経済教育シンポジウム「教育現場支援の多様な取り組み方・経済入試問題のあり方」
■日時:2010年3月20日(土) 13時00分~17時25分
■場所:日本大学経済学部7号館講堂
東京の日本大学で経済教育シンポジウムを開催した。当日は、中学校・高等学校・大学の教員および出版関係者ら約80人の参加を得て、子どもたちが社会の仕組みを知り、そして、そのあり方について考える力を身につけていく経済教育について議論した。 まず、シンポジウムの第1部では、「教育現場支援の多様な取り組み方」というテーマで、いろいろな団体が提供している経済教育についての実践活動について報告していただいた。シンポジウムの第2部では、「経済入試問題のあり方」をテーマにした。その意図するところは、大学への進学率が50%を超える現在、大学入試が学校教育へ大きな影響力を及ぼしている。このような現状において、全国の多くの高等学校では、大学入試を念頭においた学習が展開されている。そのような実情に鑑みて、質の高い大学入試問題の出題が望まれる。そこで、経済教育ネットワークでは、全国主要大学の「政治・経済」入試問題(2009年度)の経済分野を観点別に評価するという調査研究プロジェクトを、昨年夏以来実施してきた。その研究成果の公表を兼ねて、高等学校の教員と入学試験問題に関わった大学教員、それぞれの立場から幅広く議論していただいた。
【プログラム】
13:00~13:05 開会挨拶 篠原総一(経済教育ネットワーク代表)
13:05~15:00 シンポジウム1 「経済現場支援の多様な取り組み方」
コーディネーター・栗原 久(信州大学教育学部)
パネリスト
鈴木達郎(NPO法人 金融知力普及協会)
小山好晴(NHK制作局 経済・社会情報番組チーフプロデューサー)
渡邉俊之(全国銀行協会企画部広報室室長)
15:15~17:15 シンポジウム2 「経済入試問題のあり方」
コーディネーター・新井 明(東京都立西高等学校)
パネリスト
杉田孝之(千葉県立千葉西高等学校)
金子幹夫(神奈川県立三浦臨海高等学校)
加藤一誠(日本大学経済学部)
17:15~17:25 総括 西村 理(同志社大学経済学部)
【内容の要約】
経済教育ネットワーク代表の篠原総一氏(同志社大学)による開会挨拶に続いて、シンポジウムの第1部は、経済教育を実践している団体による活動報告であった。コーディネーターの栗原 久氏(信州大学教育学部)による司会の下に、活動の内容、方法、目的、評価、将来の見通しなどの視点からの報告が要請された。
まず、鈴木達郎氏(NPO法人 金融知力普及協会)は、全国の高校生を対象にして実施されている「エコノミクス甲子園」について、ビデオを交えながら報告された。高校生を対象にした理由は、卒業後社会との繋がりが強く出てくるに伴いおカネとの関わりが深くなるため、金融知識を身につけてもらうことを目的とするからである。この活動の特徴は、地方大会を勝ち抜くと東京で開催される全国大会に出場できることや、さらに優勝チームにはニューヨーク研修旅行もあるため、年々参加者が増え一層盛り上がるところにある。将来の目標としては、すべての都道府県で地方大会が実施されることであると語られた。
第2番目に、小山好晴氏(NHK制作局 経済・社会情報番組チーフプロデューサー)が企画・制作に当たられた「出社が楽しい経済学」の番組について報告された。この番組の目的は、経済学の基礎的な用語をパロディー化して放映することであった。視聴者の対象を一般の人々にして、ドラマはエキセントリックであるが、真面目な内容を目指していた。当初、NHK教育TVでの放映は好評であったが、総合TVの放映に切り換えると不人気だった。しかし、ブログや出版を通じた反響は大きく、従来の番組とは異なる様相を示していた。将来は、時代の関心を反映した番組作りを目指したいという意向であった。
最後に、渡邉俊之氏(全国銀行協会企画部広報室室長)が「金融経済教育への取り組みについて」報告された。活動の目的は、①銀行の役割・機能等の理解促進と②金融取引に関する意識・知識等の啓発で、そのための中高生向けの教材(パンフレット、ゲーム、ビデオ等)作成や全国無料で講師を派遣することなどについて紹介された。将来は、小学生向けの教材開発と“経済”が専門でない人のための研修を実施すること、様々な形で金融経済教育の普及活動を展開(たとえば、金融経済教育指定校制度の実施)することなどを述べられた。
引き続いての質疑応答では、いずれのパネリストも異口同音に、他分野の協力を要請されていた。個々の質疑応答では、「エコノミクス甲子園」の全国大会になるとマニアックな問題になる傾向は避けられないが、地方大会では標準的な問題の作成に心掛けているという回答であった。NHKの番組については、視聴者の拡大を目指して、「見やすさ、分かりやすさ」を意図すると同時に、医療や金融などに関する同様の番組作りを手掛けたい意向を吐露された。金融経済教育に関しては、社会人になって金融犯罪や多重債務などを引き起こさないための防止策としての役割があることを強調された。
シンポジウムの第2部では、「経済入試問題のあり方」というテーマで、大学の入試問題についての報告があった。まず初めに、コーディネーターの新井 明氏(東京都立西高等学校)が、経済教育ネットワークで昨年夏以来実施してきた全国主要大学の「政治・経済」入試問題の検討プロジェクトによる研究成果を報告された。プロジェクトの狙いは、入試問題が高校現場の授業に大きな影響を与えるにも拘わらず、実際の入試問題は必ずしも良い影響を与えていないという認識の下で、大学側・高校側・出版社がそれぞれ連携して授業改善の途を図ることにある。そして、良問や悪問の例を出しながら、いくつかの提言(「政治・経済」を国立大学の受験科目にする、入試問題の正解を発表する、知識問題に偏らないバランスの取れた出題をする・・・)を述べられた。
続いて、高校側から杉田孝之氏(千葉県立千葉西高等学校)と金子幹夫氏(神奈川県立三浦臨海高等学校)が報告された。杉田氏は現在の勤務校における地歴公民科カリキュラムの紹介、「政治・経済」で受験する理由や授業の様子を語られた。さらに、入試問題にはメッセージ性がみられないとか、良い教科書と売れる教科書とは必ずしも一致しないことなどを、入試問題の検討プロジェクトに参加して学ばれた例を述べられた。また、金子氏は入試問題の分析を振り返って、リード文を読まなくても解答できる問題やクイズ形式の問題が多いことを指摘された。そして、現場の授業経験から、身近な日常生活と多様な視点から社会をとらえることの大切さを強調された。
そして、加藤一誠氏(日本大学経済学部)は大学入試を出題する立場から意見を述べられた。入試問題を作成するときの視点として、①入学して欲しい学生、②最低理解して欲しい知識、③教科書の内容から出題するのが原則についてそれぞれ説明された。ただ、入試専属のスタッフがいないため、無難な出題や問題研究の不足などの欠点があることも認められた。
質疑応答では、作問に際しての教科書の取扱いやニュースや時事解説などの利用について取り上げられていた。様々な議論の中で、このような「入試問題のあり方」を議論するシンポジウムの重要性については、意見の一致がみられた。
最後に、西村 理(同志社大学経済学部)が全体の総括をしてシンポジウムを終えた。
(文責:西村理)