①どんな本か
本年のピュリッツアー賞をうけた小説です。それぞれ著者名が違う『絆』『わが人生』『追憶の記』『未来』という4つの部分から構成される、ミステリー風味がある小説です。

②どんな内容か
中心となる人物は、1920年代から30年代にウオール街で一世を風靡した投資家ベンジャミン・ラスクとその妻ヘレンです。
第1部の『絆』の内容は、ラスク一族や夫妻をキャンダラスに描いた本で、1937年にベストセラーになったという設定です。それに対する対抗で書かれて、中座して未完になったのが次に出てくる第2部の『我が人生』というドラフトです。これはラスクの口述をもとにした自伝です。
その自伝を代筆したラスクの秘書が50年後にその時の思い出を書いたものが第3部の『追憶の記』です。
最後の『未来』はラスクの妻ヘレンが残したノートです。そこには、『絆』『わが人生』で描かれたヘレン像とは全く違った女性像が浮かび上がります。

③どこが役立つか
二つの点で注目してもらえるとよいと思います。
一つは、1920年代から30年代のアメリカの金融世界の様子です。投資家として、どんな行動を行ってきたのか、29年の暗黒の木曜日をどうしのいだのかなど、アメリカの繁栄とそれを金融面で担った人物の行動と思想に対する注目です。
『偉大なるギャッツビー』に似た物語ですが、ギャッツビーでは経済活動の具体的な記述はありません。それに対して、この本ではどんな投資をしてどのように資産を形成したか、リアルに描かれます。この部分は、「歴史総合」の資料に使えるかもしれません。
また、ラスクの思想は、現在でもウオール街の主流派の考え方、日本でも似たような考えの人物はいるだろうと思わせるものです。ラスクのニューディールに対する批判、連邦準備制度に対する批判など、今日のアメリカの共和党主流派の見解そのものかもしれません。
もう一つは、第3部の著者とされているイタリア系移民のこどもアイダの手記の部分です。アナーキストの父のもとで育ちながら、投資家の秘書になるという階級の裏切り者となった女性の追憶と自分がかかわった『わが人生』というドラフトの奥にある真実を追究する物語は、スリリングであると同時に、20年代の移民労働者の様子や移民を敵視しながら利用するするアメリカ社会の特質が見事に浮かび上がってきます。ここも、「歴史総合」で役立つでしょう。

④感想
『信頼の経済学』のトラストと、この小説のトラストがシンクロして、偶然手に取った小説です。
ピュリッツアー賞をとっただけあり、読みやすく、かつミステリー的な要素もあり、一挙によみました。ただし、最後はどんでん返しというより、予想がつくものでしたが。
もう一つの感想は、フェミニズム小説だというものです。ネタバレになりますから詳細は書きませんが、現代的だなとその点では思いました。
ラスクの妻ヘレンは、チャリティに熱をあげますが、音楽家に対する支援で登場する演奏家、作曲家などに関する記述部分でも面白く読むことができました。
(経済教育ネットワーク 新井 明)

Tags

Comments are closed

アーカイブ
カテゴリー