ワークショップ「岩手」を開催しました(2008/11/26)

ワークショップ「岩手」

■日時 2008年11月26日(木) 13時30分~17時30分
■場所 奥州市立前沢中学校

今回は奥州市(水沢市、江刺市、胆沢町、前沢町、衣川村が合併)の教育研究会社会科部会と共催で、11月26日、奥州市立前沢中学校で開催しました。

【プログラム】

13:20 受付

13:30~14:20 研究授業
          シミュレーション「私の生活」(前沢中学校教諭 鈴木文人)

14:30~14:35 挨拶
          奥州市教育研究会社会科部会会長 佐藤孝守
          経済教育ネットワーク 篠原総一

14:35~15:20 授業研究会
          研究助言  (弘前大学教育学部 猪瀬武則)

15:30~16:15 講演と研修
          講演「先生方に知っておいていただきたい経済学の考え方」
          (同志社大学経済学部 篠原総一)

16:15~17:00 次期学習指導要領の課題とワークショップ型授業
          (弘前大学教育学部 猪瀬武則)

17:00~17:25 質疑

17:25~17:30 閉会挨拶

【ワークショップの要約】

概要は、公民的分野経済領域での授業実践と篠原代表の講演です。

前半の授業実践は、鈴木文人教諭による家計に関するシミュレーションゲームです。タイトルは「ネオ私の生活」であり、この実践に対して、弘前大学の猪瀬がコメントしました。

これは、いわば家計ゲームであり、パーソナルファイナンスの授業です。鈴木先生が、既に、猪瀬と共同で発表したり、雑誌や教育書で発表したものでした。 しかし、当日は、いくつかの改変によって非常に簡略化したものが提示されました。すなわち、全員に23万円の給料袋を渡し、家賃などの生活費は12万円と限定し、 残りの11万円を、1万円から数万円に至る5種類ほどの支出群(遊興費から耐久消費財購入)から選択するというものです。選択の後に、コンピュータによる乱数決定から、 その選択が「結果」として良かったかどうかをふり返らせるというものです。この実践に対して、猪瀬は「授業の意味、可能性と課題」として、次のようにコメントしました。

(1)「知識理解」を主軸とした4観点はどのように構成されていたのか?素朴な疑問が残るのではないか?シミュレーションでは、「構成」の時点で、その概念を抽出し、 「ふり返り」の時点で、その概念を生徒自身に構成させることが肝要である。

(2)ここでは学習指導要領にある「身近で具体的な事例を取り上げ,個人や企業の経済活動が様々な条件の中での選択を通じて行われるという点に着目させる」個所に 対応している。しかし、この長文は、いわゆる「事実的な経済知識・項目」ではないため無意味な題目に見える。

(3)再び学習指導要領解説を紐解けば「人間の欲求は多様で無限に近いものであるのに対し,財やサービスを生み出すための資源は有限であり,生み出される財やサービスも また有限である。そこで,所得,時間,土地,情報などの限られた条件の下において,その価格を考慮しつつ選択を行うという経済活動がなされるのである」という希少性の 文言が確認できる。

(4)希少性は経済学の基本概念であり、無数の事実を表象する記述的知識ではなく、転移力を持った概念的知識である。

(5)結果として引き出される知識理解の内容としては、子ども自身の選択が、「欲望」(遊興費や耐久消費財)のみであり、「欲求」の設定(生活費の根幹である12万円の やり繰り)をどのように管理し貯蓄するかの家計管理が、「選択」にないので、ある意味で「なにもしない」という選択しか、欲望の制限ができなかった。

(6) 課題は残ったが、クラスの状況に応じた改変を行ったと言うことであり、クラス経営を含めた実践の困難に理解と共感を示すものである。

後半の篠原代表の講演は、「経済教育:子供たちに教えたいことー先生に知っておいて頂きたい経済学の考え方」と題して1時間行われました。内容は以下の通り。

経済教育の目的を「個人の豊かな経済生活と住みやすい社会を作るため」に、「社会の仕組みを知り、それぞれの働きを理解すること、住みよい社会の条件を考えるための 目を養う」こととされました。その際、社会のあり方を考えるとき、正解は一つではないことに気づかせることも重要だとしています。また、市場は効率で政府が公正だという 「思い込み」を排し、政府の供給の方がより効率的なものは政府がということだ。考え方の目安は、まず、社会の無駄をできるだけ少なくし(全体の所得をできるだけ高め)、 その上で、別途、所得の分配を考えることも加えられました。また、家計や企業のインセンティブに逆らうとき、政府の政策は当初の意図とは異なる結果をもたらすことが多く、 その例として、「結果の平等」を保証する政策によって、人々の生活水準が保障されるわけではないことを、「最低賃金法と低所得者の所得」「家賃規制と低所得者の住宅事情」 によってそのパラドックスを説明されました。経済分析とは、思い付きを廃し、社会の動きの全体像をとらえるときに便利であり、家計や企業の相互作用の動きを考えることが できることを指摘され、最後に、金融が異時点間の取引であるために不確実性が内包されること、株式を教えることについても、歴史的経緯からは現在のシステムを教えることは できないこと、ゼロサムゲームとしての株式市場の実情を踏まえて教えなくてはならないことを述べられました。教科書のストーリー性がないことを指摘され、経済的に意味が あるストーリー性が必要であることを指摘されました。

(文責:猪瀬武則)