①どんな本か
「仕事と暮らしの1500年」というサブタイトルが付いている、古代から近代までの職人など労働者の賃金の変遷と暮らしの変化を紹介した数量経済史の本です。
②どんな内容か
プロローグと四つの時代からなっています。
プロローグでは、その日暮らしの人々として江戸時代の大工と行商人の賃金と生活ぶりの紹介からはじめて、数量データをもとに長期の賃金研究を分析するかの問題意識がまとめられています。
そこでは、長期統計を作ることによって、前近代から近代への経済社会変化の原動力がどこにあったのかを探ることの意味と、資料的な制約のもとで中世や古代までに遡ることの制約とそれを超える方法の概略が書かれています。
<古代>では、日本の賃金のはじまりとして、都や伽藍を作った古代の労働者や律令官人の仕事が紹介されています。
<中世>では、職人の誕生とその時代として、銭貨の浸透と中世職人の賃金のデータでの復元が試みられています。
<近世>では、都市化の進展と職業の多様化ということで、城下町などの都市で生まれた新しい職業が紹介されます。また、災害と賃金の箇所では、江戸時代の地震とその後の賃金の高踏、それへの対応が紹介されます。
この章では、実質賃金を推計するための方法と、長期の賃金の変遷から見える庶民の生活の変化が紹介されます。また、新しい賃金史研究として海外の研究動向も紹介されています。
最後の<近代へ>、では明治以降の職人の地位変化、工業化のなかでの賃金労働者の登場が職人の賃金に与えた影響が分析されます。
③どこが役立つか
授業者の立場から言えば、教科書にでてくる職人や日雇いの庶民の生活水準がどうであったのかを具体的に知ることができます。
この本から、各時代のデータをつなげて、時代変化のなかでの庶民、特に大工、職人の賃金と生活水準の変化を寺院や神社の文書などを用いて推定したものがほとんどないなかで、その様子を具体的に知ることができます。
また、面白いのは、近世都市に登場したサービス業で耳垢取り、掃除屋、ネコののみ取りなどが紹介されているところです。このようないわゆる捨てネタとして生徒に紹介することができる事例が結構あります。
もう一つ役立つものは、賃金は実質賃金で測ることが必要であるということが示されているところです。また、実質的な生活水準を推定する新しい賃金研究の方法を紹介している箇所も参考になるでしょう。
これはイギリスの経済史家のロバート・アレンという人が提唱している方法とのことで、一人あたりの年間賃金を一人あたりの生活費で割って求めるというものです。ここでは、最低限の食費や生活費を想定したバスケットにいれてそれを生活費として見るというものです。
この方法をとると、賃金や生活水準の国際比較が可能になることが紹介されています。
④感想
『武士の家計簿』という本が話題になり、映画にもなったように給与と生活に関する本は結構出版されていますが、計量経済史からこんなに具体的で分かりやすく書かれた本は珍しいかもしれません。
著者はエピローグで、数ではなく体感として時代の変化を捉えたい、そこから前近代から近代への原動力はどこにあったかを探りたいと書いています。
計量経済史の本を手に取っても、なかなか肌感覚で時代の変化が分かることはないのですが、本書では焦点を大工、職人に合わせて取上げているので、リアルに時代や生活水準を理解することができます。
本書は、ブックハンティングをするなかで偶然に手にしました。プロローグとエピローグに書かれている研究者としての意欲や研究途上での困難、それを超えようとする情熱など共感するところが多い本でした。
(経済教育ネットワーク 新井 明)
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