先生のための「夏休み経済教室:名古屋」
■日時:2009年8月4日(月)~5日(火)
■場所:TKP会議室
1 2009年度「先生のための夏休み経済教室」in名古屋、が8月4日(月)、5日(火)の二日に渡り、名古屋市のTKP会議室にて開催された。
参加者は一日目33名、二日目は26名であった。
2 第一日の8月3日は、中学校の先生を対象にしたプログラムで、午前中の第1講は、篠原総一ネットワーク代表の「中学教科書の経済を読み解く」であった。 分析した教科書は、今年も資料の提供の協力をいただいた清水書院の公民分野であったが、名古屋地区で採用されている東京書籍の教科書も比較しながらの 講義となった。
講義では、公民の「経済」で目指すことを、社会の仕組みを理解し、その仕組みがうまく機能していないなら、その理由を理解し、それが機能するためには どうすればよいかを中学生のレベルで理解させるとして、話を進められた。
講義の中で、篠原代表は、経済社会の仕組みを理解するポイントは、「分業と交換」の仕組みを理解することであり、それには通常考えられている、 身近なものから同心円状に理解を深めるという方式より、分業の要となる企業から始めることが大事であることを強調された。その上で、家計と企業の関わり、 さらに政府の役割と展開することが大事であるとされた。
仕組みを理解することは、新学習指導要領で登場した「効率性と公平性」の理解にも通じる。効率とは無駄がないことであり、無駄なく資源を配分するのが 市場の仕組みであり、競争の悪いことを教える前に、良いことを教えたいと提案された。二分法で、企業対消費者、企業対労働者、大企業対中小企業という、 対立を強調するのは仕組みを理解することにはならない。企業から出発し、それが財政、金融、社会保障とつながっていることを理解させたいとする講義を 展開された。
また、講義では、「現代の分業と交換の仕組み」の図を提案され、その図をもとに、自分の授業が今どこを生徒に伝えているのかを自覚しながら教えて ゆきたいとも提言された。
3 午前の第2講は、「経済学を中学校の教室でどう生かすか」というタイトルで、信州大学の栗原先生からの講義がおこなわれた。
栗原先生は、①経済教育は主権者教育であることを理解した上で経済教育をすすめたい、②理解させるためには、具体的に考える必要がある、 ③子どもたちの素朴な経済理解は、自分なりの考えをしているのだが、科学の説明とは異なることが多く、それを崩すことが大切だ、④中学教科書はやさしく 書かれすぎていて、分かった気にさせてしまうが、突込みを入れることで深い理解を目指したい、⑤対症療法としての経済教育ではなく、経済的な見方や 考え方をしっかり身につける経済教育を目指したい、という5つの観点からわかりやすく、かつクイズなどを入れながら講義を進められた。
4 昼休をはさんで、「ニュースと株価の動きで経済を学ぶボードゲーム型教材の実践」が東京証券取引所の石山晴美さんの指導で進められた。これは、 ニュースによってどのように株価が変化するかを予想して、自分の資産を増やそうという新開発のゲームで、参加の先生方は楽しくグループで成果を競い、 かつ、教材としての有効性を確かめていた。
5 初日の最後のセクションは、ディスカッション「中学校における経済学習の進め方」が行われた。司会を栗原先生が担当して、まず、 大阪狭山市立南中学の奥田修一郎先生から、「見方や考え方を身につける経済学習の実践・実証研究」というご自身の実践を振り返っての提言をいただいた。 ついで、愛知教育大学の水野英雄先生から、同じく大学での実践と、そこから得られる問題点と突破口を紹介された。
奥田先生は、生徒とあっと驚かすネタ、実物教材、それに加えてのゲームやシミュレーションなどの活用によって、生徒との人間関係を作り、そのなかで 経済は面白い役に立つという認識を生徒に持たせたいと提案された。
水野先生は、経済教育をとりまく問題は、学校では積極的に取り上げられていないこと、生徒も教員も経済に関しては食わず嫌いな状況であること、 教育学部の学生も社会といえば、地理歴史と考えていることなどを上げた上で、それを突破するためには、「あらゆる問題は経済問題である」 (水野の法則)ことを踏まえて、教えやすく、生徒の関心の高いことをから、無理をせずに継続的に、他教科や見学、産学連携などあらゆる角度から おこなう必要があると提言された。
お二方の報告を踏まえ、会場からの質問カードをもとに熱心に討議がすすめられた。
二日目の8月4日(火)は、主に高校の先生対象でおこなわれた。
6 午前中は、同志社大学の野間敏克先生から「高校教科書で教える金融」のテーマでの講義がおこなわれた。
この講義で、まず、野間先生は、教科書の経済の循環図の不十分なところを指摘され、先生自らが改良された循環図を紹介された。その上で、 金融の働きを理解する必要があると提言された。金融に関しては直接金融と間接金融の理解が教科書では表面的であり、取引費用、情報の非対称性、 不確実性など困難な側面を金融機関が緩和していることが間接金融の背景であることを指摘された。
その上で、株式と債券の違い、リスクの考え方、金利の考え方など教科書には書かれているが不十分な箇所を経済学の知見から補足された。最後に、 貨幣と金融政策で現代のお金がどこから来るか、どこで生み出されるかを紹介されたうえで、日本銀行による信用創造、金融政策についてまとめられた。 野間講義では、循環図をもとにした一貫した流れによる金融の解説がなされ、金融理解とともに、金融の教え方への多大なヒントが提供された。
7 昼休後の午後の講義は、日本大学の中川雅行先生の「市場機能をよりよく理解する」のテーマでの講義がおこなわれた。この講義は、当初 「財政問題」をテーマにしたものを予定していたが、財政を考える基礎となる市場機能についての正確な理解と納得を目指した内容の講義となった。 この講義で、中川先生は、日本大学の学生を対象とした講義で、市場の働きに関する理解と納得がされているかを、高校教科書を読ませてアンケートを とったという話から始められた。アンケートは、なぜ需要曲線と供給曲線はこのようになるかを、納得していますか?など6つの設問からなっていて、 大学一年生は理解度、納得度が低いことが紹介された。学生の理解を深めるために、中川先生が実際におこなった市場メカニズムの講義の一端が説明された。 高校の教科書に書かれている内容は、結論が書かれているだけで、その背景となる考え方が丁寧になされていないために、結局暗記になってしまう恐れが あり、さらに、なぜそれが重要か、また、分析道具として使うところまでゆかないという問題点が指摘された。
8 プログラムの最後は、ディスカッション「高等学校における経済学習の進め方」である。司会を新井がつとめ、野間先生、東京証券取引所の 赤峰信先生がパネラーとなって進められた。まず、赤峰先生から「金融の現状と金融に関する教科書の問題点」指摘された。次に、新井から 「高等学校における経済教育の現状」が報告され、その問題点と実践のなかから浮かび上がった克服策が提言された。その上で、参加の先生方からの 質問に答える形で、高等学校における経済学習を今後より一層深め、広げるための問題提起がなされ、活発な討論がおこなわれた。なお、新井報告に 関しては文書として印刷されていなかったので、別の形でネットワークのHPに添付しておくので、参照していただきたい。
9 今回の名古屋の教室は、名古屋地区では、初めての試みであり、参加者は東京、大阪ほど多くはなかったが、講師の先生方からの、教科書を使い、 教室で生徒に教えるためのヒントとなるような教材、また大事な経済学的な知見などが紹介された密度の濃い、有意義な会となったといえよう。
(文責:新井明)