① なぜこの本を選んだのか?
 本書は、経済学者の大竹文雄先生が、中高生を相手に授業をしたときのことをまとめたものです。研究者が、学問の内容を中高生にどのように説明するのかを知りたくて本書を選びました。
② どのような内容か?
 はしがき
 大竹先生は20年ほど前から中学生や高校生を対象に経済学の出張授業を行っています。はしがきでは、その経験を活かした2つのポイントを指摘しています。 第1は、中高生相手の授業において、いくら興味深い話しをしても、生徒の記憶とつながらない話題は「なるほど」と理解されるだけにとどまるということです。
 第2は,生徒の記憶に強烈に残っている記憶を経済学で説明するにあたり、社会のインフラがうまく機能していない事例を取り上げることが有効だということです。

 第1章は「感染症で学ぶ行動経済学」です。本章のメッセージは次の5点です。
 第1は『国富論』が本当に伝えたかったことは何かということです。
 第2は「見えざる手」を機能させるために政府にはどのようなことができるのかについて書かれています。
 第3は「見えざる手」を機能させるために、どのようなメッセージが有効かということが書かれています。
 第4に、マスクやトイレットペーパーの事例をもとに、身近な問題を経済学の視点から説明しています。「情報」をどう伝えるのかがポイントだと読みとりました。
 第5は経済学の役割についてです。第1章では「経済学の役割・出番」という表現が3回登場します。いったい経済学はどのような学問なのかを表現を変えて私たちに伝えています。
 
 第2章は「落語で学ぶ行動経済学」です。
 この章の第一文は「行動経済学の基礎について解説」するとありました。
 内容は次の3点で構成されています。
 第1は「埋没費用」です。どうして行動経済学の基礎を説明するにあたり“サンクコスト”をはじめに取り上げたのでしょうか。本書の中に「迷ったら変化を選ぶ」ということが書いてありました。人が迷うとはどういうことなのでしょうか。大竹先生は、この迷いに関するエピソードを挙げやすいものとして「埋没費用」が適切だと判断したのではないかと推測しました。
 第2は「参照点」です。どうして人間は迷うのでしょうか。その仕組みを「参照点」というコトバで分かりやすく説明しています。
 第3は「メッセージの伝え方」です。人間は,これまで自分が取ってきた行動を取り続けようとする傾向があるそうです。そこでメッセージの伝え方を変えることによって人の考え方を変えることができるということが書かれています。
 
 第3章は「ラグビー日本代表で学ぶ日本経済」です。
 前章の行動経済学の次がどうしてラグビーなのでしょうか。
 本章は大きく2つの題材を取り上げています。
 第1は外国人労働者についてです。
 外国人労働者が増えると,私たちの仕事にどのような影響が出るのかをラグビー日本代表メンバーを例に説明しています。説明に用いる概念は行動経済学で重要な考え方である「代替」と「補完」です。
 第2は生成AIです。
 どのようなところにAIを導入することが有効なのか。AIの登場に負けないために、人間が身につけるべき能力はどのようなものかについて書かれています。
 
 第4章は「風しん抗体検査で学ぶ行動経済学」です。
 最終章で,なぜ風しんについて考えるのでしょうか。大竹先生は,最終章で高校生と行動経済学を使って政策選択について議論したかったのではないかと推測しました。ポイントは2点です。
 第1はナッジは3つに分類することができ、重要なことが2つあるということです。
 第2はどのようなところに力点を置いたナッジが有効かを示しているところです。

③ どこが役に立つのか?
 本書の49ページで「行動経済学とは、心理学や社会学の成果を経済学に組み入れて、より現実の人間像に近づける試みを行う経済学の一分野」という定義が示されていました。
 経済的分野の授業を創ろうとしている教師にとって「現実の人間像」をどのように教材に組み込むことができるのか。本書を読むことで、その手がかりをつかむことができます。

④ 感 想
 アダム・スミスの顔は、経済的分野の学習をするときによく教科書に登場します。本書も第1章にスミスの顔が出てきます。紹介者は大竹先生が、どうしてスミスを最初に登場させたのかという問いを持ちながら読み進めていきました。
 なかなか答えには出会えませんでしたが、「あとがき」にその手がかりを見つけました。大竹先生は「高校の教科書の記述に違和感を持ったことがきっかけ」(p.233)でスミスを冒頭で取り上げたと書いてありました。
 経済学者が高校の教科書記述のどこに違和感を持ったのかという視点で再読すると、教材づくりの視点がより深まるのではないかと感じました。 

(神奈川県立三浦初声高等学校   金子 幹夫)

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