① なぜこの本を選んだのか?
 春から始まった授業には、ここまで(2025年10月)にいろいろな学問が登場しました。秋を迎えるこのタイミングで「科学」そのものを俯瞰してみてはいかがでしょうか?
 学習内容の細かなところに目を配り、同時に学問の世界を表した地図を描き、学びの現在地を探すための1冊になるのではないかと思い、本書を選びました。

② どのような内容か?
1.池内先生はどのような研究者か?
 名古屋大学名誉教授である池内先生は、50歳までは宇宙物理学の研究者でしたが、50歳を過ぎた頃から文系の科学技術論に関する研究に取り組んでいます。
 なぜ研究テーマを変更したのか。その過程で「科学」についての見方がどのように変わっていったのかも合わせて読み解くことで、私たちの科学的な見方が深まると思います。

2.宇宙物理学者が感じた社会との関わり
 本書は、池内先生の自己紹介から始まります。
 宇宙物理学の研究者をしていた先生は、それまでの研究生活を振り返り、科学と社会の関係に触れていないことが気になりだします。そして、ある日突然、科学・技術・社会論の研究者になるのです。
 
3.どのように科学の知と社会とを結びつけるのか?
 なぜ、科学・技術・社会論なのでしょうか?
 池内先生は「科学と社会はつながっている」と書いています。このつながりは、見ることができるのでしょうか?本書は「もう一つの科学」というキーワードを使って説明を試みます。これは、思わず人々が夢中になってしまう自然の見方を示すものです。

4.寺田寅彦を調べる
 そこで登場するのが寺田寅彦です。なぜ寺田なのでしょうか? それは、早い時期から文系と理系の思想を融合させた人物であり、「複雑系の科学」という見方を提唱した人物だからです。
 寺田は、原因と結果が1対1できれいに対応する物理学に対して、単純で明確な答えが出てこない複雑系の科学の存在を主張します。池内先生は、楽しさを感じる学問を求めていて、寺田の研究姿勢にそのヒントを見つけたのではないかと思います。
 具体的に、「科学知」と「人間知」を結びつける学問を構成することで、人々がわくわくするような楽しい学問が実現すると構想したようです。私たちが関心を持っている経済現象も、複雑系のひとつです。

5.高校教師に語りかける
 本書と経済教育の関係が見えてきました。このタイミングで池内先生は教師に向けて次のようなメッセージを発信しています。
 科学は机上の知識ではないということ。
 日常の中に科学の材料はかくれているということ。
 その日常の中で起きた現象について、どうしてそのようなことが起こったのかを考えてみよう! というものです。
 そして、考えるのがたいへんだからといって疑い続けることを途中で放棄しないでほしいと訴えています。学校で教えることは正しいことばかり(教科書には正しいことしか書いていないということ)ですから、若者が疑う心を持ちにくいという事情をものすごく心配しています。
 そもそも科学が発展したのは、人々が正解を疑って別の可能性を探し始めたからです。教師は生徒と共に、問いを探し続けなければならないのです。

6.科学がもつ2つの顔
 それでは、教師が生徒を対象に「問いを探し続ける」姿勢を教えるには、科学に関する何を知っておく必要があるのでしょうか?
 本書はその手がかりとして、科学がもつ2つの顔を紹介しています。1つは「経済的利得を生み出す科学」で、もう一つは「文化の創造としての科学」です。科学という言葉を広く捉える「教養」というものがどのようなものかを教えてくれます。

7.生徒は教養を身につけるのだ
 この「教養」は教師だけのものではありません。生徒が身につけなくてはならないものです。教師は、一見するとつかみ所のないこの「教養」なるものを生徒に教える際に、何を知っておくべきなのでしょうか?
 本書は、「教養」とはどのようなものかを歴史を語りながら説明してくれます。12世紀の西欧において、分業体制を構成するところから始まる記述は、教師に「教養とは何か」を捉える手がかりを示してくれます。

8.教養に必要なのは「科学」だ
 この「教養」を身につけるには、科学的な見方や考え方を知る必要があります。科学は見えないものを見えるようにしてくれます。見えるようになると、つながりがわかってきます。つながりがわかると仕組みが理解できるというわけです。
 この見えてくるものには2つの種類があることを教えてくれます。1つは、私たちがどのように豊かになっていくのかという仕組みで、もう一つは、人間がどのようにして文化を創造していくのかという経緯です。
 なるほど。だから先ほど科学を「経済的利得を生み出す科学」と「文化の創造としての科学」に分類したのだと理解することができます。

9.経済学習とどうつなげるのか?
 「科学」とはどのようなものなのかという像が、おぼろげながら見え隠れしてきました。同時に、強いメッセージが発信されていることにも気付かされます。それは、安易な答えに満足して、学び続ける行為を止めてしまうことがないようにという姿勢です。。
 池内先生は「科学者は明快な答えが出せる問題を選ぼうとし、それができそうにない場合は敬遠することが多い」と指摘しています。前者は単純系、後者を複雑系と呼んで区別しています。
 私たちが取り組んでいる経済学習の対象は、明快な答えが出せない複雑な問題を取り上げています。明快な答えを出しにくい経済学がもつ見方や考え方を、どのように生徒と共有できるのかという手がかりを本書の「複雑系との付き合い方」から読み取らなくてはなりません。

10.問いの整理
 「複雑系との付き合い方」という存在を知った教師は、教室でどのように探究活動を展開すればよいのかを考えるます。
 生徒が持ちはじめた「問い」は大切にしたい。しかし、生徒はいろいろな問いを発信します。全ての問いを同じように受け止めてしまうと、教師の方が混乱します。本書はこの問いについて明快に分類してくれます。
 科学が扱う問いは「どうなっているのか?」であって「何でそうなっているのか?」ではないという内容です。この部分の記述内容を読み込むことで、教師は生徒が示した問いがもつ問題点を分かりやすく整理することができそうです。
 わからないことがある以上、歩みを止めないのが科学者です。ところが、科学者には、扱うべき問いと、扱わない問いがあるのです。「物理学」と「神との歴史」というテーマで自然科学が科学に変わる経緯を語る部分は興味深く読むことができると思います。

11.科学の問いはどこまで進み続けるのか?
 探究活動と「問い」について整理してきました。本書の後半は「公共」で学習する持続可能な社会についての授業案でお困りの教師に多くのヒントを提供していると思います。
 取り上げるテーマは「人類滅亡」という大きなテーマです。これまで地球上に出現した「種」の99.9%は絶滅しているそうです。よって人もやがては絶滅するという書き出しからはじまります。
 本当に人類は滅亡してしまうのでしょうか? という問いに対して、地球環境問題、戦争技術の拡大、遺伝子改変技術について、新型ウィルスの出現について語ってくれます。感染症は、一体化した集団には伝染しやすいという記述が印象的でした。

12.本書の全体像
 本書の目次は次のとおりです。
第1話 新しい博物学とは?――「文系知」と「理系知」を結びつける
第2話 「国語」で事物をくくるとは?――諸科学を結ぶ言葉の役割を考える
第3話 「科学的」とはどういうことか?――日常に科学を見つける
第4話 「教養」ある人の科学とは?――論理性と想像性を結合する
第5話 「時間」は客観的な指標なのか?――歴史が刻んだ時の歩みを点検する
第6話 科学者はなぜ「神」に反抗するのか?――神と科学の相性を探る
第7話 科学による「人類滅亡」はあるのか?――人間の野放図な振舞いを省みる
第8話 科学者の「歴史の見方」とは?――播磨国の歴史から私の歴史散歩を試みる
第9話 三〇〇年前の天の河は特定できるのか?――芭蕉と越後と天球の回転

③ どこが役に立つのか?
 科学について書かれた本ですが、経済的分野の話題も登場します。「公共」で取り上げる学習内容も出てきます。社会の複雑な仕組みを、どのように見ることができるのか? という大きな視点をもつことの大切さを察することができます。政治的分野から経済的分野の授業に移る前に読むと、生徒からの問いかけに対応する準備ができると思います。

④ 感 想
 池内先生が研究を進めていかれる過程で、神の存在を予感したというエピソードが印象に残っています。アイデアが頭に宿る瞬間を「神が頭に飛び込んできて啓示を与えてくれた気がした」と表現しているのです。
 舞台を職員室に移しますと、日々生徒と接して、よりよい授業創りについて考え、本を読み続け、研究会や勉強会に参加することを繰り返している教師にも、同じような啓示が、いつの日か突然やってくるのではないかと思いました。
                                        (金子幹夫)

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