① なぜこの本を選んだのか?
本書は、なぜタイトルに“民主主義”といれたのでしょうか。どうして“人間が信頼し合える社会”というコトバと財政を結びつけようとしたのでしょうか。この問いを持ちながら精読することで、公民科教師は財政に関する一層魅力的な授業案作成が可能になると思い本書を選びました。
② どのような内容か?
第一文に注目しました。本書は「人間の歴史がこのまま進路を変えなければ、タイタニック号が氷山に衝突したように、未来は破局へと向かってしまうに違いない」という一文で始まっています。いったい何が問題なのでしょうか。
序章で、自然環境の破壊という危機的状況を取り上げています。この危機を乗り切るために財政がどのような役割を果たすべきか。そして私たちの意識にどのような問題点があるのかということを指摘しています。
第1章のタイトルは「根源的危機の時代」を迎えてというものです。
本書では“危機”を人間の社会が創り出した危機と自然現象による危機に細分化し,現代社会は,この二つの危機が合体しているところに問題があると指摘しています。読み進めていくと,教科書の財政に関するページに記述されている用語を用いながら、危機の克服についてわかりやすく説明しています。
第2章は「機能不全に陥る日本の財政」について書かれています。
根源的危機の内容がコロナ・パンデミックにおいて浮き彫りになったという展開です。医療、福祉、教育といった対人サービスはどのようにして提供することが適切なのでしょうか。本書では,経済あっての財政という考え方と財政あっての経済という考え方について記述されています。生徒が政策選択をするために、どのような考え方があるのかを知ることができます。
第3章は「民主主義を支える財政」というサブタイトルがつけられています。
私たちが直面する「共同の困難」(この表現は本書に何回も登場します)は,どのようにして克服することができるのか。選挙に行けばよいのか。投票以外にはどのような行動を取ることが必要なのかという道標を読み手に提供しています。
第4章は「いま財政は何をすべきか」です。
この章が抱えている問いは,人間の生命活動は賃金所得の保障だけで十分か、というものです。この問いに対する答えを産業構造の変化を示しながら説明しているところは,私たちの授業づくりに向けての大きなヒントになります。
最終章である第5章は「人間らしく生きられる社会へ」というタイトルです。
第1章で示した「根源的危機の時代」を乗り越え,人間らしく生きることができる社会をめざすとは,どのような考え方なのでしょうか。スティグリッツ、センが研究したGDPにかわる新しい社会指標など授業づくりの視野を広げる話題が続々と登場します。
③ どこが役に立つのか?
2点挙げます。
第1は,公民科教師が財政の単元を教える際に、仕組みや制度の説明に多くの時間をかけてしまうと「全力を出し切って教えていないのではないか?」という思いでいっぱいになることがあります。そこで本書のタイトルに注目して考えることで、この思いから脱却できるのではないかということです。
なぜ本書はタイトルを『財政と民主主義-人間が信頼し合える社会へ-』としたのでしょうか。本文を読み進めていくと「財政を経済システムと政治システムとの交錯現象として理解するだけでは(略)現在の状況はみえてこない」、「人間の社会は(略)貨幣を媒介にした関係だけでは存続しえない」という記述と出会います。本書は、人間と人間との関係を重視して財政を記述しています。
そして一人ひとりの人間についても「市場社会において人間は、社会システム、経済システム、政治システムという三つの舞台で、一人で三役を演じ」ていると表現しています。公民科教師は財政を教える際に、人間に注目することで、制度説明から脱却したストーリー性のある授業ができるのではないでしょうか。
第2は教科書記述の理解についてです。本書を講読することで教科書に書かれている用語を一層深く理解することができます。
例えば、租税のルーツについて、2つのルーツを紹介しています。地方自治体における所得再分配は機能するのかしないのか?ということについて言及しています。公的扶助、社会保険が誕生した理由を歴史的に説明しています。租税と社会保険が登場する歴史を紹介しながら,両者の違いを生徒にも分かる優しい表現で説明しています。個人が持つ経済力をフローで捉えたりストックで捉えたりするという考え方を紹介しています。どうして格差と貧困が国際的に拡散しているのかということについて,考え方を示しています。
「あーそういうことだったのか・・・」という多くの記述と出会うことができます。
④ 感 想
財政の授業を創ろうとした時に,同じ著者の『財政学』(有斐閣)を読んだことを思い出しました。このテキストは主として財政のしくみを説明したものです。当時の紹介者は,どのようにすれば生きた授業を創ることができるのかを考えていました。
本書は、同じ著者が熱い想いを込めて書かれた新書です。「人間」、「生命」といった呼吸を感じ取ることのできる1冊でした。紹介者は,制度を説明しているテキストと同じ著者が書いた新書を合わせて読むことの楽しさを体験することができました。
(神奈川県立三浦初声高等学校 金子 幹夫)
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