① なぜこの本を選んだのか?
今月紹介しましたもう1冊の本である犬塚美輪先生の『読めば分かるは当たり前?』に、
「教科書の説明文を読んでも分からないという生徒は、前置き文にあたる説明を加えることで理解できる」とありました。そこで経済を教える教師は、どのように前置き文としての補足ができるのかを考えることになります。
本書は、教科書の内容をわかりやすく教えるために必要な前提部分(しかも教科書に書かれることがない)を知ることができるのではないかと思い選びました。
② どのような内容か?
1) どうして本書を書くことになったのか?
筑摩書房編集者である伊藤笑子さんが、大竹先生による中学生向け出張講義の内容を出版したいと依頼したことがきっかけで本書が誕生しました。
経済学の研究者が、中学生向けに、アタマの中をどのように説明してくれるのでしょうか? 教師にとりましては、内容だけでなく表現方法も気になるところです。
2)失望から始まった経済学との出会い
本書は、大竹先生の実家が自営業で、儲けることに興味があったこと、そして大学入学後の経済学部での学びは失望の連続であったというお話しからはじまります。
「私は現実の経済の動きを理解したいのに、それとはかけ離れたことを学んでいる感じがしたのです」(p.23)と大学入学当時のことを振り返っています。
ところがこの失望は、自主ゼミとの出会いにより払拭されます。「経済学が現実的なものになる」経験をしたからです。いったいどういうことなのでしょうか?
3) なぜ経済学が現実的なものとして理解できるようになったのか?
当たり前の話しですが「現実的なものになる」前は、「現実的なものになっていない」わけです。なぜ「現実的なものになっていない」のかというと、経済学の考え方をきちんと習得していなかったからだそうです。
きちんとミクロ経済学の考え方を理解することで、経済の動きが「現実的なもの」として理解できるようになったという経過が書かれています。そして、自主ゼミでの研究中に運命的な学問との出会いがあったことが書かれています。
4) 経済学者になるまでの道のり
その運命的なものとは「情報の経済学」との出会いです。これは、人間が不完全な情報のもとで取り引きをするかどうかを決めると考える経済学です。この考え方により、経済学がものすごく現実的になります。
求めていた経済学に出会った大竹先生は、研究の道を志すようになります。そして実際に、どのようにして経済学者になったのかという経過が書かれています。
ところで経済学者はどのような仕事をしているのでしょうか? 社会科教師にとって、本書に示されている「経済学マップ」は、教科書記述の学問的背景を整理するために必要な資料になるはずです。
5)マップを手にしてどこに向かうのか?
地図をもった経済学者は、いったい何を考えて歩み続けるのでしょうか?
経済学者はいつも「世の中をよくするために、どうすればいいのか?」を考えていると中学生に説明しています。それでは、世の中をよくするために経済学者がとる手立てとはどのようなものなのでしょうか?
その一つが、人の行動を捉えるというものです。人の行動は、物理法則ですべてを説明できません。ベストな選択をしたと思っていても、思い込みだったということがけっこうあるわけです。そこでどのようにすれば適切な選択ができるのかを考えています。
そして、「よくしたい」と思っている世の中の捉え方にも経済学独特のものがあると教えてくれます。経済学者はいつも複数の目標をもっていること、そして、無駄をどのようにしてなくすのかを考えていることを紹介しています。
前者はトレードオフとして、後者はパレート最適につなげてわかりやすく説明してくれます。パレート最適については「ピザを切り分ける」例をあげて説明しています。「中学生には、こうやって説明するのか」という分かりやすい例え話でした。
6)やがて中学生に身近な話題に・・・
大竹先生の人生を振り返るところからはじまったお話しは、やがて聞き手である中学生の身近な生活にと移っていきます。私たちは、どのような時に合理的意思決定からズレてしまうのでしょう?と問いかけるのです。
中学生にとって伝統的経済学が想定する人間は遠い存在ですが、行動経済学が想定している人間は身近な存在として受け止められるようです。
ここから行動経済学者のアタマの中が一気に紹介されます。取り上げるのは、サンクコストの誤謬、保有効果、現状維持バイアス、損失回避、極端回避性です。
7)隣の単元との架け橋が見える?
「それ、あるある」と中学生の声が聞こえてきそうな話題を紹介する中で、大竹先生は、経済学が何を目標にしているのか? そして「経済学を学ぶと、こんなにいいことがある」と繰り返し述べています。
経済学者は、いつも人々の生活や生命について意識していること、そして仕事そのものは人々に選択肢を示すことだと述べています。
示された選択肢は、誰がどうやって選ぶのでしょうか? 私たちは知っています。そのために「社会科」では政治的分野を学習しているからです。
8) 本書の全体像
以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第一章 経済学者とはどういう仕事か
第二章 経済学者はどのように世の中を捉えているか
第三章 行動経済学とはどんな学問か
第四章 経済学は社会にどう「役に立つ」のか
第五章 経済学者のアタマの中
③ どこが役に立つのか?
大学の先生が中学生を対象に経済的な見方や考え方を教える時、どこに一番光をあてて教えるのか? 教師が毎日教えている生徒を思い浮かべながら読むことで、明日の授業づくりが変わってくるのと思います。
中学生を対象にした記述ですが、教材研究の手がかりを示している箇所がたくさんあります。例えば、ミクロ経済学とマクロ経済学が分析手法としてどのように構成されているのかを整理するところは、経済学習の全体像を写し出しています。
スミスの『道徳感情論』やケインズの思想の中に行動経済学の要素が見られるという記述は、歴史的なつながりを厚く意識することができます。
④ 感 想
紹介者が「授業に役立つ本」のコーナーで紹介しようと思い購入した本の中には、読み進めていくうちに「(紹介する本として)何かこれは違うな」と感じるものがあります。
部屋の隅に積んだ未紹介の本を見て「せっかく途中まで読んだのだから、終わりまで読まないともったいない」と感じる心はサンクコストなのでしょうか。
読まなければダメだという心、いやいや今はタイミングが合わないだけで時期をずらせば読みたくなると信じる心・・・明らかなことは、紹介者は合理的に本を選んでいないということでしょうか。皆さんと本選びについてお話ししてみたいです。
(金子 幹夫)
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