■ 犬塚美輪『読めば分かるは当たり前? 読解力の認知心理学』筑摩新書 2025年
① なぜこの本を選んだのか?
 数理論路学者の新井紀子先生は『シン読解力』で、教科書記述に用いられている言語について言及していました(メルマガNo.196で紹介しています)。紹介者は、教科書に書かれている言語にはどのような特徴があるのかという問いをもって文献を探していました。
 本書は、この問いを細分化する手がかりが示されています。生徒が教科書を読むというのはどういうことなのか? という問いをもっている先生に読んでもらいたいと思い選びました。

② どのような内容か?
1)犬塚先生は何を研究しているのか?
 東京学芸大学で教育心理学、認知心理学を研究しています。読み書きの心理プロセスと指導法開発がご専門です。
 著書には『論理的読み書きの理論と実践』、『生きる力を身につける-14歳からの読解力教室』があります。

2)「読解力」という言葉をよく聞きますが・・・
 犬塚先生は、なぜ本書のタイトルを「読めば分かるは当たり前?」としたのでしょうか?
 教師が生徒に「本をたくさん読めば、そのうちに読めるようになる」とか、「本の内容が分からないのはよく読んでいないからだ」とアドバイスするのは適切なのでしょうか?
 本を読むことについて一緒に考えてみませんか、と私たちに呼びかけるためにつけたタイトルなのかなと想像して読み進めていきました。
 本を読まない生徒、読めなくて困っている生徒を前に、教師にはどのようなことができるのでしょうか。まずは、問題を正確に捉えることからはじめます。

3) 問題の捉え方について
 例え話です。サッカーができる力をサッカー力と名付けたとします。そして「これをすればすぐにサッカーが上手になります」と言われたとしたらどうでしょう。すぐに無理だとわかります。サッカー力という捉え方が雑だからです。
 サッカーを「数学」や「読解」にかえて解釈しても同じです。「これをすれば読解力が向上します」といった捉え方は、雑な捉え方だということになります。
 雑だということは、種類の異なるものを「あれも、これも」とごちゃ混ぜに集めたということです。よって、種類を整理して解決できそうな問題から順番に考えていくという作業が必要になります。犬塚先生は、どのように整理していくのでしょうか?

4)読解力の地図を描くとは?
 本書が目指しているのは「読解力の地図」づくりです。
 ごちゃ混ぜになったものを整理する枠組みを地図のように表し、そこに整理して並べようとしているようです。
 地図づくりは、私たちがよく見るカーナビゲーションと似ています。現在地はどこか?目的地を設定したか?そして目的地に向かう適切なルートはどうなっているのか?といった感じで地図の作成を説明してくれます。

5) 地図の上をどう歩くのか?
 読解力という地図を手にして、現在地から目的地を眺めているとします。犬塚先生は、目的地に到達するために、必ず通らなければいけない地点が2カ所あると教えてくれます。
 1つ目の通過点は、「書いてある内容を要約する」ということです。それでは2つ目は?それは、書いてあることに自分の知識を加え、頭の中に再現して思い浮かべるという理解です。表象構築という言葉で表しています。
 この2つの目の通過点を超えるとゴールが見えてきます。すると、ゴール地点に2つのことが書かれています。1つは「心を動かす読解」、もう一つは「批判の読解」です。
「趣味は読書です」と言っている生徒は「心を動かす読解」にたどり着くのでしょうか。そして教材研究をする社会科教師は「批判の読解」にたどり着き論理的な判断を目指すのかと想像しました。少しずつごちゃ混ぜになった読解力の中身が整理されていきます。

6)読解力の地図を理解する頭の仕組みはどうなっているのか?
 読解力の地図づくりで、目的地と中間地点(2カ所)が示されました。この地図で目的地を目指すプレイヤーのアタマの中ではどのようなことが起こっているのでしょうか?
 この謎を読み解く道具として「心のメモ」と「スキーマ」が紹介されています。いったいどのようなものなのでしょうか?
 心のメモは、情報を少しの間記憶しておく働きです。小説を読むときに、登場人物や場面を覚えているからストーリーがつながるということを思い起こせば納得です。
 スキーマは、整理された知識の枠組みです。私たちは本を読むときに、すでに持っている知識の枠組みを通して解釈しようとしているのです。
 なんだか読解力なるものが分かってきたような気がします。ところが、これだけではダメだということを知って愕然とします。まだまだ先があるのです。

7) 人類にはまだ身につけていない能力がある?
 まだ何を知る必要があるのでしょうか? それは目的地を目指すプレイヤーが抱えている歴史にヒントがあるようです。
 人間の脳には「言葉を使う」時に言語的な情報をつかさどる部分があるそうです。これは、人類が何万年もの長い歴史の中で身につけてきたものだそうです。ところが文字の歴史はわずか六千年です。このわずかな間に、文字を読むことをつかさどる部分の形成が充分に行われなかったのではないかと指摘しているのです。
 これは困ったことです。読解するための地図や道具をそろえても、皆が読めるというわけではないようです。教師にはどのような手立てが残されているのでしょうか?

8) 読めるようになるために単語に注目すると?
 教師に残されている手立てを考えます。ここに、本を前にして「読めない」と立ち止まっている生徒がいるとします。この地点が「現在地」です。さっそく「目的地」に向かうために文章の中にある「単語」と格闘します。
 読むことを苦手とする人が文章を見た時、そこには意味が分かる単語もあれば、分からない単語もあります。本書は、文章に出てくる単語を①日常語彙 ②専門用語 ③学習語彙の三つに分けて、その特徴を教えてくれます。そして読むことを苦手とする人が「知っている単語を増やす」ために、どのような工夫をすればよいのかについて提案してくれます。
 なるほど、こうすれば「読める」に一歩ずつ近づくことができるのだとわかりかけてきました。この読解に関する考え方は、一般の書籍だけでなく教科書にも使えそうだと思い読みすすめいくと衝撃的な一文に出会うのです。

9)教科書を読むのは難しい?
 その一文というのは「教科書を読解するというのは案外難しい」というものです。どういうことなのでしょうか?
 私たちが本や教科書を読むときに、二つのルートがあります。
 一つは、読み手が1つひとつの記述を積み重ねて、大きなまとまりにしていくという読み方です。どのような絵が描かれているのか分からないジグソーパズルをつくっているようなイメージです。
 もう一つのルートは、読み手が「これから読むのは次のような内容です」という前置き文を読んだ上で読解に移るというものです。教科書の説明文を読んでも分からないという生徒は、この前置き文にあたる説明を加えることで理解できるようになるというのです。
 ということは、前置き文がないままに教科書を読もうとしても腑に落ちるまで理解するのは難しいということになりそうです。
 生徒が社会科の教科書を読むときには、教師が関連する知識を事前に示すというサポートが重要ということになるのでしょうか。

10)物語は説明文よりも読みやすい
 本書は終盤で「なぜ物語の方が説明文よりも読みやすいのか?」という問いを立てて検討しています。私たちが手にしている「社会科」の教科書に物語はありません。これは切実な問題です。どうして説明文は読みにくいのでしょうか?
 物語は、因果のつながりの中に様々な出来事や登場人物が描かれます。たいていの場合、物語はこの出来事に対する課題解決という形をとります。一方で、説明文には登場人物が課題解決をするなんてことはありません。
 この「授業と教科書の問題」は、私たちに大きな問題を示しているようですが、同時に大きなヒントも示していると受け止めることもできそうです。

12) 本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第一章 三つの読解
第二章 読んで理解するための心の「道具」
第三章 文字を読むのは簡単か
第四章 単語を知っているということ──ボキャブラリー
第五章 文の意味を読み解く
第六章 文章全体を把握する
第七章 表象構築のために何ができるか
第八章 心を動かす読解
第九章 状況モデルの批判とアップデート
第一〇章 おわりに──読解力の地図は描けたか

③ どこが役に立つのか?
 本を読むことが苦手な生徒を前に、教師がどのようなことを知っていればよいのかという知識の整理ができます。「読解力」という言葉をどのように細分化して検討することができるのかを経験できます。
 そして、「社会科」教科書をどのようにすれば生徒に理解してもらえるのかという問いの根底に潜む問題につて整理することができます。

④ 感 想
 大学入学テストで会話文が多い理由を少しだけ想像することができました。
 会話文では、様々な出来事が登場人物によって説明されます。そして目の前に示された課題をどのようにして解決していくのかというストーリーが描かれています。
 受験者は説明文を読むより物語を読んだほうが読みやすいですし、出題者も前提条件や場面設定を明確に示すことで何を問いたいのかというメッセージを発信することができます。リード文における説明文と会話文の違いは、単なる形式の違いを超えた深い意味があるのかもしれないと感じました。

                                        (金子 幹夫)

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