先生のための「夏休み経済教室:東京」高校



■日時:2009年8月18日(火)~19日(水)
■場所:東京証券取引所


1 2009年度「先生のための夏休み経済教室」in東京(高校対象)が、8月18日(火)、19日(水)の二日にわたって、東京証券取引所で開催された。 本年度は、昨年度の反省を踏まえ、中学対象と高校対象を分け、それぞれ二日間でプログラムを作成した。その結果もあり、参加の先生方は、 高校の教員を中心に、二日間で延べ148名(一日目79名、二日目69名)であり、熱心に講義を時受講した。

2 18日(水)のプログラムの一番目は、日本大学の中川雅之先生による、「市場機能をよりよく理解する」である。当初は「高校教科書で教える財政」の 予定であったが、財政を理解するには、その前提としての市場メカニズムの実感的理解が大事であるということでテーマを変更して、講義された。
 講義内容は、基本的に名古屋でのものと同一であり、内容はそちらを参照していただきたい。講義の後の質疑では、余剰の概念をどう理解したらよいか、 需要曲線と供給曲線の形状に関する確認の質問がでて、それぞれ回答がなされた。

3 第二番目のプログラムは、京都大学の西村周三先生による「社会保障と年金の考え方・教え方」である。西村先生は、京都大学の副学長もされており、 その体験を踏まえた導入からはじまり、日本の医療とアメリカの医療を比較されながら、少子高齢化が進行する日本では、将来的にはGDPのかなりの部分が、 医療関係に関連する時代が来るであろうことを指摘された。ところが日本の厚生労働省は医療費の削減という逆の方向を目指したため、医師不足などの現在の 医療問題が出てきたことを明らかにされた。国民所得と医療では、さらに、国民所得の三面等価の法則を、医療問題から理解することが出来るとして、 払っている人がいれば、必ずそれを受取っている人がいて、さらにそれが分配されるという、生産(入院患者数や外来患者数など)支出(公費か保険料か患者か)、 分配(従業者の所得、医薬品か)の三つを具体的に指摘しながら解説した。
 医療関係者の所得問題は労働市場の問題とも関連し、医療費支出を市場に任せるのか、適切な枠組みを作るかの違いによって、医療の制度設計が異なってくる ことを指摘された。最後に、年金制度に関して、賦課方式と積み立て方式の考え方を紹介され、日本においては両者のバランスを取りながら現実的な対応をして ゆくことが大切と結論付けられた。また、「幸福の経済学」という本を紹介されながら、年金制度は経済成長に大きく左右されるが、将来の予測は難しいこと、 日本のような高齢者が沢山の金融資産を持っている国では資産運用の重要性があること、経済や金融、さらに政府の政策に過度の不信感を持つことは、 逆に過度の信頼の裏返しであること、それから考えると、個人と国を並行して考えることが大事と結論付けされた。
 講義は、具体的でかつユーモアも有り、充実したものであったが、70分という短時間の講義のため、最後はやや駆け足となった。なお、データに関する 質問などは、西村先生の大学のアドレスに直接メールすることで、提供されるとのことである。

4 昼休をはさんで、午後は、東京証券取引所の赤峰信先生による「高校の授業で教える金融・証券の仕組み」が講義された。この講義は、大阪での講義と 同一内容なので、詳細はそちらを参照していただきたい。

5 講義のあとに、懇親会・情報交換会が行われ30名以上の先生方が集まられ、情報交換を行った。参加の先生は、関東地区の先生方が多かったが、 北は北海道から西は鳥取まで予想以上に広くからお見えになっていたことが特徴的であった。

6 翌19日(水)は、最初に希望者による東京証券取引所の見学会が行われ、30名近い先生方が参加された。

7 19日の、第一プログラムは、ネットワーク代表の篠原総一先生による「高校教科書で教える国際経済」である。
 篠原先生の講義は、国際経済に関する把握がなぜ困難であるかの分析からはじめられた。それは、教科書が、貿易と為替という別々の領域が入れ子のように なっていて、現実の国際経済を取り巻く問題がばらばらに、そして用語の羅列としてしか記述されていないことに由来するとして、問題点を明らかにされた。 その上で、まず貿易問題で一番話題にされるリカードの比較生産費説に関して、モデルの前提となる事項、そこから出てくる結論、さらにそれを現実に 当てはめるときの留意事項を、教科書の記述例と大学入試問題の二つの事例から解き明かした。さらに応用的に、リカードモデルでは労働だけが生産要素で あったが、それが二財になった時にどう理解させたらよいかのモデルを、カナダと香港を例にして説明された。貿易に関わる問題は、なぜ自由貿易が 望ましいのか、どんな貿易構造が望ましいのかを考察させることが大事であり、そのために国際貿易機関やラウンドがおこなわれていることを理解させれば、 単なる暗記で終わらないはずと指摘された。
 次に、国際収支表の見方について、マンデルの考え方をベースに、所得の源泉と所得の利用を区別して、その差額が貿易収支、所得収支、移転収支、 資本収支になること、さらに金融資産の増加が外貨準備増減になることが分かれば、国際収支表を理解したことになると指摘された。その上で、固定相場制下と、 変動相場制下での外貨準備の違いに着目すると、現在の変動相場制下では、経常収支+資本収支=0となること、ここから多くの含意が引き出されることを 指摘された。
 講義では、やはり時間が足りなくなり、配布資料で用意されていた為替相場の仕組みに関しては触れることができなかったが、少なくとも、貿易と為替を 無理に統一せず、わけて理解させることが大切という大事なメッセージが投げかけられた講義であった。

8 昼をはさんで、午後には、アメリカから招いた二人の先生の講義がおこなわれた。これは、早稲田大学経済教育研究会の協力で実現したプログラムである。
 まず、登場したのは、ネブラスカ大学のウイリアム・ウオルスタッド教授である。「アメリカの経済教育1:経済リテラシーの実際」のテーマで、アメリカで 実施された高校生の経済リテラシーテスト、NEAPとTELの二つの報告をされた。TELはアメリカでも30年以上の歴史があり、日本でも山岡道男 早稲田大学教授を中心にテストの翻訳や日米比較、アジア太平洋諸国の比較が実施さている。したがって、今回の講義では、ウオルスタッド教授は、 全米教育テストの経済学部門であるNEAPを中心に、その歴史と結果、今後を紹介された。NEAPは1980年代から始まった全米の学力向上プログラムや、 クリントン政権下の落ちこぼれ防止法などの政策の検証のために各教科でおこなわれているテストである。その中に経済学が組み込まれ、その初めてのテストが 2006年に実施され、その結果が紹介された。テストの分野は、ミクロ経済学に相当する「市場経済」、マクロ経済学に相当する「国民経済」、国際経済学に 相当する「国際経済」の三分野からなり、テスト方式は四択問題が中心だが、記述問題、用語説明問題が加味されている。全米全州を範囲に、590の公立高校の 12年生が11,500人参加した。テスト内容の53題分は公開されて、結果の分析も公表されて、ネットで検索可能である。
 テスト結果は、優良(Advanced)が3.0%、良(Proficient)が38.6%、可(Basic)が37.5%、不可(Below Basic)が20.9%であったという。このテストの特徴は、 参加生徒の属性を調査していることであり、テスト結果と学校のカリキュラムの相違、性別、人種民族、保護者の学歴、家庭での蔵書数、給食支援対象者で あるか否かなどから、詳細な分析がされている。この中で、特徴的だったのは、学習方法の違いが成績にどう反映しているかに関する分析で、 株式ゲーム参加者が不参加者に比べるとスコアで14ポイントの差があり、そのほかの書かせる授業、インターネットの利用、読書、テスト中心授業など、 ほかの学習方法に比べるとかなりの優位差が出ていたことであり、体験的授業の有効性が明らかになったことが指摘された。
 NEAPの経済学分野は6年後の2012年に次回が実施される予定で、継続的な変化が観察されることになっているとのことである。
 日本の文科省の到達度調査とは、手法も出題方式も違うが、経済教育をすすめるためにも、生徒の学習到達度の正確な調査が必要であろうことを考えると、 示唆に富む講義であったといえよう。

9 今年の「夏休み経済教室」の最後は、同じくアメリカから来日された、パディユー大学のマイケル・ワッツ教授の「アメリカの経済教育2: 経済教育の実際」の講義であった。
 ワッツ教授は、アメリカの高等学校までの経済教育の歴史的な変遷をまず述べられた。1960年代初頭に、これまでの経済教育の在り方への批判が アメリカ経済学会のなかにうまれ、それが新たなカリキュラムつくりに転じていったこと、その動きを支援した人間が、ベン・レーヴィスと ポール・サムエルソンであり、批判派がスティグラーであったことをまず紹介された。これらの論争のなかから、JCEE(その後NCEE、現在CEE)が 基本概念の選択をし、さらにそれをどの段階で、どう教えるかのプログラムを作成していったこと、さらに、現在は20のスタンダードとしてまとめられていて、 先ほどのTELもNEAPのテストなどもそれが基準となっていることが紹介された。CEEは各種の教材を作成、販売するだけでなく、ウエッブ上でも一部を 公開しており、利用可能であることも付け加えられた。
 次に、具体的なアクティビティの事例を紹介された。それは、6人が一組になって、テーブルに広げられた100個のクリップをひろうというゲームである。 チャンスは30秒で、二度、一度目に拾うと1個10円相当になる。二度目は1個20円。その時参加者は、どう拾うか。もしテーブルに何も制約がなく自由だったら どうなるか。また、そのテーブルを6等分してそれぞれが自分の領域を持っていたらどうなるかを実際にやらせて、考察させるという教材である。この アクティビティは、残念ながら、用意した教材が空港で没収されたとのこともあり、実際に時間をとっておこなうことは出来なかったが、簡単な仕掛けで、 市場や所有権、共有地の悲劇を考察させる多面性をもった教材を日常的に取り入れているアメリカの経済教育の方法に関心が寄せられていた。
また、80歳の人間になったつもりで、屋根の修理をするか否かを考えさせるアクティビティも紹介された。
 最後に、ワッツ教授が書かれた、『文学作品のなかの経済学(The Literacy Book of Economics)』から、いくつかの事例を取り上げられて、詩や小説の なかにある、経済概念や経済的な見方を抽出するような授業を紹介された。
 ワッツ教授の講義も、日本との比較を考える上で参考になるとともに、アクティビティなど生徒参加型の授業を提起されるなど、直接授業にも参考になる 講義であったといえよう。

10 今夏の「経済教室」はこれで終了したが、中高を分離して対象を明確にしたこと、経済学者からの講義とアメリカの経済教育の実際についての貴重な 講義もあり、多彩な内容となり、参加の先生方からも高い評価をいただく結果となったことを付け加えておく。

(文責:新井明)




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