①どんな本か
ゲーム理論、行動経済学の研究家である筆者が、信頼(trust)をキーワードにして、経済システムだけでなく人類史、社会史全体を概観した本です。原著のタイトルは、Why Trust Mattersで、サブタイトルはAn economist’s Guide to Ties That Bind Us。このタイトルとサブタイトルが本書全体を表しています。

②どんな内容か
全体は6章で構成されています。
第1章は「信頼の経済学」で、なぜ経済学で信頼を研究するか、また、著者がなぜ信頼を研究するようになったのかが、問題意識と課題が書かれています。
第2章は「信頼の人類史」で、赤ん坊の微笑みからはじまり、贈与、文化、宗教、制度(市場)、政治、法など幅広く信頼が人類史のなかでどう形成されてきたのかを心理学、人類学、社会学、法学や政治学、哲学など隣接科学の知見が紹介されます。
第3章は「経済システムにおける信頼」で、貨幣、金融市場、契約、仕事、ブランド、信頼の未来形としてシェアリングエコノミーやブロックチェーンまで、経済学と信頼の関係が扱われてゆきます。
第4章は「専門家を信頼する」で、政治家、メディア、医療、科学、気候変動のそれぞれの分野での信頼の状況、不信の現実が、プリンシパル・エージェント問題の応用として紹介されます。
第5章は「私たちは互いをどう信頼すべきか」で、信頼醸成のための手順が示されます。
第6章は「信頼のゆくえ」で、ここはこれまでの総括が簡単に述べられます。

③どこが役立つか
大きく二つの部分が役立つでしょう。
一つは、第3章の「経済システムにおける信頼」の箇所です。ここは特に金融を考える場合の前提となる信頼に関する考え方が得られます。なぜ取引で貨幣が登場するのか、貨幣の信用を担保するのは何か、なぜ銀行や中央銀行が必要なのか、それを信頼という概念から説き起こします。金融を制度としてではなく、それを支えている人間関係、システムから理解する手がかりが得られます。また、ここでは金融だけでなく、労働の問題、企業を含む組織の経済学が紹介されています。
もう一つは、経済学の隣接の様々な研究が紹介されているところです。第2章の「信頼の人類史」での一対一の関係から集団へ、社会へという広がりを、心理学や社会学、人類学から解いている箇所です。ひろく哲学や経済学以外の社会科学への言及は、高校の「公共」での授業作りのヒントになるでしょう。また、著者の紹介する「信頼ゲーム」などは中学だと道徳での活用も可能です。

④感想
解説者の佐々木宏夫氏(早稲田大学名誉教授)が指摘しているように、この本、数式が一つも出てこない経済学の本です。その意味では、ひたすら読む必要がありますが、それでもたくさんの収穫が得られる本です。
人間がコントロールできるコミュニティ規模の限界は150人であるというダンバー数の紹介(p63)など、確認してみたくなる事例も登場しています。
信頼の回復方法を指摘した第5章には、カントが登場し、スミスが登場します。先にも触れましたが「公共」という科目を一貫した視点で、かつ総合的に年間授業を構想するという「野望」を持った先生には格好の刺激材になるオススメの本だと思います。
(経済教育ネットワーク 新井 明)

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