時事問題解説
郵政民営化と政府系金融機関改革
ご承知のとおり、本年10月、郵政民営化法に基づき日本郵政公社は、窓口ネットワーク会社、郵便会社、郵便貯金会社(郵便貯金銀行)および簡易保険会社の4社に分割されます。そして、郵便貯金および簡易保険については上記2つの新たに設立された株式会社がそれぞれ引き継ぐとともに、これらの会社については10年後の2017年9月末までに政府保有株式を全額市場において売却のうえ完全民営化されることになりました。郵便貯金、簡易保険の民営化は、民間金融機関との競争条件の衡平化を図るうえでもきわめて重要なものであり、日本版ビッグバンとの関連でも強く求められていました。その意味で、郵政民営化は日本の金融制度改革上、きわめて意義深いものと評価することができます。
その一方で、郵政民営化で一体、何がどのように変わるのでしょうか。残念ながら、この点に関し、郵政民営化の最大の推進者であった小泉首相からは、ほとんど具体的な説明はありませんでした。それゆえ、多くの方々がどうなるだろうかという疑問をお持ちではないでしょうか。郵政民営化法の要綱を作成した「郵政民営化に関する有識者会議」の議論を踏まえると、多分、次の4点を指摘することができると考えられます。
すなわち、第1に、民営化とともに監督官庁が変わり、郵便貯金および簡易保険は銀行等や生命保険会社と同様に金融庁の監督規制の下におかれ(現在は総務省の監督規制の下にあります)、日本の金融の枠組みのなかに名実ともに組み入れられることになります。第2に、郵便貯金に対する政府保証がなくなり、その結果、郵便貯金銀行の経営は金融市場のなかで監視・規律づけられることになります。第3に、職員は公務員でなくなり、働く意欲や働き度合いに応じて賃金が決まることになります。
第4に、それと同時に、公的金融の入り口機関として位置づけられていた郵便貯金が民営化されることに伴い、公的金融のあり方そのものも大きく見直されることになりました。実際、政府では2005年11月、 2008年度までに?商工組合中央金庫および日本政策投資銀行は民営化する、?公営企業金融公庫は地方へ移管する、?その他の5機関については1つの機関に統合する、という政府系金融機関の統廃合にかかわる基本方針を取りまとめるとともに、政府系金融機関改革法が2007年通常国会に提出される予定にあります。
それでは、2007年10月における日本郵政公社の分割民営化とともに、郵便貯金銀行はどのように変わるのでしょうか。その大まかなイメージは図1のとおりです。つまり、本年10月に新たに誕生する郵便貯金銀行は、店舗数24000店(ただし、店舗は窓口ネットワーク会社が保有)、資金量50兆円前後(日本郵政公社から引き継いだ通常貯金等)の規模になります。日本最大の民間金融機関であるみずほグループの預金量は70兆円を超えているため、この限りでは郵貯銀行は決して大きいとはいえません。
この郵便貯金銀行が今後どこまで成長・発展するかは、満期日の到来した定額郵貯等をどれだけ獲得できるかに大きく依存しています。また、郵便貯金銀行の業務は現行のままであり、今後、民間金融機関との競争条件に配慮しつつ3年ごとに見直されることになっています。
図1 郵便貯金民営化のイメージ図
(資料)郵政民営化に関する有識者会議
その一方で、2007年9月末時点での定額貯金等からなる定期性預金は承継法人が引き継ぎ、新たに設立された郵便貯金銀行に特別預金として預け入れられます。9月末時点で満期の到来していない定額貯金等については政府保証が付されており、民営化を事由にして政府保証をはずすことは出来ません。それゆえ、旧日本郵政公社が9月末までに預かった定額郵貯等については政府保証が付いていることを明確にするためにも承継法人が預かり、次いでそれを郵便貯金銀行に特別預金として預けるという仕組みが採用されたのです。これらのお金は、郵便貯金銀行において他の資産と一括して国債等の資産により運用されることになっています。
こうした郵政民営化の仕組みに関し一部の学者からは、政府保証が暗黙のうちに残っているとか、肥大化は解消されていないといった批判が寄せられるとともに、民間金融機関との競争条件の衡平化のためにも分割が必要という意見が聞かれます。そうした批判に際しては、郵貯銀行は特別預金を含めて従来と同様に200兆円もの巨額の資金量を維持していることが前提となっています。むしろ、重要なのは10年以内に完全民営化するためには、株式公開を実施するにふさわしいよう郵便貯金銀行の収益基盤を確固としたものにすることです。有識者の関心はこの問題に移っていますが、現在までのところ、コンセンサスが形成されるまでには至っていないようです。
(同志社大学経済学部教授 鹿野嘉昭)