先生のための「夏休み経済教室:大阪」
■日時:2008年8月4日(月)、5日(火) 10時20分~16時40分
■場所:エル・おおさか(大阪府立労働センター)
大阪のエル・おおさか(大阪府立労働センター)で、約50名の参加者の下に政治経済、現代社会や公民の科目を担当する中学校や高等学校の先生を対象に、 二日間にわたって先生のための「夏休み経済教室」を開催した。1日目は、政治経済の高等学校教科書の中から、市場経済と国際経済の分野における経済学の 考え方を、2日目は、医療・年金および財政赤字などの問題について大学の教員による講義や質疑がおこなわれた。
【プログラム】
■1日目:8月4日(月)
10:20~12:00 講義・質疑「基本問題とミクロ経済」
大竹文雄(大阪大学社会経済研究所)
13:00~14:40 講義・質疑「マクロ経済と国際経済」
篠原総一(同志社大学経済学部教授)
15:00~16:40 シミュレーションゲームの実践
■2日目:8月5日(火)
10:20~12:00 講義・質疑「日本経済の諸問題」
西村周三(京都大学経済学部教授)
13:00~14:40 講義・質疑「財政と公共経済」
中川雅之(日本大学経済学部教授)
15:00~16:40 シンポジウム「経済学をいかに授業に取り入れるか」
モデレータ・新井明(東京都立西高等学校)
篠原総一(同志社大学経済学部教授)
中川雅之(日本大学経済学部教授)
赤峰 信 (東京証券取引所グループ)
【内容の要約】
第1日目午前の部では、大竹文雄氏(大阪大学社会経済研究所)が競争市場の役割について講義された。教科書では、市場価格は需要曲線と供給曲線の 交点で決まると記述されているのみで、経済学が意味する重要なメッセージが充分に伝わっていない。この重要なメッセージを理解する上で、「希少性」 「機会費用」「選択」をキーワードに、競争市場の内包する経済的な意味を解説された。さらに、独占市場が競争市場と比べて「余剰」が少なくなることにも 言及された。
講義の後、研修参加者との間で活発な質疑応答があった。それらの要点は、①高校生に「機会費用」の概念を教える難しさについては、大学教育を例にして 説明すると理解しやすい。②需要曲線や供給曲線のシフトについての説明では、需要・供給曲線の意味を把握していれば理解しやすい。③「余剰」の概念に ついては、教科書で記述されていない用語なので他の表現で教えればよい。④供給曲線が右上がりになる説明では、中古車市場とかオークションを例にすると よい。⑤供給曲線を説明する場合、短期・中期・長期を区別して教えることが大切である。
午後の部では、篠原総一氏(同志社大学経済学部)は教科書には用語の羅列が多くストーリー性がないため、生徒は暗記に偏ってしまうと指摘された。 そこで、教科書の国際経済の分野を例にして、リカードの比較生産費が主張する自由貿易のメリットを解説された。そして、自由貿易を実現するための WTOの役割と限界。それを補完する二国間での貿易協定。また、自由貿易による弊害を回避する手立てなどストーリー性を基本にして教えると、各項目の 繋がりが生徒には理解しやすくなるという主張であった。
質疑応答で交わされた事項について要約すると、リカードの比較生産費は生産サイドの話で、需要サイドは考えていない。したがって、両国の経済厚生が 自由貿易で改善される議論にまで踏み込む場合には、交易条件が必要になってくることを念頭に置いて教えるべきである。また、比較生産費は技術進歩などに よって変化するため、世界の貿易構造は不変ではない。特に、ある教科書では自由貿易の次にリストの保護貿易についての記述があるが、この幼稚産業保護に ついてもダイナミックな国際貿易のストーリーの中で教える意義がある。さらに、財・サービスなどの貿易の流れから、資金の流れを把握することも 大切である。
引き続いて、石山晴美氏(東京証券取引所グループ)の指示にしたがって、中学生を対象にした「日本経済のシュミレーションゲーム」が実施された。 参加者がグループに分かれて、各人が家計・企業A(消費財の生産)・企業B(公共財の生産)・政府の各部門を役割担当した。そして、各部門間での おカネの出し入れを通じて、家計・企業・政府の役割を理解させ、さらにGDPの概念や「三面等価」の意味を把握させることが、このシュミレーション ゲームの目的であった。その後の質疑応答では、このゲームから消費財、公共財、国債などについての議論に発展させるような工夫をする余地がある。 また、投資と貯蓄を組み入れたゲームに改善できないかといった議論もあった。
第2日目午前の部では、西村周三氏(京都大学経済学部)が、まず初めに国民医療費の構造を示しながら「三面等価」の意味を説明された。続いて、 医療と年金問題について解説された。医療問題では、日本の医療費の対GDP比率は米国と比べると高くないことを示しながら、医療費の増加が必ずしも 経済成長の足枷にはならないことや、医師の所得や介護費の推移から将来医師や介護サービスへの従業者希望が減少する可能性を危惧されていた。また、 年金問題は個人の問題としてではなく、社会の問題として考える必要があることを強調された。同時に、金融の問題にも繋がっていることも理解すべきだと 指摘された。そして、最後に、所得が上昇すると人間は本当に幸せになるのか、といった人が生きることの根源的な問題を、私たちの身近な生活体験から 生徒に教えることの大切さを述べられて講義を締めくくられた。
講義の後の質疑応答では、現在の年金方式についての質問に対しては、年金基金の運用成果や経済成長に依存するため、修正積立方式とも修正賦課方式とも 断定できない。また、年金未払い問題についての質問では、年金支給額は大雑把にいって社会保険料と税金が半々なので、平均的には支給額は年金支払いの 2倍になる。したがって、長生きするほど有利になるのは確かである。このように、医療も年金も共に、光と陰の部分があり不明なことも多く、複眼的に 考えることの重要性を強調された。
午後の部では、中川雅之氏(日本大学経済学部)は日本の財政問題について講義された。まず初めに、乗数効果の説明をされてから、赤字国債の発行や 減税の効果について述べられた。そして、現在の日本が抱える国債残高の問題について、プライマリー・バランスの考え方を紹介された後、いわゆる 「上げ潮派」と「財政再建派」の違いは、将来の経済成長率と長期金利のどちらが大きくなるかの予想に依存していると解説された。
講義の後の質疑応答では、政府の予算編成のプロセスについての質問に対して、現場で予算編成に携わっておられた経験話を披露された。また、 補正予算については、歳入欠陥等による経済対策関係と地震や台風被害等による緊急対策の二つがあり、いずれも審議期間が短いため通常の予算編成よりも 杜撰なところがあると指摘された。さらに、過去に公共事業で建設された施設等には維持・管理費が今後も大きな負担になるため、無駄なストックを減らす ことも重要である。また、特別会計については、内部のおカネの動きが不透明なので、民間企業と同じような情報開示が必要である。さらに、将来の 財政赤字問題については、利子率が低いので危機的な徴候ではないという見解であった。
引き続いて、新井明氏(東京都立西高等学校)の進行で、「経済学をいかに授業に取り入れるか」をテーマにシンポジウムが開かれた。まず、 パネリストの篠原総一氏(同志社大学経済学部)は、経済教育ネットワークの役割として中学校や高等学校の教員のニーズを汲み取り、大学教師が 支援できることとの橋渡しの役目になることを補足説明された。中川雅之氏(日本大学経済学部)は生徒が系統的に現実に関わっていく楽しさを 実感させながら、経済学への興味を持たせる方法が大切だと話された。赤峰信氏(東京証券取引所グループ)は教材作りなどの活動を通して、 現場の先生の意見やニーズを聞きたい要望を出された。また、金融教育や証券教育を進める中で、基礎としての経済教育の重要性を指摘された。 それは同時に、“生きる力”を教える大切さにも繋がっていると強調された。
その後、参加者からの質問に対して、各パネリストは以下のように強調された。分配の公正と効率はトレードオフの対立概念ではなく、両方とも 市場の問題でもあり政府の問題でもあることを認識すること(篠原総一氏)。アダム・スミスの「神の見えざる手」の要点は、ミクロとマクロを繋ぐことで、 個々の経済主体の利己的な行動が社会全体でどのように役立っているのかを考えさせることの必要性(中川雅之氏)。大きな経済事件が発生したとき、 その機会を捕まえてやさしく解説することによって“経済”を理解させること(赤峰信氏)。
(文責:西村理)