時事問題解説

年金記録漏れ問題

本年5月、公的年金(国民年金・厚生年金)の加入・納付記録そのものが物理的に消えたり、納入者が特定できなくなったりしているものの件数が巨額にのぼっていることが明らかになりました。加えて、厚生労働省では当初、そのようにして年金記録漏れとなった人々の大部分は「納付期間が25年未満、亡くなった方などで問題はない」としていましたが、その後、「統合したくても統合できないデータもある」ことを認めるなど、二転三転しました。こうした問題の発覚を契機として「自分の年金記録は大丈夫か」を確かめるべく、社会保険庁の窓口に人々が殺到するに至っています。

これが、いわゆる年金記録漏れ問題です。冷静に考えれば、この問題は次の2つに分けられます。第1は、納付者を確定できないという「宙に浮いた年金記録」問題です。第2は、納めたはずの保険料が社会保険庁の年金データに記録されていない「消えた年金記録」問題です。以下、これらの問題について順番に解説することにします。なお、年金記録管理方法の変遷については、年金記録の管理を参照してください。

最初は、「宙に浮いた年金記録」問題です。日本では現在、国民皆年金制度の下、20歳以上の国民は公的年金制度への加入が義務づけられ、毎年、所得に応じた保険料を納付しなければなりません(日本の年金制度の概要と変遷については、公的年金制度を参照してください)。この保険料の納付記録は年金給付額の算定根拠となるなど、非常に重要なものであり、現在は基礎年金番号により一人1番号で統一的に管理されています。この基礎年金番号は1997年1月に導入されました。それ以前の納付記録は年金制度ごとに管理されており、転職や結婚などによって異なった制度下にある年金に入り直した人の場合、一人で複数の年金番号をもっていました。

そういった経緯もあって、年金番号の付与数は1億人の年金加入者に対して3億件にも達していましたが、基礎年金番号の導入とともに年金番号の整理・統合(名寄せ)作業が進められ、導入直後には2億件に減りました。その後、残った年金番号についても統合が図られてきましたが、現在でもなお5000万件の記録が統合漏れとなっています。これが、「宙に浮いた年金記録」です。

その原因は単純であり、個々人の年金記録を電子データ化するに際して氏名、生年月日が誤って入力されていたからです。それゆえ、最新のデータ検索技術を用いて「宙に浮いた年金記録」と基礎年金番号により管理されている年金データとを突合せれば、誰の年金記録なのかが判明するため、解消可能な問題ということができます。実際、政府では本年6月、5000万件にのぼる未統合年金記録の名寄せを2008年5月までに確実に実施するとともに、年金受給者あての確認通知発出を2009年3月までに完了することを宣言しています。

もうひとつの問題である「消えた年金記録」は、納めたはずの年金保険料が社会保険庁の管理する年金データに記録されていないというものであり、かなり厄介な問題です。年金納付者においては、国が運営している年金制度に全幅の信頼を寄せ、領収書などの納付記録を保存している事例がきわめて少ないため、本当に支払ったことを自ら立証することが困難となっているからです。

これはある意味で、政府の事務ミスによるものです。加えて、本人からの申請に基づき年金記録が正しく訂正されたとしても、5年を超える年金債権については時効により消滅するという法令上の規定に基づき、年金増額分の受け取りは直近の5年間に限られ、保険料支払いに応じた年金を受け取ることができないという状況にありました。しかし、支払った保険料に見合う年金を受け取るのは当然の権利であるため、政府ではとりあえず、5年以上前の「消えた」年金についても全額受け取ることができるよう法律を改正することを国会に提案し、2007年7月の通常国会で成立しました。

次に、社会保険庁や市町村に記録がないとともに納入者本人にも領収書などの確かな記録がない場合でも、銀行通帳の出金記録、元雇用主の証言などに基づき第三者委員会において保険料納付の事実を判断してもらうことになりました。さらに、外部有識者で構成される検証委員会を設け、年金記録漏れ問題にかかわる原因や責任の検証などについても実施されることになっています。このように政府では、「消えた年金記録」問題の早期解決に努めるとともに、権利が確認できた年金については全額支払うことを決定しています。

(同志社大学経済学部教授 鹿野嘉昭)


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