① なぜこの本を選んだのか?
 イスラームとおカネ?
 イスラームのことも知りたいし、おカネのことも知りたい。
 本書のタイトルを見た瞬間、読んでみたくなりました。
 社会科教師の心を動かす本なのではないかと思い選びました。

② どのような内容か?
1)長岡慎介先生は何を研究しているのか?
 長岡先生は,京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授です。経済学で修士を、地域研究で博士の学位を取得しています。
 中東や東南アジアでのフィールドワークを通してイスラーム経済の思想や実態を分析しています。著作には『お金ってなんだろう?――あなたと考えたいこれからの経済』があります。

2)この本の目的は?
 長岡先生は、世界金融危機(2008年)以降、資本主義が抱えるさまざまな問題を解決するヒントを、イスラーム経済の取り組みや、その背後にある独自の知恵に求めています。
 そこで、イスラーム経済の取り組みを紹介しながら、その取り組みが提起している独自の経済(お金)の知恵を本書で紹介しようとしているのです。

3)イスラーム世界はどんな世界?
 本書ははじめにイスラーム世界の全体像を紹介しています。
 注目すべき記述は「救済」と「利己的」という用語です。
 ムスリムはアッラーとの間で契約を結び、救済を目指してこの世を生きていきます。この救済は個人目標であり、極論すると自分さえ救済されればよいというものです。ところが、利己的な考え方を持った人々で構成されている宗教ですが驚くほど「助け合い」が進んでいることが紹介されています。 
 長岡先生は二つのことに注目しています。1つ目は「人を助ける」という考え方が日本で生活している多くの人と異なっていることです。2つ目は「地理的概念」です。物理的距離とは関係ない仲間意識が強く働いているところにイスラーム世界の特徴があるととらえているのです。

4)イスラームではお金儲けをどうとらえているのか?
 そこで、人を助けることと仲間意識に注目しながらイスラームと金儲けについて考えていくことになります。
 イスラームではお金儲け自体が信仰行為です。ただしその際に3つの教えを守ることが求められます。それは「利子の禁止」、「ギャンブルの禁止」、「喜捨の義務」です。
 なぜ利子やギャンブルが禁止されているのでしょうか?この問いについて、不労所得、不公平、運不運といった言葉を用いてわかりやすく教えてくれます。
 喜捨の役割が、豊かな人から貧しい人へのお金の再分配であること、そしてこの考え方の背景にあるイスラーム独自の考え方を知ることができます。

5)イスラーム経済の特徴
 イスラーム経済の特徴は,大きく2つに分けることができます。
 第一は無利子銀行、第二は助け合いです。
 それぞれどのような特徴があるのかを読み取ることでイスラームを教えるための知識に厚みが出てきます。1つずつ見ていきましょう。

6)イスラームで銀行をつくることができるのか?
 第一番目は、無利子銀行です。
 利子が禁止されているイスラームで銀行をつくることができるのでしょうか?アッラーの教えを守りながら銀行をつくることができるのでしょうか?ここで登場するのが「ムダーラバ」という商売方法です。
 この方法では,お金の貸し借りについて独特の考え方があることを教えてくれます。借りたお金は返すのが当たり前ですが、ムダーラバの仕組みでは返さなくてもよい場合があるのです。
 どういう場合なのでしょうか?なぜ返さなくてもよいのでしょうか?アッラーの教えに適ったお金の貸し借りを読み取ることでイスラームで銀行ができる経過を理解することができます。ムダーラバの仕組みが、無利子銀行に応用されていることを私たちは知ることになります。

7)助け合い
 第二番目は助け合いです。
 本書ではザカート、サダカ、ワクフといったイスラーム式助け合いの仕組みを紹介しています。注目すべき記述は、新しい考え方を持っているイスラーム学者がイスラームの教えを再検討しているところです。老朽化した商業施設が復活する経過をぜひ読んでほしいと思います。
 
8)ムスリムの世界だけのお話なのか?
 本書の最後には、イスラーム経済の教えが地球社会全体にどのような影響を与えそうなのかについて語っています。
 長岡先生は、深刻化する気候変動問題を解決するためにイスラーム式助け合いがとても魅力的だと指摘しています。
 その魅力的な考え方をイスラーム以外の人々が活用できるのでしょうか?本書では「イスラーム経済の知恵を私たちが活用することは十分可能だ」としています。その理由をイスラームの歴史と私たちの歴史を分析することで説明しています。
 この説明の中で、株式会社が誕生した経緯、信用金庫のルーツについて、CSRについて知ることができます。

9)本書の全体像
 以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 
  第1章 イスラーム世界へようこそ!
  第2章 つながる信仰と金もうけ
  第3章 無利子銀行の挑戦
  第4章 伝統と革新のイスラーム式助け合い
  第5章 イスラーム経済の知恵から学ぶ

③ どこが役に立つのか?
 「公共」や「政治・経済」の授業で,生徒に知識と知識がつながる喜びを体験させることができそうです。教師自身も「もっと調べてみよう」という心が動かされる一冊になると思います。
 どうして利己的に動く人々で構成されている社会において助け合いが盛んに行われるのか。政治的分野で学習する利己や利他、経済的分野で学習する利己や利他と関連させて知識を整理することにより、各単元を横断した授業づくりに一歩近づくと思います。

④ 感 想
 読み進めていきますと解釈にブレーキがかかることはありませんでした。
 スイスイ読むことができる本に出会うと怖さを感じます。きちんと読み込んでいないのではないかと思うからです。再読すると解釈が浅いことに気づきました。章をまたいでつながる部分も発見できました。教科書記述を思い返しながら再読すると,授業づくりに役立つ一冊になると思います。

                       (神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

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