① なぜこの本を選んだのか?
 本書を読み始めたときには「中学生や高校生の読み物としてよいのではないか」と受け止めていました。ところが読み続けているうちに「経済を教えようとしている教師が読むことで授業のヒントをつかむことができるのではないか」と感じるようになりました。多くの教師や生徒に紹介したいと思い、本書を選びました。

② どのような内容か?
 紹介者は、本書の内容を次のように解釈しました。
(1)本書の目的
 本書の目的は「家庭という安全な場所で、子どもが市場経済(他人の世界)のルールを体験できるようにすること」にあります。
 小中学生でもわかるように書かれています。ところが教師が読むと「ハッ」とする記述に何回も出会います。
(2)人生ゲーム
 経済を学ぼうとするにあたり、次のように大きく世の中を捉えるのがコツなのだと学ぶことができました。その内容は次のようなものです。
 欲しいものを手に入れるには5つの攻略法があります。
 ①奪う ②はたらく ③借りる ④あきらめる ⑤交渉するです。
 ①の奪うはルール違反です。このことを私たちは政治的分野で学びます。④あきらめるは、トレードオフについては解決しますが、生きていくのが難しくなります。②③⑤について考えていく必要があると捉えるのです。
(3)公共?
 それでは、私たちが生きている空間はどのように構成されているのでしょうか。本書は3つの空間があるといいます。
 ①愛情空間、②友情空間、③貨幣空間です。①、②の外側は政治空間でもあります。
この政治空間で、誰もがみんなの役に立つようなことをすることを「公共」とよぶと書いてあります。自分を中心にして①②③と同心円状に世界がつくられていると教えています。ということは、①と②の間に公共の扉があるのかな?と想像しました。
(4)なぜ勉強するのか?
 この3つの空間で生きている私たちに光りをあてます。
 もしも子どもが「AIがあるのだから勉強しなくてもいいではないか?」と質問したとします。どのように答えますか?
 本書は、この質問について複利の説明と関連付けて子どもに答えているのです。人類最大の発明である複利について説明した上で、実は複利の法則は勉強にもあてはまるのだといっているのです。
(5)努力は報われるのか?
 これも子どもからの質問です。この質問に限界効用の逓減という考え方を用いて答えようとしています。
 授業で限界効用の逓減を教えるのは難しいです。紹介者は教えたことがありません。本書はそこにチャレンジしています。子どもでもわかるような説明とはどのようなものなのかを学ぶことができます。
 今月紹介しましたもう一冊の『経済学者のすごい思考法』でも取り上げられていた(148ページ)幸福度について、本書も取り上げています。橘先生は「限界効用が逓減するまでは、お金が増えれば増えるほど、幸福度はぐんぐん上がっていく」と書いています。
 この理論を本書は「努力の限界効用逓減」法則として取り上げているのです。さて、私たちの努力はすべて報われるのでしょうか?報われないところがあるとするならば何か対策はあるのでしょうか。その戦略が示されていました。
(6)どうしてギャンブルはダメなの?
 子どもからの質問は続きます。今度はギャンブルについてです。
 人生とは、小さなギャンブルの積み重ねだと書いてあります。
 このギャンブルの定義は「リスクのある選択」です。
 では「リスクとは何か?」を理解するためにゼロサムゲーム、プラスサム、マイナスサムと順番に説明してくれます。順番に読み進めていくと「あー、なぜギャンブルはダメなのか」と読み手が気付く構成になっています。
(7)どうすれば将来の自分は成功できるの?
 大きな問いです。本書はこの問いについて「時間には値段がある」という視点で接近していきます。
 金利は時間の値段である。そしてこの時間の値段というのはタイムマシンの乗車賃だというたとえで話を進めていきます。さらに、すべての成功した人に共通する性格は一つだと断言します。それは経済学の見方・考え方を用いて、あるものを大切にするというものでした。そのあるものとは、子どもの読者だけでなく大人も納得する答えだと受け止めました。
(8)ウィン-ウィンのゲームはあるのか?
 成功し続けるための戦略は?
 それはギャンブルに参加するのではなくウィン-ウィンのゲームに参加することです。どうすればそのウィン-ウィンのゲームに参加できるのでしょうか?それは市場での取引を考えるということになります。市場こそが豊かさを生み出す場所で参加者全員が得をするプラスサムのゲームだと教えてくれます。
 市場では公正なルールのもとで自由に交換ができます。自由というのは選択できることだと教えてくれます。交換できるのはお金と商品だけではありません。アイデアやネットワークだって交換できるのです。この交換は私たちに力を与えてくれます。世の中に出てからのさらなるチャレンジが可能となるのです。
(9)世の中に出て働くとはどういうこと?
 本書では「仕事」というのは「誰かのために必要なことを代わりにする」ことだと説明しています。では「誰かのために必要なこと」というのはどのようなことなのでしょうか?
 これを「エントロピーの管理」という言葉で教えてくれます。エントロピーというのは「乱雑さの単位」だそうです。掃除や洗濯をしないと部屋があっという間にゴチャゴチャになってしまうという例で乱雑さを示しています。そして「この世界で起きていることの99%は『エントロピーの管理』」だというのです。この考え方を応用して、子どもに「どうしてお手伝いをしなければいけないの?」という質問に答えています。
(10)ここで分業の登場
 それでは、人が働くことで,人びとの役に立つ機会を増やすにはどうすればよいのでしょうか。本書は人的資本を大きくすることだと指摘しています。では人的資本はどうやれば大きくすることができるのでしょうか?その答えが「分業」だと説くのです。みんなで手分けして、一人ひとりの得意なことを分業によって大規模に組み合わせるのです。
(11)どのように分業するといいのか?
 本書は、分業の組み合わせについて、できすぎ君としずかちゃん(ドラえもんの登場人物)を例にして説明してくれます。教科書でおなじみの「比較優位」についての説明です。教材研究のなかで教師がよく見る例は、弁護士と秘書をとりあげたものではないでしょうか。中高校生にとっては、ドラえもんの方が納得してもらえそうです。
(12)全体をとおして
 本書は「合理的に考えること」、「トレードオフ」、「複利」、「限界効用」、「ゼロサムゲーム」、「金利」、「市場取引」、「交換と分業」、「比較優位」といった内容を親が子どもにわかりやすく教えるにはどうしたらよいのかを示していることがわかります。
(13)目 次
 以上が本書の内容です。最後に本書の目次を紹介します。
  ステージ1 なにかを選べば、別のなにかをあきらめなければならない
  ステージ2 お金はどのように増えていくのか
  ステージ3 楽しいことはすぐに慣れてしまう
  ステージ4 人生で大事なことはすべてギャンブルが教えてくれる
  ステージ5 時間には値段がある
  ステージ6 市場(しじょう)でお金を生み出すには
  ステージ7 はたらくってどういうこと?
  ステージ8 ハックする
  あとがき
③ どこが役に立つのか?
 大人が子どもに経済をわかりやすく伝えるために用いている材料が参考になります。今月号のメルマガが発信しているメッセージの1つに「教師の役割は、生徒の生活経験を推測し、肌感覚で納得できそうな実例を考えること」があります。実例を挙げるというのはこういうことなのかという道標になる一冊だと思います。

④ 感 想
 本書のタイトルは『どうしたらお金持ちになれるの?』です。これは本屋さんやネットで注目される題名だと思います。もしも経済教育に関する研究会で本書をテキストとして取り上げるとしたら・・・当日のテーマは「経済教育における問いの設定」とか「小学生に教える“経済学から見た世の中の仕組み”」ということになるのかなと想像しました。
 実例を示しながら生徒に教えるのはどういうことなのかを学べる1冊になりました。
                         (神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

Tags

Comments are closed

アーカイブ
カテゴリー