ワークショップ「八戸」

 
■日時 2008年6月28日(土) 13時00分~17時00分
■場所 八戸市下長公民館


青森県八戸市下長公民館において、経済教育ワークショップ(八戸)を開催した。当日は、八戸市内中学校社会科教員、八戸市教育委員会指導主事など15名の参加を得て、 学校教育で必要な経済教育の「あり方」やどのように経済教育に取り組み授業を展開するかについて、活発に議論・意見交換を行うことができた。


【プログラム】

Ⅰ.シミュレーション教材模擬授業  (司会 八戸市立小中野中学校 伊東健)
 13:10~14:45 なぜ政府が必要か-公共財ゲームで考える
           (みんなが共通の利益を受けられるために)
           (演示と教材・授業の説明) (弘前大学教育学部 猪瀬武則)
           質疑

Ⅱ.経済教育の進め方  (司会 弘前大学教育学部 猪瀬武則)
 15:00~15:45 講演:先生方に知っておいていただきたい経済学の考え方
           (同志社大学経済学部 篠原総一)

Ⅲ.意見交換
 15:45~16:25 「公民教育・授業の課題」



【ワークショップの要約】

第1セッションでは、猪瀬武則教授(弘前大学)が、学習指導要領(平成20年版)の狙いと課題について概説されたあと、ゲーム教材(『なぜ政府が必要か- 公共財ゲームで考える(みんなが共通の利益を受けられるために)』)を使いながら模擬授業を通して、「政府の役割」について学ばせる方法を提示した。

このゲーム教材は、経済教育ネットワーク東京部会で中川雅之氏(日本大学経済学部)が作成したもので、マンションの耐震工事にかかる費用の分担を例にして、 「ただ乗り」が可能な場合には、誰もが他人の費用負担を期待するために、結局、誰も費用を負担しようとはしない、という「囚人のジレンマ」を取り上げたものである。 教材は、以下のサイト(財団法人日本経済教育センター)からダウンロードできる。
http://www.keikyo-center.or.jp/jigyo/pdf/mansion_taishinkaisyuu.pdf

ゲームの内容:
マンションの耐震工事の程度にしたがって、市場で評価されるマンション1室あたりの価格が変わるという設定をおく。具体的には、総工事費が2000万円なら、 1室当たりの資産価値は1000万円になるが、工事費が1000万円なら1室あたりの資産価値は500万円になってしまう、さらに工事費600万円なら資産価値は300万円という条件を 数値で与える。住民数が10軒という設定の下で、一件当りの工事負担額が200万円ならば、果たして住民は負担金を支払うか否か、という設問になっている。

上の例では、仮に自分以外の9軒が費用を負担した場合、自分が支払わない場合と支払う場合ではどちらが得かという計算をさせる。結果は、もし自分が費用を分担せず 「ただ乗り」する場合には、総工事費1800万円、したがって自分のマンションは(費用を支払っていないけれども)900万円の価値になるが、逆に自分も費用を負担する場合には、 総工費2000万円で護られる資産価値も1000万円になるが、その場合には自分の支払う費用200万円を考慮すると、 純便益は800万円(護られる資産価値-工事費の自己負担分=1000万円-200万円)になる。だから、この場合には工事費は支払わず、他人に費用に「ただ乗り」したほうが 有利になる。

このような計算を、自分以外の8軒が費用を負担する場合、7軒が負担する場合、6軒、5軒というように、すべての場合で繰り返すと、どの場合でも「ただ乗り」の方が 有利になる。だから、耐震工事費用の支払いを住民の自由な意思に任せていたのでは、誰も費用を負担しようとはしない、その結果、地震に弱いマンションのままになるため、 各人のマンションの値段も、結局は考えられるうちで最低の水準に下がってしまう。だからこのような場合には、皆が自分だけの利益を優先させるよりも、全員で協力して (公共的に行動して)、あるいは誰かが強制して、各自が費用負担する方が、結局は各自の利益につながる、ということがわかる。

以上のような教材に対して、活発な議論を通して、参加者から次のような提案があった。

(1)耐震工事をした場合、マンション1室あたりの資産価値が総工事費の0.5になるという数値例に生徒は疑問を感じてしまい、その段階でゲームが止まってしまう可能性がある。

そこで、たとえば、不動産鑑定士を登場させ、「このビルの場合には、総工事費に2000万円かければ、1室1000万円で売れるだけの耐震性が確保できるが、 工事費が1000万円ならマンションは500万円が精一杯になる」といったシーンを導入して、0.5という係数(ゲームの本質とは関係のない数値の意味)を生徒が簡単に 受け入れられるように、係数を「権威」づけてはどうか、という提案があった。

(2)生徒は、元々、社会では皆で協力して行動すべきだ、という漠然とした社会倫理観をもっている(ないしはそのように教育している)のに、このゲームを通して、 自分の利益を考えるとどんな場合でも「ただ乗り」するほうが得だということに気づくくらいなら、この種のゲームは教えないほうがかえってよいのではないか、という 問題提起があった。(この種の指摘は、これまで、この教材を紹介したすべての機会で、例外無しに出された疑問でもある)

(3)ゲーム自体は、「ただ乗り」する方が有利だという結論で終わり、その後で、しかしそれではかえって各自の利益をまもることにはならない、だから「ただ乗り」よりも 費用を共同で負担するほうが有利なのだと、別途、教えることになっている。しかし、生徒は、ゲームの勝ち負けに気を取られるあまり、ゲーム終了後に学ぶ内容にまで 注意を払わない可能性が高い。(つまり、ただ乗りの方が得だ、という前段の結論だけ記憶に残る可能性が高い。)そこで、このような問題を解決する方法として、 ゲームの中で、一度、まず各人が費用負担するかどうか表明させ、その人数によって(総工事費の額によって)耐震工事の程度を見せた上で、仮に地震が発生したという 想定を入れ、その結果、耐震工事が不十分であったため半壊したとか、工事が十分であったので自分のマンションの被害は軽微であったなどの数値例を用意して、 だから「ただ乗り」よりも費用を共同で負担するほうが結局は有利だという最終結論がゲームの中ででてくるように改良すればどうか、という提案があった。

以上の論点、とくに(1)、(3)は、このゲームを生きた教材にするために重要な指摘であると思われる。

第2セッションでは、篠原総一(同志社大学)が、「先生方に知っておいていただきたい経済学の考え方」というテーマで講演した。

講演では、まず、「なぜ経済教育か、子どもたちに教えたいこと」として、次のように提起した。経済教育は、経済学をそのまま教えるものではなく、子どもたちが社会の 大きなしくみ(政府や金融など)を知り、それぞれの働きを理解し、個人の豊かな経済生活の実現や住みよい社会を作るために考える目を養うものである。その際、 社会のあり方を考えるとき、正解は一つではないことに気づかせることが大切だ。そして、経済教育を進めるにあたり、中学校の数学を知っていると小学校の算数の問題が よくわかるように、現場の先生方にごくわずかだけ経済学の考え方を知っておいていただければというのが経済学者の思いであり、まず、東京と大阪で8月に高校教員対象の セミナーを実施することを紹介した。

続いて、篠原は、経済学の考え方を具体的に紹介した。市場メカニズムの意義と政府の経済活動の意義について、効率と公平という観点からの解説が中心であった。 市場が価格の変動により希少な資源を効率的に配分する機能を備えていることなど、経済学の考え方のポイントを直感的にわかるように示した。そして、現行の教科書の 不十分さや大学入試問題の問題点も指摘され、参加された先生方にも十分に理解していただけたと思う。

講演後、猪瀬武則氏(弘前大学)の司会により、授業で需要・供給曲線を使うことが適切であるか、中学校教科書での景気循環の説明と日本経済の現状が整合的に できているか否かなどについて活発な質疑・意見交換が行われた。


(文責:篠原総一)

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