① なぜこの本を選んだのか?
「公共」を教えている地歴科の先生、そして歴史を教えている公民科の先生が、この本を読んだらいろいろな授業を構想できるのではないかと考えて選びました。お金を集めるための税、人の行動を変えることを目的にした税に関するエピソードを読み進めるうちに、人びとの行動には共通するパターンがあることを読み取れるかもしれません。
② どのような内容か?
1)著者はどのような人なのか?
執筆者のひとりマイケル・キーンは、G20やIMF理事会のための文書執筆を担当する元IMF財政局次長でした。20年以上にわたり税制についての政策と助言を行っていたそうです。
もうひとりのジョエル・スレムロッドはミシガン大学経済学部教授です。国際財政学会の会長を務めたこともあるそうです。
2) どのように紹介できるのでしょうか?
本書は約500ページにわたり税の歴史が書かれています。
授業で生徒に話したくなるエピソードが満載です。
「こんなエピソード、あんなエピソードがあった」と紹介することができます。
ところが本書はエピソードを集めたカタログではありません。紹介者は、著者のメッセージをつかみとり、ひとつの解釈を示すことで、授業づくりに役立つ紹介文をつくってみようと思います。
3)様々なエピソードから見えてくる問題点は?
本書は、ロゼッタ・ストーンやシュメール遺跡の写真を示し、「税の減免」や納税証明書が含まれているという指摘からはじまります。税制は人類史の初期から存在したということです。
その歴史記述について、「ボストン茶会事件の発端は増税ではなく減税だった」ということを説明しながら、「税に関しては、事実よりも誤った通念の方が広く知られている場合が多い」という教訓を教えてくれます。
このほかにもアダム・スミスが憤慨した「窓税」やヘンリー8世がローマ・カトリック教会と決裂したエピソードについて教会税を用いて説明してくれます。
源泉徴収方式、所得税、所得税から独立した法人税、付加価値税導入のエピソードが語られる中で、著者のメッセージが少しずつ見えてきます。政府はいろいろな方法で税を集めようとしている一方で、権力者が考えなくてはいけない問題は一貫しているということです。その問題というのは、どうやって公平性を実現させるのかということです。
4) どうやって公平性を追い求めてきたのか?
権力者はどのようにして税の公平性を実現させようとしてきたのでしょうか?
人頭税、コミュニティ税、そしてバスチーユ襲撃といった歴史を振り返りながら人びとが税金を不公平とみなすようになった歴史をたどります。これらの歴史は、企業や人びとが税にどう向き合い、どのように応じるのかによって公平か不公平かが判断されることを教えてくれます。
ところで、人びとの公平観というのは、どのような場面で変化するのでしょうか?本書は2つの状況をあげています。1つ目は税負担が政府から受け取る利益に見合っているかどうかということです。2つ目は一人ひとりがそれぞれの経済レベルに応じて税を負担しているかどうかということです。
この二つの状況から、公平かどうかについて答えを出すのは、経済学者ではなく哲学者の仕事だとしてベンサムやロールズが引用されています。
5)どのように税を設計することで人の心を動かすのか?
多くの人は、いくら公平な税であっても、できることなら納税を回避したいと考えるようです。この人間の心を見抜いた支配者は、人びとの行動を思いどおりに誘導するため、いろいろな税を考えてきました。
本書は、古代ギリシア・ローマの独身税、メディアを抑圧するための新聞税、教科書にも登場する炭素税、そしてたばこ税が人の心を動かす税としてあげられています。世界で初めてビールに税をかけたのが、あの有名な古代エジプト最後の女王だとは知りませんでした。
沈没する商船や、いつまでも完成しない中途半端な建物をつくりだしたのも税に誘導された人びとでした。なぜわざわざ沈没するような船を作ったのか? どうして建物を完成させる直前で放置したのか? 生徒がインセンティブを理解するための例として示すことができそうな話題です。
一方で、税に誘導されそうになったことで引き起こされたイノベーションの事例も紹介されていいます。身近な例で、発泡酒と第3のビールがとりあげられています。
ここまで納税を逃れたいと考える人びとの歴史を追いかけてきましたが、その歴史の中には実際に逃れようと行動に移した人がいます。そこで、次にこの脱税しようとした人、そしてその脱税者に対する策を講じてきた人の歴史を追いかけてみることにします。
6) 脱税する人、脱税の対策を考える人
過去の有名な脱税犯にはどのような人がいたのでしょうか?マフィア、政治家、プロスポーツ選手、ロックスター、女優が実名であげられています。
なぜウィリアム・テルが息子の頭の上に乗せたリンゴを矢で射抜いたのか?紹介者はその理由をここで初めて知りました。日本で期日どおりに税金を集めた地方自治体の代表者は天皇に拝謁できたというエピソードも知りませんでした。
なぜ源泉徴収制がつくられたのか?そしてその制度設計にミルトン・フリードマンがかかわっていたこと、アダム・スミスが関税委員だったこと、なぜ警察犬の犬種がドーベルマンと呼ばれるようになったのか?どれも本書で知りました。
ハンムラビ王の言動が、今日の行動経済学の実践例だと例えて、納税のインセンティブを語っているところが印象的です。
私たちは、過去の脱税対策から何を学んだのでしょうか?
7)成功した税制改革に共通すること
税制についてデザインする財務大臣は、税率を引き下げつつ税収を増やすことを夢見るそうです。ところが実際にはうまくいきません。その中でも、長い歴史の中で成功した税制改革には2つの共通点があるそうです。1つは明確なビジョンで2つ目は政府トップのリーダーシップです。
税制のタブー(例えば聖書やコーランの非課税に反対すること、イギリスにおいて食料品に売上税を課税することなど)を意識しながらいかにリーダーシップを発揮して明確なビジョンをルールの中に示すのか。これが未来の税金を語ることにつながるようです。
8)課題探究のテーマ?
シュメールから現代までの「税」を見てきました。これらの歴史から、課題探究のテーマ探しに役立ちそうな話題がいくつか見つかります。例えば、
・税は反乱や抵抗運動の原因になっているが、その根本には権力をめぐる深い原因が潜 んでいるのではないか。
・政府は「税」という言葉以外にも「~料」とか「~金」といった名称を使うことがあ るがなぜか?
・いったい誰が税の真の負担者なのか?
・税制における累進制と効率性をどのように調整して設計することができるのか?
・デジタルサービス税について国際的にどのような改革が必要なのか?
まだまだ本書の中から課題探究のテーマ設定につながりそうな話題を見つけることができそうです。
9)本書の全体像
以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第I部 強奪と権力
1 すべての公共のことがら
2 われわれが来た道
3 別の名前で
第II部 勝者と敗者
4 まずまずの公平性
5 財政の強大な動力源
6 誰でも平等に扱われるわけではない
7 留まるか、移り変わるか
第III部 行動を変える
8 悪い行ないを改める
9 巻き添え被害
10 ガチョウの羽根のむしり方
11 世界市民
第IV部 税金はひとりでに集まらない
13 誰かがやらなければならない
第V部 税をつくる
14 税の喜び
15 来るべき世界の形
③ どこが役に立つのか?
公民科の教師だけでなく地歴科の教師にとっても教材研究に役立つ本になると思います。授業では、私たちが直面している税に関する問題が、けっこう大昔から存在していることを学べそうです。
税の学習指導案を作成するにあたって、歴史的視点、哲学的視点、政治的視点、経済的視点の整理ができていると、生徒が抱く様々な問いに適切に対応できるのではないかと思います。本書は視点の整理に役立つと思います。
④ 感 想
「経済学ではなく哲学の問題だ」という記述が複数回出てきます。経済学の仕事は、例えば社会的コストを提示すること、数値化することとありました。税負担が公平かどうかは哲学が考える問題だというのです。
「公共」の学習内容は多くの学問(もちろん哲学、経済学も含まれています)を基盤にして構成されています。今月紹介しましたもう1冊の『伝授!哲学の極意』と合わせて読むことで、「どうして『公共』には哲学や経済に関する学習内容があるのか」ということを考えることができると感じました。
(金子幹夫)
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