執筆者 金子幹夫(神奈川県立三浦初声高等学校)

1.「公共」の授業は順調ですか?
 新学期が始まり2ヶ月が経とうとしています。「公共」を担当している皆様の教室はどのような状況でしょうか。
 「公共の扉」の学習はどこまですすんでいますか?「公共的な空間を作る私たち」、そして「公共的な空間における人間としての在り方生き方」のあたりまでが中間試験範囲なのかなと想像しています。
 本稿では、6月の時点で明日の「公共」の授業準備をどのようにすすめればよいのかを皆さんと一緒に考えてみたいと思います。冒頭で結論めいたものを示しますと、「逆算して明日を考える」と表現できると思います。わかりにくい表現なので、ひとつずつ順番に考察をすすめていくことにします。  

2.逆算して明日の授業準備をするとは?
 「公共」にしても「政治・経済」にしても、経済的分野の学習は年度の後半に展開されることが多いようです。このことから、経済の学習内容は、生徒の変容を見ながら夏以降に具体的な指導案を作成するという考え方が出てきます。本稿は、この考え方を支持すると同時に、もう一つ異なる視点も合わせて持ってみたいという提案をしてみたいと思います。
 その視点とは、現時点で夏以降に学習する経済的分野の内容をどのくらい意識するのかというものです。政治的分野の授業を構想しているときに経済的分野の授業を意識するというのはどういうことなのでしょう。
 
 政治的分野と経済的分野の両方に登場する学習内容として「政府」があります。年度の前半では日本国憲法の学習で政府を取り上げます。後半では「経済主体」の学習や「財政」の学習時に「政府」を取り上げます。

 そこで、教師は前半の政治的分野の学習をする時に、経済的分野の学習を意識して授業案を構成してみてはいかがでしょうかという提案をします。もちろん生徒の状況をしっかりと見ておかないと知識の混乱がおこります。教師が意識した内容を、どの程度生徒に示すのかは、各教室ごとに判断されるべきものです。

 経済的分野の学習内容を意識するというのはどういうことなのでしょうか。例えば、「政府が実施する政策はいつも最適な選択だと思いますか」という発問に生徒はどのような反応を示すでしょうか。
 市民革命の歴史から民主主義社会の成立までを学習したときに形成される政府観と、上述した発問を考察した後に形成される政府観は異なるのではないかと推測します。
 制度や事実の説明を聞いた後に形成される「観」は固定されて認識される傾向が強いと思いますが、問いで揺さぶられながら形成される「観」は動きのある「観」になると思うのです。
 
3.発問によるきっかけづくり
 それでは、今あげた発問を、自然な流れで生徒に示すにはどうすればよいのでしょうか。授業の流れを度外視した唐突な発問は、生徒の心を混乱させてしまいます。生徒は「先生の質問に純粋に答えていいのか」それとも「先生が望んでいる答えってなんだろう」といったように教師の心に寄せた回答を用意してしまう生徒もいるからです。
 教師の手により授業の流れをつくり、その中で発問できる状況をつくりあげてみたいと思います。
 本稿で取り上げるキーワードは「扉」です。何の扉かというと「公共の扉」です。中間試験が終わり新しい単元の学習を進める中で、「そういえば私たちが今学習しているのは『公共の扉』でしたね。みなさんはこの『扉』ときいてどのようなものを想像しますか?」という問いを投げかけてみてはどうでしょう。
 この発問が意味することは次の3つです。
 第1は、教える側の教師が教材研究を進める中で、この扉をどのようにイメージすることが目の前の生徒に合っているのかを考える必要があるということです。
 第2は、1人ひとりの生徒がイメージする「扉」の像を知ることで、教師の認識とどのくらいズレてるのかを知るということがあります。
 そして第3は、この発問で「逆算して明日の授業準備をする」きっかけをつかむことができるということです。

4.いろいろな「扉」の像
(1)生徒が持つ扉のイメージ
 きっと生徒は「扉のイメージは?」と問われて「ドア!」「窓」「玄関」「ふすま」「障子」「観音扉」等々八方からイメージを寄せてくると思います。
 生徒はこの扉について1人ひとり異なる像を形成しているのだと推測できます。それでは教師はこの「扉」をどのようなイメージとして捉えているのでしょうか。
(2)教師が持つ扉のイメージ
 「公共の扉はどんな扉ですか?」という問いに対して読者の皆さんはどのような絵を描きますか?生徒に発信する問いですから、教師は事前に教材観をもとにして「扉」の像を描いている必要があります。
 教師が扉のイメージを構成するにあたっては2つのことを考えているのではないでしょうか。第1は学習指導要領の世界における「扉」です。第2は目の前の生徒にどうやって説明すれば「扉」のイメージが伝わるのかということです。
 前者について。2016年の「公共(仮称)」の構想案(中央教育審議会 教育課程部会)を見ると「自立した主体とは、孤立して生きるのではなく他者との協働により・・・」とあります。ここから、扉の内側は「孤立して生きているところ?」で外側は「他者がいるところ?」と解釈できそうです。
 構想案は続けて「選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論」を理解するとあります。ここから、教師は扉の内側にいる生徒に「扉の外はこうなっているのだ」ということを教えるのだということがイメージできます。
 扉の外のことを教えるには、一つひとつの知識を伝える必要があります。その知識を塊として捉えて概念や理論を教えることにもなります。人は時として扉の外で「自分で判断しなければいけないこと」に直面します。その判断ができるように扉の内側でトレーニングをするというイメージを描くことができます。
 そこで教師は目の前の生徒を分析して「扉」をどのように伝えようかと考えるのです。筆者の場合、この扉は「Gate」と訳しました。「門」です。学校にある正門の門です。なぜ門なのか。「Door」と表現すると、一部の生徒が家の中にあるDoorや教室のDoorを想像してしまうと考えたからです。門ですと、建物と敷地が含まれます。敷地の向こう側は外の世界というイメージを共有したかったので「Gate」と訳しました。

(3)扉を用いて政治的分野と経済的分野をひとつの絵の中に描く
 それでは、この「Gate」を使って、どのようにして「逆算して明日の授業準備をするのでしょうか。ここから先は、教師が抱くイメージです。描く絵は教科書に掲載されている3つの経済主体(企業・家計・政府)です。3つの経済主体の中央に「市場」があります。
 今、私たちは「家計」の中から市場を見ていると想定します。市場の向こう側には政府と企業が見えます。この家計に大きな「Gate」を設置するのです。Gateの内側から市場はどう見えますか?Gateの外にある政府はどう見えますか?Gateの外にある企業はどういうところでしょうか。人や商品が集まる市場はどのようなところなのでしょうか?いろいろな問いを発信することができます。
 もう少し欲張って、政府の政策というのは、私たち家計に影響を及ぼすのでしょうか。それとも企業に影響を及ぼすのでしょうかという問いも教師の視野に入れていいと思います。秋の経済学習において財政政策は需要に影響を与えるのか、それとも供給に影響を与えるのかを考えるときがやってくることを視野に入れて逆算しているわけですから。
 さらに、政府が実施している政策は本当に最適なものなのでしょうか。最適ならば、なぜ最適なものを選ぶことができたのか、また最適でないのならば、私たちはどのようなことをを考えればいいのかを考えることもできそうです。
 まだあります。私たちは政府が実施する政策をそのまま受け止めているのでしょうか。それとも私たちは政府の政策の先を予測して行動しているのでしょうか?なんていう問いかけも生徒は興味を示してくれそうです。
 秋にどのような経済学習をするのかということを視野に入れたうえでの問いかけをすることで、単元と単元がつながるメッセージ性の強い授業づくりができるのではないかと思います。

5.とりあえずの着地点 そして次に考えること
 本稿は、目の前の単元に注目すると同時に、一年間を見通した授業づくりを目指した一考察でした。
 未来の授業から逆算して授業計画を構成することで、厚みのある、そして躍動感のある経済学習の基盤を形成することができるのではないかと思っています。
 次は、生徒が卒業後に本物の社会と出会ったとき、教科書に描かれたGate(扉)の外の記述についてどのような感想を持つのかということを考えなくてはいけないと思っています。

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