに大きく変わります。646年に出された「改新の詔」は、律令税制が日本史上はじめて、中央政府がすべての人民に直接課税する仕組みを取り入れたことを示しています。
 天皇の直轄領も、豪族の領土も、同じ税制が適用される時代がやってきました。ヤマト王権時代の伝統的な統治の仕組みを全否定していること、そして物品を運ぶための道路整備に着手したこと、戸籍がつくられたことが述べられています。
 なぜ50年という短期間で、ヤマト王権時代の貢納制から律令税制へと飛躍的に変化したのかを読み取ることができます。

3.なぜ律令体制が行き詰まったのか?
 8世紀後半から9世紀になると、律令税制が綻びはじめます。その原因を、重い負担に対する農民の抵抗から説明してくれます。
 そしてもう一つ。国司と郡司のパワーバランスに注目しています。郡司は、律令税制の実行部隊として重要な役割を果たしていました。この郡司の支配下にあった農民の中に、有力農民として成長を遂げる者が出てきます。
 郡司を凌駕する農民に対応するために、政府が国司に何を期待していたのかが、物語のように書かれています。各プレイヤーの動きを丁寧に追いかけているところが本書の読みやすいところだと思います。
 
4.面白い! 中世の記述
 鎌倉幕府の141年間に対し、室町幕府は237年と約100年も寿命が長いのはなぜか?という疑問文で中世の記述ははじまります。この謎を経済と税制の視点から明らかしようと試みているのです。
 柱になる記述は、それぞれの幕府による経済基盤の違いです。鎌倉幕府は、平安時代とかわらない税制をもとに荘園制を認め続けました。律令制下で人に課されていた税が、徐々に土地に課されるように変化してきましたが、鎌倉幕府はこの流れを受け継ぎます。
 なぜ鎌倉幕府が室町幕府に比して短命に終わったのかという問いに対して、政治的要因から説明することもできますが、本書は経済的側面からの説明にチャレンジします。
 
5.どこに注目するのか?
 注目するのは、産業構造の変化と、その変化に政府がどのように対応したのかです。
 鎌倉時代の主要産業は農業でした。この農業中心の産業構造が13世紀後半以降にどう変化したのか? その変化に政府が気づいていたのか? そして実際に政府がどのような行動をとったのかを読み取ることで、生徒が関心を持ちそうな授業づくりのための知識が得られます。

6.公民科にイフはある?
 生徒に付けてもらいたい力は、事実を適切に解釈し、政策を選択する力です。鎌倉幕府の政策選択は、どのような点で優れていて、どのような点で課題があったのでしょうか? 本書は、鎌倉幕府が生き残る道として2つの策があったのではないかということを提案しています。そして、この2つの政策と新田義貞や足利尊氏の行動との関連を推測しているのです。

7.室町幕府における課税の論理
 それでは、なぜ室町幕府は、鎌倉幕府よりも寿命が長かったのでしょうか?
財源開拓の視点、大田文といった用語で徴税の様子が書かれています。
 そして、政府は産業構造の変化に対応して、商業取引、金融取引、流通を安定化させようと試みます。税はその対価として事業者が納めていると解釈しているのです。鎌倉幕府の政策にはない視点のようです。

8.日本史上もっとも重税だった時代
 本書の後半に、歴史学者磯田道史先生と諸富先生の対談が掲載されています。その中で磯田先生は「豊臣秀吉の時代は厳しかった」と指摘しています。豊臣政権における大きな変化は、年貢の課税ベースが土地面積から生産量に切り替えられたところです。
 江戸時代になりますと、統治基盤を固めるため、農民に関する法令の整備がすすめられます。当時の農村で生活していた地主・名主、本百姓・脇百姓、下人がどのような役割を担っていたのを読み取ることができます。
 登場するプレイヤーがどのような人たちで、どのような行動を取ったのかについて丁寧に紹介してくれるところが本書の特徴です。

9.江戸時代の財政
 はじめのうちは盤石だった江戸幕府の財政は、なぜ悪化したのでしょうか? そのきっかけと原因が書かれています。そして三大改革のうち、どうして享保の改革だけが成功したのかという分析が印象に残りました。
 田沼意次の政策立案力が優れている理由は? それに対して新井白石や松平定信がなぜ反対の政策をすすめていったのか? 水野忠邦は、どのデータを見誤ったのか? とテンポよく説明してくれます。
 ここでも本書の中心課題である、政府と産業構造の変化についての問題が取り上げられています。教師は、幕府が経済成長にともなう税収基盤をどのように再構築するのかを読み取ることで、授業づくりの手がかりを得ることができます。

10.いよいよ明治政府です
 諸富先生は、租税における近代国家と封建国家の最大の違いを「同意」という言葉を用いて説明してくれます。
 その上で、どうして松方正義が、広く海外の租税法から学んで、統一的な租税法を制定すべきだと主張したのか? を教えてくれます。
 江戸幕府の統治体制は分権的でした。よって全国統一的な年貢徴収ルールや、中央官庁は存在しません。近代的な統一国家をつくるためには公平で、適正な負担水準の税制をつくる必要があります。その具体的な手立てが「年貢」から「地租」への転換でした。

11.政府は勝手に課税できない!
 明治税制の礎は、1873年の地租導入によって築かれます。
 明治後期税制に大きな影響を与えたのは、大日本帝国憲法と帝国議会です。もう政府の思いどおりに勝手に課税することはできません。
 日清・日露戦争は、日本の直接税中心税制を間接税中心税制に転換させました。そして地租の収入が劇的に下落し酒造税を下回るようになってしまうのです。

12.二つの世界大戦
 第一次世界大戦と第二次世界大戦をとおして、税制は二つの課題に直面します。一つは課税ベースのシフトについて、二つ目は格差拡大の問題です。公平な課税とはどのようなものかを巡る議論は、「公共」の授業づくりに必要な知識の整理につながります。

13.血盟団事件・五・一五事件・二・二六事件
 なぜ1930年代に、このような事件が続発したのでしょうか?  
 議会主義による改革をどう判断すればよいのでしょうか? 貧困と格差を解決するには、どのような権力が必要なのでしょうか? この時の軍事的緊張はどのようなものだったのでしょうか、といった問いを関連させて説明してくれます。

14.戦後の日本税制二つの課題
 終盤は戦後の日本税制です。GHQが認識していた二つの課題を取り上げています。一つ目は徴税体制の混乱で、二つ目は日本側の減税要求です。教科書・資料集でおなじみのドッジ、そしてシャウプが登場します。
 日本の税制がシャウプから離れていったことを、多くの学者がシャウプ税制の崩壊と評価していますが、本書は違う見方を提起しています。シャウプ勧告の内容は包括的所得税の理論に立脚したきわめて水準の高い税制改革案であると書かれています。
 未来の租税構想に向けて注目されている富裕税についても、シャウプ勧告はヒントをくれると指摘しています。

15.対 談
 最後は経済学者諸富徹先生と歴史学者磯田道史先生の対談です。
 諸富先生は、日本における税制の曲がり角を大きな視点で問いかけています。それを磯田先生は正面から受け止めて説明してくれます。
磯田先生の「最大の節税対策は、侵略戦争をしないこと」というメッセージは心に強く残ります。割に合わないというのです。「交易の方がよほど儲かります。室町幕府が大した領地もないのに15代も続いた財源は貿易です。海外侵略がそろばん勘定に合わないことをきちっと説明しておくと、将来、誰も損をせずにすみます」(p.253)という指摘は、公民科教師に強烈なメッセージとして伝わるのではないでしょうか。

16.本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第一章 古代―わが国の租税の始まりと律令制
 第二章 中世―鎌倉・室町幕府の経済成長への対処
 第三章 近世―豊臣政権下の大変化、江戸幕府の経済政策
 第四章 近代―租税国家としての明治政府の革新性
 第五章 戦前―格差社会、戦争による現代税制への移行
 第六章 戦後―今も古びないシャウプ勧告
 特別対談 日本人と税(磯田道史×諸富 徹)

③ どこが役に立つのか?
 各単元の細かなところを教えているときに「あれっ? 私はいったい何を教えているのだろう?」と感じたことはありませんか? 本書は、歴史にしても公民にしても、教えるべき大きな目標をいくつか示してくれます。
 何のために歴史や公民を教えるのか? を考えるときに、教師が持つべき視点を学び取ることができます。

④ 感 想
 「要するにこういうことなんですよ」という大きな視点で社会の仕組みを理解することができました。読んでいると無意識に細かなところに目がいってしまいます。そのようなときに「(要するに)日本の税は取りやすいところから取ることの繰り返しだ」とか「(要するに)近代国家と封建国家の最大の違いは租税を国民が同意するかしないかなんですよ」とか「(要するに)江戸時代の人々はそんなに重税を課されていなかった」といったメッセージが所々に入ることでピントの修正ができました。読み終えたときに、内容が心に残る記述の連続でした。
(金子幹夫)

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