① なぜこの本を選んだのか?
 経済的分野の授業案を創るときに、政治的分野の学習内容をどのように意識すればよいのか。単元と単元とのつながりをどのように構想すればよいのか。その手がかりを見つけることができるのではないかと思い選びました。

② どのような内容か?
はじめに
 著者のベン・アンセルはハーバード大で博士号を取得したオックスフォード大学の教授です。冒頭で「私は歴史学から政治経済学に転じた」と記述しています。
 本書の目次は「民主主義」、「平等」、「連帯」、「セキュリティ」、「繁栄」の五部で構成されています。なぜこの5つなのでしょうか。読みながら考えていきたいと思います。

第一部は「民主主義」です。
 次の3点に注目しました。
 第1に、アンセルは「民意などと言うものは存在しない」と言い切っている点です。
 第2は、民主主義に関する議論の中で最も有用な定義はヨーゼフ・シュンペーターが示していると紹介しているところです。
 第3は、民主主義が望ましいものなら,なぜ民主的な決定が難しいのかということを述べているところです。「認識的民主主義」というコトバが心に残りました。

第二部は「平等」です。
 次の4点に注目しました。
第1は「平等のトレードオフ」です。特定の領域を平等にしようとすると、別のところが不平等になるという指摘です。
 第2は「平等の起源」です。私たちの社会に不平等をもたらしたのは何かということを歴史的に振り返っています。高校生が「えっ?」とビックリするのではないかと感じる知識がいくつかありました。
 第3は「平等の罠」、そして「この罠から抜け出す方法」です。「民主主義の実現には、かなりの程度の不平等が必要かもしれない」という文の前後を丁寧に読み取ることで、生徒に「平等の意味」を考えさせる対話ができるのではないかと感じました。
 第4は、経済が成長しているときに不平等が生じる仕組みを説明しているところです。アンセルは「産業革命」を例にあげているのですが、この記述は歴史の授業と経済の授業をつなげるための知識を整理することができると受け止めました。

第三部は「連帯」です。
次の3点に注目しました。
 第1は、連帯の歴史です。印象的な文は「19世紀初頭以降、国家は保護者から提供者に転じた」というものでした。警察,学校,ワクチンなどが例としてあげられています。
 第2は、連帯の罠です。政治がなぜ失敗してしまうのかについて“時間軸”や“楽観主義バイアス”を用いて説明しています。
 第3は、政治の失敗を成功に導く方法はあるのか?という問いに対して「ある」と述べている部分です。シンプルな解決策が提案されています。

第四部は「セキュリティ」です。
 次の3点に注目しました。
 第1は、私たちは「安全なバブルの中で生活できている」という指摘です。平和な社会は当たり前の社会だと思い込んでいることにショックを受けるべきだとも書いています。平和があるからこそ長期的な投資が可能になり、信頼を生み出すと書いてありました。
 第2はセキュリティの罠に関することで、圧政についてと無政府状態について指摘しているところです。
 第3は、セキュリティの罠から逃れるために「監視する力を高める」必要性を訴えているところです。
第五部は「繁栄」です。
次の2点に注目しました。
 第1は「さしあたり私たちを豊にするものは、長い目で見れば私たちを貧しくする」という記述です。この流れで、なぜ国民純生産(NNP)という概念が開発されたのかという歴史的経緯が書かれているところに注目しました。
 第2は、「本書のこれまでの全章には妖怪がつきまとっていた。集合行為という妖怪である」という一文に注目しました。ここまでの流れを総括した記述が見られたのです。ここでは「ただ乗り」、「囚人のジレンマ」、「しっぺ返し戦略」で論を展開しています。

おわりに
 どうしてアンセルは「民主主義」、「平等」、「連帯」、「セキュリティ」、「繁栄」の順番で書き進めていったのかについての答えが見つかりました。
 アンセルは、はじめは個人と個人とのつながりから論じはじめました。次に人とのつながりに話しを広げます。その中で、安心して生きるための工夫について考えます。そして最後に安心を長続きさせるために持たなければいけない考え方について主張したかったのだと読みとりました。

③ どこが役に立つのか?
 シンプルな問いをタイトルにしている本に惹かれます。
 生徒は時々ものすごく大きな問いを教師に投げかけるからです。
 この大きな問いに対して教師が準備できることは「問いの細分化」です。
 細分化した問いの中で、手に負える問いはどれで、どのような順番に並び替えて再構成すればよいのでしょうか。
 本書は、どうして政治は失敗するのか?という“生徒が知りたい”と感じる問いを、どのようにして細分化しているのか。そしてどのように再構成しているのかという「考え方」を学び取ることができそうな本です。

④ 感 想
 政治的分野の本かと思い読み進めていくと、経済的分野に登場する用語にたくさん出会うことができました。効用,トレードオフ、インセンティブ、ジニ係数、逆選択、モラルハザード等です。一つひとつの段落を、教科書を思い浮かべながら読み進めることで知識が再構成されていくのかなと思いながら読み進めることができました。

(神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

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