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11月、霜月になりました。
コロナ第5派は急速に終息してきましたが、第6派を想定したwithコロナの学校生活は続きそうです。
それでも、ネットワークの活動は、対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド方式で、イベント、部会を開催することになりました。
昨日の総選挙の結果は本日判明するでしょうが、政策選択のゆくえや、投票率、特に若者の投票率の動向など、これまでの社会科、公民科の学習の成果が問われる結果がでてくるでしょう。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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1 】イベント案内と最新活動報告
 「冬休み経済教室」のご案内と2110月の活動を報告します。
2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
3 】授業のヒント…「デジタル時代のアナログレポート」
4 】授業で役立つ本…今月も三冊。
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1 】イベント案内と最新活動報告
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■先生のための「冬休み経済教室」 -授業に使える行動経済学- を開催します。
・日時:202218日(土) 1400分~1600
・場所: 慶應義塾大学三田キャンパ南校舎443教室+オンライン(Zoom形式)のハイブリッド方式で行います。
・プログラム
  講演「行動経済学を使った授業の作り方」 新井 明(目白大学非常勤講師)
授業実践例の提案
 ① 身近な例から学ぶ中学校の経済学習での行動経済学の使い方
行壽 浩司(福井県美浜町立美浜中学校教諭)
② 金融デジタル化の学習での行動経済学の使い方
大塚 雅之(大阪府立三国丘高等学校教諭)
③ ジェンダー・バイアスに関する学習での行動経済学の使い方
塙 枝里子(東京都立農業高等学校主任教諭)
まとめとふりかえり 中川 雅之(日本大学経済学部教授)
・込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/10/20220108FuyukeizaiHybrid.pdf

■大阪部会(No.77)・東京部会(No.126)合同部会を開催しました。
・日時:2021109日(土) 1500分~1700
・場所:web
・主な内容:20名参加
1) 丹松美代志先生(おおさか学びの会)より、「厠・トイレ考から中学公民の持続可能な社会づくりの授業を構想する」の提案がありました。
・これは、中学公民の大項目D「よりよい社会を目指して」の探究学習を、高校公民科の大項目C「持続可能な社会づくりの主体となる私たち」に接続することを念頭においた、全13時間(10次)の学習プログラムの紹介です。
・授業プランは、「厠・トイレの歴史」からはじまる5次の授業を踏まえて、6次からのSDGsを踏まえた探究活動、発表、相互評価と続くスケールの大きなものです。
・検討では、下水システムやそれに関する起業家のへの注目が欲しいなどの要望や、探究活動における授業と生徒の活動の関連に関する質問や実践の紹介がありました。
・丹松先生からは、探究活動といっても、まずは教員の提供する資料から考えさせるのが現実的ではないか、下水道や起業家に関しても注目しているので探究のテーマとして誘導してもよいとの回答がありました。

2) 大倉泰裕先生(千葉県立松戸向陽高等学校)から、「評価についてもう一度考え直そう」の報告がありました。
・メルマガ10月号に掲載された、同じタイトルの論考の具体的な事例も含めた問題提起です。
・評価について考える前に、まず生徒の実態を踏まえること、生徒に不足している考える能力については、それを身につけさせる方法を教えていないからであることを確認することが大事だと指摘されました。
・その上で、授業を見直すには、個別的・具体的な知識や原理、概念、法則を教えた上で、それらを活用する場面を作ることが必要であるととして、国民主権と立憲主義の事例をあげて評価の問題を提起されました。
・また、評価方法では、定期考査で、思考力などを評価できるような問題を作成することが現実的で、条件としては授業で扱わなかった事例や資料を出て問題を作ることが必要であると強調されました。
・実際に大倉先生が作成、実施した定期考査問題が紹介され、評価を考えるために、考査問題の公開と検討をおこなったらどうかとの提案がありました。
・検討では、評価の方法、テストでの思考問題の配点、試験は復習の意味が大きいのではないだろうかなどの質問や感想が出されました。
・大倉先生からは、採点時の工夫の紹介、本気で取組むには高校では教務内規を変える必要があること、テストで思考問題に取組ませるようにするための事前の指導、思考問題に取組むインセンティブを上げるためのテスト問題の印刷方法などの回答がありました。

3)大塚雅之先生(大阪府立三国丘高等学校)から「金融デジタル化の学習での行動経済学の使い方」の授業報告がありました。
・「冬の経済教室」での発表の準備のための報告で、伝統経済学の知見をベースとしている教科書の記述では説明できない人間行動を行動経済学の知見を踏まえて生徒に考察させるねらいの授業です。
・授業は、クレジットカードの仕組みからはじまり、フィンテックサギ、大手のキャッシュレス企業がキャンペーンを行う理由を問い、最後通牒ゲームを行わせ、最後に、キャッシュレス決済に絡む事態への対応を、ナッジアプリを作ることで考えさせるという流れです。
・検討では、ナッジアプリとはどんなもので、生徒はどう回答したのか、キャッシュレスのマイナス面の強調が過ぎるのではなどの質問や意見が出されました。
・大塚先生からは、生徒の発表事例の紹介、情報産業のプラス面も加えて多面的に考察させたいとの回答がありました。
・部会内容の詳細は、以下のHPをご覧ください。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/10/Osaka77Tokyo126report.pdf

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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)

■札幌部会(No.28)を開催します。(既報)
日時:20211120日(土) 1500分~1700
オンライン会議で実施しますので、全国からの参加を期待しています。
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/Sapporo028flyer.pdf

■東京部会(No.127)を開催します。
東京部会(No.127)はハイブリッド形式にて行います。
日時:20211218日(土) 1500分~1700
場所: 慶應義塾大学三田キャンパス南館443教室+オンライン(Zoom形式)
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/10/tokyo127flyerZoomHibridR.pdf

■大阪部会(No.78)を開催します。
大阪部会(No.78)はハイブリッド形式にて行います。
日時:2022129日(土) 1500分~1700
場所: 同志社大学大阪サテライト+オンライン(Zoom形式) 
  申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/10/Osaka78flyerHibridZoom.pdf

<ネットワークメンバーに関連する情報紹介>
■加藤一誠先生のNHKラジオ、11月の登場は111日(月)と1129日(月)の予定です。
 『三宅民夫のマイあさ!』のコーナー「マイ!Biz(ビズ)」での、加藤一誠先生 (慶應義塾大学商学部教授)の今月の登場は111日 (月)と29日(月)の予定です。 時間は午前6 40分過ぎ、111日のテーマは「道路」です。
番組ホームページ  https://www4.nhk.or.jp/my-asa/
もし聞き逃された場合は
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/corners.html?p=5642
からも該当日(11/1)を検索してお聞きいただけます。

■丹松美代志先生の論文が下記のページで読むことができます。
丹松美代志「厠・トイレ考から中学公民の持続可能な社会づくりの授業を構想する」 https://econ-edu.net/document/ronbun/

■河原和之先生の講演をもとにした大学の授業の紹介があります。
 石原純「社会科教育法の中の経済教育の1コマ-河原教材を使った講義報告-」 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/2021natsuKeizaiJrHighR.pdf

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【 3 】授業のヒント
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 今月は、評価論は一休みして、通常のヒントを紹介します。
「デジタル時代のアナログレポート」  新井 明
1)手書きのレポートが提出された
 今年の夏休みの宿題は二種類だしました。
 一つは、必修として『レモンをお金にかえる法』の続編(マクロ経済編)の翻訳。もう一つが、自由課題として、夏前の授業で十分時間がとれなかった株式会社に関する調査レポートです。
 後者は、自分が関心を持っている企業に関して、その経営者、大株主、株価の推移、社会的貢献などを調べて、どんな特徴のある会社かをレポートさせるもので、提出は自由ということで課しました。
 夏明けに回収。必修はさすがにほぼ100%提出。自由研究の提出率は1割強でしかありませんでしたが、びっくりするレポートが出てきました。
 それは、手書きの「任天堂」(A412枚)に関する研究レポートです。

2)大学生のレポートに近い
 このレポートでは、「コロナ禍でできた暇な時間を気軽に潰す方法として任天堂の経済面での需要が高まったのだと私なりに考えた」として任天堂の分析が行われています。
 内容は、任天堂の歴史、現在の製品、経営陣の分析、現在の取組み(eスポーツなど)からはじまり、任天堂の経済状況が詳しく分析されていました。
それぞれの項目の説明の間には、貸借対照表の紹介や入金と支払いサイクルの図などが挿入されて、商学部などでの財務分析のレポートに近い内容です。
最後のまとめ、感想の箇所では、「任天堂の経営状況について調べてみて、非常にたくさんの経済に関する専門用語について深く調べることができた。…調べ学習を経て、新しいことを学ぶ事ができて、とても充実した有意義な機会になった」と、教師を泣かせるような言葉が書いてありました。
私のコメントは、「脱帽」です。

3)なぜこんなレポートが登場したか
 「自由研究は親の研究」という言葉があります。
 「自由研究」と称しても、テーマ設定や調査などは親の手助けが大抵は入っているものです。時には、宿題代行業者が介在することもあります。
 今回のレポートも当初は、それを疑いましたが、読んでゆくうちに、自分の言葉、自分なりの分析がされている箇所がたくさんでてきて、ヒントは誰かが与えたとしても、自力のレポートと思わざるを得ませんでした。
 なぜ、こんなレポートが登場したのか。本人の関心もあるでしょうが、このレポートが手書きであるところにその秘密の一端があるように思いました。
 12枚をぎっしり手書きにしていること、それがこの生徒の情熱とテーマに対する真剣な取組みを象徴しているというのが私の判断です。

4)昔にもあった、それが…
 実は、手書きのレポートに関しては、思い出があります。
 30年ほど前にディベート授業をはじめた時に、夏休みにディベートのテーマに関するレポートを書かせていました。
 その時の秀逸なレポートが、今回と同じ手書きのレポートだったのです。その時は、B552ページ(ただし1行おきに書けという指示だったので実質はその半分)でした。テーマは「歴史教科書問題について」。
 内容も優れていましたが、なにより、力業の素晴らしさでした。
 それが、インターネットで簡単に検索ができ、ワープロが普及してゆくにつれて、レポートの質が目に見えて低下してゆきました。
 異動した先も、学力的に高い生徒集団がいる学校だったのですが、こんな程度のものしか出てこないのかと嘆くようなものが多数出てきて、指導の限界を感じて、ディベート準備は夏の宿題ではなく、時間内でのグループワークにしてしまいました。
 その後も、大学生も含めて、久しく、コピペのレポートばかり見てきた年寄り教師に、手書きのレポートは新鮮でした。

5)ハイブリッドの世界へ
 今、調べ学習が盛んにすすめられています。
 タブレットが一人一台準備されて、調べることが比較的たやすくできるようになりました。
 それにあわせて授業形態だけでなく探究活動も変わらざるを得ません。私たち自身だって、新聞の縮刷版を積み上げて、データや記事を探すことはなくなりました。
 今更手書きの時代に戻ることはないし、それは現実的でないことは言うまでもありません。実際、30年前のレポートのソースは、新聞、書籍でしたが、今夏のレポートのデータのソースは全部ネットからのものでした。
そうであっても、デジタル化の大波のなかで、アナログでの手書きという力業をしたこと、また、時にはさせることの教育的な意味はなくならないように思います。
 その意味では、板書、ノートチェック、レポート課題などアナログ教育は大変ですが、学びに向かう主体性を確認するために残しておいて、それ以外の場所ではデジタル授業をすすめるというハイブリッド方式がこれからの授業のスタイルになりそうです。
 私も時にはデジタル時代に抗って、手書きの手紙を知人や友人に書くことも必要かと思うことがあります。ただ、ちょっぴり残念なのは、もはやその手紙がラブレターではないことですが。

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4 】授業に役立つ本 
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 今月は、行動経済学に関する本、生命倫理の本、現代日本の分析の本の三冊を紹介します。

■キャス・サンスティーン『入門・行動科学と公共政策』(勁草書房)
①どんな本か
・ベストセラーとなったノーベル経済学賞受賞者リチャード・セイラーらの本『実践行動経済学』の著者の一人である法哲学者サンスティーンの最新の著作の翻訳です。
・サブタイトルが「ナッジからはじまる自由論と幸福論」、本の腰巻きには「サンスティーン先生のナッジ・コンビニ開店!」とあります。

②本の内容は
・全体は10章に分かれています。
・第1章のイントロダクションは行動経済学も含めた行動科学の概論からはじまり、以下、行動経済革命(2章)、自分で選べば幸せになれるのか?(3章)、政府(4章)、誤り(5章)、判断(6章)、理論と実践(7章)、厚生(8章)、自由(9章)、進むべき道(10章)と続きます。
・本文は翻訳でも140ページほどなので、まさに、「コンビニエンスストア」のように、行動科学の包括的な内容がコンパクトにまとめられています。
・それでも、第4章までは、比較的ていねいに行動経済学の概説、ナッジとそれを使った政策の具体例などが扱われます。
・第5章以下は、10ページ程度で、ナッジによる判断例、政策に対する批判への反論、原理的な注釈などが扱われています。

③どこが役立つか
・入門となっていますが、これはミスリード。メルマガで以前に紹介した、例えば大竹文雄先生の『行動経済学の使い方』(205月号)や、『サクッと分かるビジネス教養行動経済学』(217月号)などの概説本を読んだうえで、もっと原理的に行動経済学を深めてみたいという先生方、特に、高校で「公共」を来年から担当する先生にお勧めの本です。
・タイトルが行動経済学ではなく行動科学となっていて、「人間の厚生=福祉」がテーマと著者自身が書いています。行動経済学も含んだ、広くかつ原理的な問題を扱っているところが、倫理系の先生にも役立つ内容です。
・サンスティーンは、オバマ政権の行政管理予算局でナッジの設計を担当するなど実務経験をもっているので、公共政策でナッジがどのように使われているのか、アメリカの例になりますが、個人の意思決定場面だけでないナッジの活用部分を知ることができます。

④感想
・正直、「入門」「コンビニ」にだまされたと思いました。でも、内容は、サンスティーンのこれまでの活動の総括的なものなので、ここで紹介しておこうと思った次第。
・サンスティーンは、多作で、憲法論、法哲学、民主主義に関する論考、生命倫理、情報論など多方面での著作があることを改めて知りました。
・ちなみに、オバマ時代の活動を書いた『シンプルな政府』(NTT出版)は、エッセイなので、気軽に読めるし、アメリカ政府内の行政官の様子、政府と議会との関係などがよくわかるので、ナッジと公共施策を具体的に知りたい場合は、こちらの方がオススメかもしれません。(新井)

■安藤泰至・島薗進編著『見捨てられる<いのち>を考える』(晶文社)
①どんな本か
2020年に起こった京都ALS嘱託殺人とコロナ禍で発生した人工呼吸器トリアージという事態に対して、死生学や生命倫理学の研究者や当事者や支援者が、コロナ禍に集まった三回の緊急集会の記録です。
・集会では、提唱者の宗教学者の安藤泰至先生(鳥取大学)と、上智大学グリーフケア研究所長の島薗進先生(上智大学)が毎回報告され、それぞれの会で、ALS介護の当事者でNPO法人を立ち上げた川口有美子さん、安楽死・尊厳死言説の研究をされてきた立命館大学の大谷いづみ先生、障がいをお持ちのお子さんの介護をされてきたフリーライターの児玉真美さんの報告が行われました。

②どんな内容か
・全体は三部に分かれています。
・第1部は、初回の記録で、「京都ALS嘱託殺人と人工呼吸器トリアージ」のタイトルで、安藤先生の「「安楽死」「尊厳死」の危うさ」、川口有美子さんの「ALS患者の「死ぬ権利」?」、島薗先生の「医療が死を早めてよいのか?」の三つの報告が収められています。
・第2部は、二回目の記録で、「「安楽死」「尊厳死」言説といのちの学び」のタイトルで、安藤先生の「コロされる/殺すのは誰か?」、大谷先生の「<間>の生を聴く/<間>の生を語る」、島薗先生の「いのちの選別をめぐって何がおきていたのか?」の三つの報告と、ディスカッションの記録が収められています。
・第3部は、三回目の記録で、「「死」へと追い詰められる当事者たち」のタイトルで、安藤先生の「生命倫理問題における「当事者」の再考」、児玉真美さんの「家族に「殺させる」社会をいきる」、島薗先生の「医療資源について語るとき考えなければならないこと」の三つの報告とディスカッションの記録が収められています。
・それぞれの会の趣旨と発言者の紹介は、それぞれの部の「はじめに」の箇所で、島薗先生から簡潔に述べられています。

③どこが役立つか
・中学校の道徳や、高校の公民で、<いのち>の授業を行う前に参照して欲しい本です。
・新科目「公共」でも、「現代社会」に引き続いて、生命倫理が扱われ、「いのちの選別」「延命治療」「安楽死」「医療資源」「トリアージ」などの言葉が登場してきています。それらの言葉がうわすべりにならないためには、当事者の言葉をじっくり聴いて、それらの言葉の持っているバイアス、価値観を吟味したうえで、授業を組み立てることがもとめられます。その時の参考になる本です。
・また、「公共」では、思考実験が取り入れられて、「トロッコ問題」など多くの事例が教科書に登場していますが、無批判に思考訓練ということで<いのち>に関わる事例を取り入れることへの歯止めにもなるでしょう。
・経済学では資源は人間が使えるものすべてを包摂する概念として使用されているため、<いのち>も資源として扱ってしまうこと、限られた資源の配分の基準には功利主義の価値観があることなどから、医療資源配分は比較衡量でよいということになってしまいます。
・現実にも、それは進行していて、その具体例が、本メルマガ216月号で紹介した『命に<価格>をつけられるのか』で多数紹介されています。
・そのような動向に対する、当事者や<いのち>の問題の研究者からのアンチテーゼが本書では展開されていると受け止めることができるでしょう。
・特に、終末医療では、医者から行動経済的なナッジが行われると、ある種の誘導となり、Noとは言えないスラッジになってしまうこともあります。ここでは、言葉の言いかえも含めて、<いのち>の問題、医療と行動経済学の関係を考えるためにも、重要な指摘がされています。

④感想
・第2章に登場する大谷いづみ先生は、かつて都立高校に勤務をされていたこともあり、紹介者の研究仲間でした。
・ポリオサバイバーでもあり、過労で骨折をされたことと、大学でのハラスメントの被害が重なり、現在は車イスがないと生活できない状態で研究と教育活動を続けられています。
・新井がディベートに取組んでいた時に、安楽死の是非をテーマにしたことに対して、あれかこれかで、追い込んで答えをださせるような教育は暴力的であり、<いのち>の教育にはならないという批判をうけました。
・この本のなかでも「あれかこれかの究極の選択に追い込み、追い込まれて答えを見いだすことではなく、第三の道を探るための「問い」に、「問い」を立て直すこと」が必要だと書いてありました。変わらない問題意識をもっていることが確認できて、うれしく思っています。
・私たちも「第三の道」があるかどうか、それはどんなものか、「問い」を自らになげかけたうえでの授業づくりに励みたいと、改めて思いました。(新井)

■三浦展『大下流国家』(光文社新書)
①どんな本か
・都市研究や世代研究をしている筆者による現代日本分析の本です。
15年前に『下流社会』という本を書いて、その後も定点観測的に日本の社会を文化面から分析してきた著者の最新作で、202011月にアンケート調査をした結果を分析した本です。
・社会学的に現代日本はどう捉えるか、ジャーナリスティックな観点から捉えることができます。

②どんな内容か
・全体は5章に分かれています。
・第1章は、「オワコン日本」というタイトルで、調査結果の概略と現代を象徴する消費面からのまとめが書かれています。
・第2章は、「「ニセ中流」の出現と日本の「分断」」というタイトルで、中流意識を分析するなかで、生活満足度や人生観、日本への認識が紹介されます。
・第3章は、「「強さ」を求める時代」というタイトルで、安倍政権8年間を支持した層の分析が行われています。
・第4章は、「ユーミンはなぜ泣いたか?」のタイトルで、同じく安倍政権を支えた層の日本認識と下流なのに安倍政権の評価が高い人々の分析が行われています。
・最後の第5章は、「さよなら、おじさん」のタイトルで、若者が東京に集中する理由、地方の活性化のケーススタディが紹介されます。

③どこが役立つか
・緻密な社会学による分析というより、マーケッティングリサーチの手法による、現代日本の分析です。したがって、教科書では扱いにくい、階層意識、政治意識など多くの調査項目が列挙されて分析されています。その生々しさから、授業にリアルな感覚、いわゆる世間の風を吹き込むことができるでしょう。
・かつて一億総中流社会といわれていた日本社会に分断の亀裂がはいっていることは世上指摘されていますが、アンケートデータをもとに、その実態が、全体が停滞、縮小しているなかでの「ニセ」中流意識であることを抉っている箇所は注目です。
・安倍政権の支持層分析は、教室に持ち込むことはできないでしょうが、現在進行している保守化の背景に関して、データをもとにした鋭い分析がなされているので、定型的な政治学習を打ち破るヒントが得られるかもしれません。

④感想
・著者の三浦氏のリサーチは、パルコの『アクロス』という雑誌を編集している時代から注目していました。
・路上観察とアンケートなどのデータをもとに、バブル期の日本の若者を分類、その特徴と彼らの将来を予想したレポートを、当時スタートした「現代社会」の授業の資料として使ったことを想い出します。
・分析が東京中心になりがちなのが難点ですが、その分析力はまだ衰えていないと感じました。なかでも、安倍夫妻はクリスタル族のなれの果てという分析には笑ってしまいました。(新井)

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5 】編集後記「みみずのたはこと」
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 丹松先生の「トイレ・厠考」に触発されて、湯澤規子さんの『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』(ちくま新書)を手に取り、「人糞地理学」ということばがでてきてのけぞるなど、この間、トイレ問題に入れ込みました。
 物作りの動脈産業は注目されるけれど、それを処分する静脈産業にはなかなか目が向きません。<いのち>のいとなみの中で、生死だけでなく、その循環の重要な一環である排泄にも注目したいと思いました。(新井)
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