① なぜこの本を選んだのか?
 年始めに経済教育ネットワークの先生方と話し合いをしていた時に本書が話題になりました。すると「私も読んだ」という声があがり、その場でネット注文するという光景を目にしたのです。
 紹介者は「本書は教師が読みたくなってしまう類いの本なのだ」と受け止めました。「春の経済教室」で出会った皆さんが本書の話題をきっかけに交流を深めていただければと思い選んでみました。

② どのような内容か?
(1)キャサリン・ホーリーとは?
 著者であるホーリーの専門は哲学です。オックスフォード大、ケンブリッジ大で学んだ後セント・アンドリュース大学教授をつとめました。

(2)なぜ教師が思わず読んでみたくなるのか?
 読者は、序文にある問いかけに惹かれるのではないかと受け止めました。
 朝、家族に入れてもらったコーヒーについて(まさかまずくないよね)。
 出勤するために車で送ってもらうことについて(当然安全運転ですよね)。
 配達された牛乳について(まさか期限切れではないよね)。
 何気なく飲む一杯の水について(浄水場の人はきちんと仕事していますよね)。
 顔見知りの人から、まったく会ったこともない人まで、私たちは無意識に多くの人を信頼しているようだという話題で本書は始まります。

(3)信頼、不信とはどのようなものなのでしょうか?
 そこでこの「信頼」というのはどういうものなのでしょうか?
 私たちは、ある人物を信頼するかどうか判断するときに、その人物が信頼に値する人なのかどうかを見きわめなければなりません。この時のことを本書では一貫して「コミットメント(あることを義務や責任が伴う形で引き受けること)」という用語で説明しています。信頼する側は、相手についてコミットメントを果たすであろうとあてにしているかどうかということです。

(4)信頼にはどのような特徴があるのでしょうか?
 「雇用主が従業員を監視しすぎると、従業員は自分が信頼されていないと感じて仕事ぶりが低下してしまう」という経済学者の指摘が取り上げられています。人が誰かを信頼すると、その信頼された人の行動にまで影響を及ぼすという特徴です。
 もう一つ。それは信頼が個人と個人の関係を超えて多くの人に影響を与えるというものです。はじめて訪れた街で地元に人に道を尋ねたときに、親切に教えてくれたとしたら、その好意がどのような影響を与えるのかという例が示されています。

(5)「信頼」は持続可能な社会の実現に貢献するのか?
 「信頼」について考えるために吸血コウモリの行動を取り上げているのには驚きました。
 続けてコンピュータ実験が紹介されています。実験には三種類のコンピュータが用いられています。①常に助けるという戦略をもっているもの。②決して助けないという戦略をもっているもの。③はじめは協力し、それから後は相手の手をそのまま真似するという戦略をもつものです。
 この③の戦略は、相手が協力すれば次の取引で協力し、相手が裏切れば次の取引で裏切り返します。また一度裏切ったとしても相手が再び協力してくれば協力し直すという戦略です(以下「しっぺ返し戦略」と表現します)。もっとも多くのポイントを獲得したのはどのコンピュータだったのでしょうか?
 次に人間について考察しています。話題は「共有地の悲劇」です。ある人間の集団が小さな池で魚を捕って生活しています。個々のプレイヤーが「他の人のことはどうでもよい。魚を捕りまくるのだ」という戦略を採用したらどうなるかという説明があります。
 この悲劇に関連して経済学者のエリノア・オストロムは、中央政府による規制も個人所有もなしに財産を地域で管理する研究でノーベル賞を受賞するのですが、このときに強調したメッセージは「信頼」だったと紹介しています。

(6)人間は無条件に「信頼」を最優先するのでしょうか?
 人はジレンマ状態になった時にどのような行動を選ぶのでしょうか。
 本書では「基本的な信頼ゲーム」や「最後通牒ゲーム」を取り上げて人間の行動について考察しています。最後通牒ゲームについては経済教育ネットワークホームページ内にある「https://econ-edu.net/2016/08/10/1810/」を参照してください。
 ゲームの結果として「ある人が他の人を信頼すれば、その人も信頼された人も両者とも利益を得ることができる」ことや「人々は自分の利益のように思われるものに常に従うとは限らない」といったことが紹介されています。
 この実験ではプレイヤー同士はコミットメントを交わしていません。人間社会における「信頼」について考えるためには、もう少し複雑な場面を考察する必要があるようです。

(7)専門家と私たちの間にある壁をどう捉えたらよいのでしょうか?
 その複雑な場面としてワクチンの問題、気候の問題、エネルギーの問題が取り上げられました。この問題を考えるために誰とコミットメントを交わすのでしょうか。
 その一人に専門家がいて、その知識を私たちに伝えるジャーナリストがいます。しかしジャーナリストは専門家ではありません。正確に物事を伝えているのか不安が残ります。
 そして専門家自身についても不安が残ります。現代の科学が巨大で多様なため専門家自身も自分の研究テーマ以外のことを詳しく知らないというケースがあるからです。
 科学者の義務は、専門的知識を私たちに伝えることです。私たちが信頼できる知識を得るための手助けをするべきだと主張しているのです。

(8)インターネットと信頼についてどう考えたらよいのか?
 相手を信頼することを考えるためには、いろいろな場面を想定する必要があります。直接会っての交流もあれば、ネットを通しての交流もあるからです。
 特に人間社会の複雑さは、インターネットの登場で格段に増大しました。本書では「ウィキペディア」、「出会い系サイト」、「カスタマーレビュー」を例に、インターネット社会における「信頼」について様々な問題をあげています。
 ウィキペディアについては、百科事典との比較が、出会い系サイトについては、身長・体重・年齢についてどのくらいの割合で参加者は嘘をついているのかが、カスタマーレビューについては、投稿者に共通して認識されている暗黙の規範が印象的です。

(9)個人間の信頼を捉える方法は個人と社会の信頼を捉える方法に使えるのでしょうか?
 ここまでいろいろな場面を想定してきましたが、そもそも信頼を捉える方法は個人間だけでなく個人と社会制度の間にも適用できるのでしょうか?
 もしも個人とシステムの間に信頼関係が構築できるのであれば、その力を社会制度全体(例えば国家観の対立や紛争等)に及ぼすことができるのかを検討します。
 本書はこのことについて明確な態度を示しています。

(10)本書の構成
 以上が本書の大きな流れです。この流れを一言で表した各章のタイトルを最後に紹介します。
 第1章 信頼とは何か、不信とは何か
 第2章 信頼と信頼性はどうして問題になるのか
 第3章 信頼と協力の進化――コウモリ、ハチ、チンパンジー
 第4章 金を持って逃げろ
 第5章 誠実と不誠実
 第6章 知識と専門知
 第7章 インターネット上の信頼
 第8章 制度・陰謀・国家
 結 論 信頼に値すること(信頼性)の重要性

③ どこが役に立つのか?
 教師が信頼しているものと生徒が信頼しているものの間にどのような差があるのでしょうか。そしてこの問いを考えるためにどのような枠組みが必要なのでしょうか。
 このつかみ所のない問題を考える手がかりが見えてきそうな1冊です。特に第4章で展開される「信頼ゲーム」についての記述、第7章におけるインターネット上の信頼は、現代の生徒像を推測するために大きなヒントを示しているのではないかと受け止めました。

④ 感 想
 読み進めていると、「経済を生徒にどう教えるのか」という問いと「現代の中高校生はどのような社会のなかで生きているのか」という問いを混在させながら解釈している自分に気がつきました。経済を教える教師目線で読むこともできますし、現代の教育問題を考えるという切り口で読むこともできる本です。多くの先生方から感想をうかがってみたいです。

(神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

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