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9月、長月です。
夏休みがあけ、多くの学校では、本日から新学期がはじまります。
緊急事態宣言が9月12日まで延長されるなかでの新学期です。夏休みの延長、分散登校やリモート授業が計画されている学校もあるなかで、オリンピックに続き、パラリンピックが開催されています。
日本の社会の様々課題が露呈してきたなかでの新学期の開始ですが、それらの課題を考え、解決の道を探る授業を展開する2学期としたいものです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、現在取組みのプロジェクトの報告、また、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 21年8月の活動を報告します。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「新しい評価…高校現場からの提案」
【 4 】授業で役立つ本…新学期に向けての本、他
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【 1 】最新活動報告
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■「先生のための夏休み経済教室」を開催しました。
 テーマ:「ポスト・コロナの経済教育のすすめ方」
 日時:2021年8月13日(金)、8月16日(月)
 場所:東京証券取引所からWebによるライブ配信
 内容:
<8月13日(金) 中学校の先生向け>
参加者:365名(申し込み数)
  進行役は三枝利多先生(目黒区立東山中学校)が担当しました。
野間克敏先生(同志社大学)による、講演「新教科書の読み方・授業での生かし方」と
河原和之先生(立命館大学他)による、実践提案「ポスト・コロナ時代のネタの集め方・生かし方」の二つの講演が行われました。
野間先生の講演には、三枝先生のコメントが、河原先生の授業提案には小谷勇人先生(春日部市立武里中学校)による質疑があり、最後に、三枝先生のまとめで終了しました。

 <8月16日(月) 高等学校の先生向け>
参加者:385名(申し込み数)
進行役は新井が担当しました。
大竹文雄先生(大阪大学)による、講演「行動経済学の経済教育への生かし方」と、
坂井豊貴先生(慶應義塾大学)による、講演「社会や経済は複雑すぎて、経験や直感だけで理解できる代物ではない」の二つの講演が行われました。
大竹先生の講演には、杉浦光紀先生(都立井草高等学校)による質疑が、坂井先生の講演には、塙枝里子先生(都立農業高等学校)による質疑があり、最後に新井によるまとめで終了しました。

両日とも、zoomを使った講演や質疑で、対面とは異なる環境での経済教室となりましたが、充実した講演内容と質疑をとおして、問題を深め、授業づくりのヒントになる情報が得られた教室になりました。
教室の記録はまとまり次第HPに掲載いたします。

■大阪部会(No.76)&東京部会(No.125)を開催しました。
日時:2021年8月21日(土) 15時05分~17時25分
 内容の概略:25名参加
(1) コロナ問題を例に取り上げた授業提案を集中して報告・議論するための部会として開かれました。

(2) 部会前に寄せられた授業提案は30 に達し、複数の案を提出された方も多数みられたため、事前に授業内容が分類され、分類されたグループごとに、1つずつ提出者が数分で授業のポイントを説明し、それに対して出席者から質問や意見を受けていく形ですすめられました。

(3) 授業提案の前に、篠原総一代表から、あらためて今回の部会の趣旨がつぎのように説明されました。
教室で使用される公民や政経の教科書は、観念的な説明から入ることが多く、教師にとっては教えにくく生徒にとっては理解しにくい。もっと「腑に落ちる」例があると、理解しやすい授業が展開できるのではないか。
コロナ問題においては、社会について考えるきっかけとなる「腑に落ちる」例がたくさんありそうに思われる。このような世界で直面している問題を、資料やデータを用いて観察・理解し、課題解決を考察するような授業提案してほしい。

(4)その趣旨を受け、計30の授業提案(うち1つは資料配布のみ)が示され、質問や意見が出されました。
これらは、授業案としてブラッシュアップされたのち、使われている資料のチェッ クなどを経て、順次経済教育ネットワークのHPにアップされていく予定です。
部会の詳細および提案リストは下記をご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/08/Osaka76Tokyo125report.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■札幌部会(No.27)を開催します。
札幌部会(No.27)はオンライン会議にて行います。
日時:2021年9月18日(土) 15時00分~17時00分
オンライン会議なので、地域別部会の範囲を超えた参加を期待しています。
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/06/Sapporo027flyer.pdf

■大阪部会(No.77)・東京部会(No.126)を開催します。
大阪部会(No.77)と東京部会(No.126)はオンライン会議にて行います。
日時:2021年10月9日(土) 15時00分~17時00分
オンライン会議なので、地域別部会の範囲を超えた参加を期待しています。
申し込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/08/Osaka77flyerTokyo126.pdf

<コロナ問題を切り口にした授業提案をHPにアップします>
■コロナ問題を切り口にした現代社会・経済の授業提案
 大阪部会・東京部会の合同部会報告でも取り上げられていますが、コロナを切り口にした中学公民分野、高校公民の授業案を作成中です。
 2学期からの経済の授業に間に合うように、9月中のHPアップを目標に、編集作業を行っています。
 HPの「教材情報・実践事例」のコーナーに掲載予定です。
 HPの更新にご注目ください。

<ネットワークメンバーからのお知らせ>
■加藤一誠先生のNHKラジオ登場は9月6日(月)の予定です。
『三宅民夫のマイあさ!』のコーナー「マイ!Biz(ビズ)」での、加藤一誠先生(慶應義塾大学商学部教授)の今月の登場は9月6日(月)の予定です。 時間は午前6時40分過ぎです。 今回のテーマは「物流」です
番組ホームページ https://www4.nhk.or.jp/my-asa/

■加藤一誠 (著, 監修), 河原典史 (監修), 飯塚公藤 (編集), 河原和之 (編集)『「データ+地図」で読み解く地域のすがた 日本あっちこっち』が清水書院から出版されます。
 これまで部会や各地の経済教室で提案、発表されてきた内容をもとに、した、中学地理分野、新科目「地理総合」を対象とした経済地理の本です。
 8月30日から発売されています。
 https://books.rakuten.co.jp/rb/16828105/
 このページの下の方に本書刊行の経過が書かれています。

■河原和之先生の『100万人が解きたい!見方・考え方を鍛える』シリーズが明治図書から刊行されます。
 中学地理、中学歴史、中学公民の三冊が近刊予定です。
https://www.meijitosho.co.jp/search/?title=%8B%DF%93%FA%8A%A7%8Ds%97%5C%92%E8
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【 3 】授業のヒント 「新しい評価…高校現場からの提言」
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 4月号からこれまで5回にわたり評価の問題をとりあげてきています。
 6回目の今月号では、前号の中学校からの提言に続いて、来年度から学年進行で新学習指導要領がスタートする高等学校における評価の在り方を、お二人の先生から報告・提案をしていただきます。

■観点別評価で授業改善を
                  広島大学附属高等学校・中学校  阿部哲久
(1) はじめに
 来年度から高校でも観点別評価が導入されます。私自身は02年度の中学校での導入を経験し、現在は高校にも籍を置く立場ですが,中学校導入時は調査書とも直結していることから対応にとても苦労しました。
今回は大学入試で用いられる調査書には直ちに記載されない方針となりましたが,逆に形式的な導入に留まってしまう懸念もあります。
しかし今回の改訂で示された観点別評価は,これまでの小中学校の実践を踏まえて使いやすく整理されており,国際的な学力をめぐる議論等も取り入れたものになっています。
形式的な導入に留めてしまうのはもったいないのではないでしょうか。

(2) 評価と評定
 導入にあたってまず気になるのは観点別評価と評定の関係ですが,「学習改善につながる評価」と「評定のための評価」を分けるとスッキリします。
単元の途中で行うのが前者,単元の最後に行うのが後者と考えるとシンプルでしょう(文科省の調査官は「子どもが最も良い状態のところで評定のための評価をするべき」と表現していました)。
例えば小テストや授業での様子を評価するとしてもそれらを全て記録して評定に反映させる(大変な労力!)必要はなく,適切に生徒にフィードバックして学習改善につなげることの方が大切だということです。
こう考えると,単元が終わったところでペーパーテストやワークシートなどによって「評定のための評価」を行えばよいことになります。

(3) 主体的に学習に取り組む態度の評価
現場では「主体的に学習に取り組む態度」をどうするかは最もとまどうところです。
学校での観点別評価導入当初は提出物の状況などを「関心・意欲・態度」の評価に用いる事例も散見されましたが,提出状況やきれいさなどを評価するものではないということは、中学の実践などを経て定着してきました。
特に今回の改訂に関わって国立教育政策研究所の『「指導と評価の一体化」のための学習評価に関する参考資料』では,
 https://www.nier.go.jp/kaihatsu/shidousiryou.html
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「主体的に学習に取り組む態度」については,国家及び社会の形成者として,よりよい社会の実現を視野に,現代の諸課題を主体的に解決しようとしている状況を評価する。
「解決しようとしている状況を評価する」については,この観点が,学習の調整を適切にできるか否かを判断するわけではないことを意味している。(中略)自らの学習状況を把握し,学習の進め方について試行錯誤するなど自らの学習を調整しながら,学ぼうとしているかどうかという意思的な側面を評価するものである。
次に,「解決しようとしているものは現代の諸課題であるということ」については,ここでいう「課題」が,学習上の課題ではなく,様々な社会的事象から成る現代の諸課題であることに留意する。(中略)そこで学習の結果として,学習内容を人間としての在り方生き方,社会の在り方と結びつけて深く学ぶ事の意味や意義に気付くこと,これからも問い続けていきたいこと(問い続けていかなければいけないこと)を見いだしている状況などを評価することが考えられる。
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と具体的に示されています。(同署p43~44)

例えば学習の見通しを書かせ,途中での学びを記入し,最後に新たな課題を見いだして書かせる1枚ものポートフォリオのプリントを用いることが考えられます。

(4) 思考・判断・表現の評価
「思考・判断・表現」については,記述式による評価(学習した内容をもとに「見方・考え方」を用いて意見を書けるか,等)だけでなく,記号による選択式での評価も可能でしょう。
共通テストの問題には参考になるものが多いように思います。
私自身は,生徒の文章力の影響や採点のブレを避ける意味で,極力選択式で出題(学習した内容をもとに特定の「見方・考え方」を用いて導かれる意見を選択させる,等)するように頭をひねっています。

(5) 評価と授業改善
例えば前述の1枚ものポートフォリオを作成するためには,教員の中で「単元」の構成やまとまり,各時間のねらいとつながりが明確になっている必要があります。
また「思考・判断・表現」の評価問題を作成するためには,思考のベースとなる「授業で獲得させる知識」と、用いさせたい「見方・考え方」が明確になっている必要があります。
評価を意識することは自然に目標を明確にすることにつながり、目標を達成するための授業づくり=授業改善につながるのではないかと思います。
どうせやるなら授業改善につながる観点別評価を意識してみるのも悪くないのではないでしょうか。

■高校での評価原論―“はかる”と”ふえる”―
                       東京都立井草高等学校 杉浦 光紀
(1) 評価の正しい理解
単元学習で有名な国語教師、大村はまの言葉に学んだことがある。
評価をしたら、学力がふえるのではない。学習指導をするから、学力がふえるのである。「はかる」と「ふえる」の2つを誤解してはいけない。だから、「はかる」に目を奪われず、教材の用意と学習指導(声掛け・足場かけ)の促進こそが大切である。「
評価は教師にとって、生徒の学びを見取る絶好の機会。授業改善にもつながる。しかし、全国の先生方は、部活にクラスに授業準備、更にはコロナ対応と、すでにスーパーマンな働き方をしている。
生徒のすべてのアウトプットやパフォーマンスを評価し、評定に換算しなければ、と誤解しないようにしたい。評価そのものが複雑だと、「ボトルネック」(理論は正しくても現実にはうまくいかない)となってしまいかねない。

(2) 効果的な評価の枠組み-ルーブリック
実質的で有効な評価はないか。そこで、ルーブリックである。
ルーブリックは、「学びのガイドライン」であり、どのようなパフォーマンス(発表・論述等)をしてほしいか、「努力の仕方」を生徒と教師で共有するためにある。
単元全体ではなく、ある成果物やパフォーマンスを対象に学習到達度を示す評価基準表である。
ルーブリックの強みは、用いること自体が「ナッジ」(強制ではなく望ましい行動を手助けする方法)である点にある。
指導と評価の一体化が、ルーブリックの用法・用量を間違えなければ、実現できる。
行動経済学に基づいた設計の枠組みに「EAST」があるが、評価もイージー・アトラクティブ・ソーシャル・タイムリーでありたい。この原則に従い、生徒の理解や学びの目標に応じて、回数や方法を工夫するのである。

(3) 評価が活きる場面の厳選
ルーブリックが役立つ場面を2つ。
まずは、現任校での夏休みの宿題である。日本思想の先哲を調べて2学期に発表する課題を出した。
このような課題において、評価のポイントが事前にわかるのは、生徒にとってタイムリーでアトラクティブだ。なぜなら、提出後にこの書き方ではダメだと言われるより、調べようと思ったその場に基準がある方が便利だからである。
3つの項目に絞り、理解がイージーな説明を心掛けた。個人の解釈に幅が出てしまうが、それは事後の振り返りに活かせばよい。
もう1つは、前任校で実践していた新聞記事の発表である。
導入前は、ほとんど調べずに15秒ぐらいの発表で終わってしまう生徒もいた。しかし、事前に発表の仕方や内容についての基準を示し、発表者以外の生徒には評価させるようにしたところ、発表時間も内容も向上した。
努力をしようにも、その方法がわからず、説明を理解するのも苦手な前任校の生徒には、効果抜群であった。
全員が同じ基準で取り組み、他者への発表を意識する点は、ソーシャルだともいえる。

(4) 評価基準の共有で「学ぶ力」を育成
ルーブリックや観点別評価にしても、これまで教師が心の中で行ってきたことである。それを少しクリアにして、生徒にあらかじめ示すことで、以下のような会話(仮)を減らすことになる。

先生「なんで、こんなレベルの内容しか書けていないんだ。教えたはずだぞ。」
生徒「そう言われても、何を書いたらいいか、わかりません…。だから、やる気も出ませんでした。」
先生(心の中で)「これだと学びに向かう力は、Cだな。」

仏道(禅宗)なら、不立文字、以心伝心で秘儀を伝授するのだろうが、40人クラスで週に数時間の授業では難しい。
ゆえに、学びを深めるための目に見える手引きを用意する。評価基準を共有できていれば、どう頑張ればよいかがわかる。完全にブラックボックスで評価するよりは、客観性を保つことにもなる。
努力の方向性を示した上で、生徒が「見通しをもって」「粘り強く」取り組むことを期待する。
そうすれば、観点別でもっとも困る「学びに向かう力」を伸ばせる。
高等学校における観点別評価は、学力を「はかる」のではなく、どうしたら「ふえる」のかを考えて、進めていきませんか?
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月は、多くの学校で経済の授業がスタートするこの時期に授業に役立つ本、ヒントになると思われる本、ちょっと趣味の本を紹介します。

■『日本国勢図会2021/22』 矢野恒太記念会
①どんな本か
・ご存じ『国勢図会』の最新版です。
・今年で79版になっている超ロングセラーの本です。あまりにもポピュラーなので、紹介してきませんでしたが、改めてその活用方法などを提案してみたいと思います。

②どんな内容か
・全体は40章からなっています。冒頭は毎年特集が組まれていて、今年は「コロナウイルス感染症」です。
・第1章から4章までは、人口など基本的なデータです。
・第5章労働、第6章国民経済計算、第7章企業活動をはさんで、第8章から23章までは産業別のデータが扱われます。このあたりは、地理学習向けになるでしょう。
・第24章から26章までは、国際経済です。
・第27章から29章は、マクロ経済の物価、財政、金融などが扱われます。
・第30章から31章は、運輸観光、情報通信、科学技術なです。
・第33章から36章は、国民の生活で、家計や食生活、教育、社会保障などが登場します。
・第37章から40章は、環境、災害、犯罪、国防と続き、最後に長期統計が付録として付くという構成です。

③どんなところが役立つか
・まえがきに、「統計が示す事実をベースに物事を考えること考える事」は重要と書かれているように、基本的なデータをもとに生徒に変化や事態を読み取らせることは、授業の基本になるでしょう。
・部分、部分で使うのが一般的でしょうが、一度、ざっと全体を読んでみると、日本の現状が概観できて、頭の整理に役立ちます。
・官庁統計のように網羅的ではなく、整理されて掲載されているので、出てきている数字をもとに、今ならエクセルなどで、自作のグラフや図を作成することができるのではないでしょうか。一度挑戦されるとよいかもしれません。
・元データの出所が明記されているので、そこにアクセスして、データや発表資料の本元を探すことができます。
・おもしろネタが探せるかもしれません。例えば、漁業のところで、日本、韓国、中国、アメリカのなかで、一日一人あたりの魚介類消費量が一番多い国はどこかというようなクイズも作成できます。
・受験対策になります。大学入試では、さすがに『国勢図会』のグラフをそのまま出すケースはなくなっていますが、高校入試ではそのままではないとしてもベースとして結構使われているケースがあるのではないでしょうか。

④感想
・いままでは、学校の教科予算で毎年必ず購入してきました。久しぶりに自分で購入して一読してみて、ロングセラーの理由を再確認しました。
・この欄で、これまで紹介した岩波新書の『日本経済図説』や『世界経済図説』もハンディで捨てがたいのですが、いかんせん、図やグラフが小さいのが玉に傷。それに比べると『国勢図会』の大きさは丁度よいという印象です。(新井)
                             
■横山和輝著 『日本金融百年史』ちくま新書
①どんな本か
・タイトル通り、金融を中心に1920年から100年間の日本経済の歩みを描いた本です。
・特に、証券市場や銀行システムの歴史のなかで何度か襲われる危機に着目して、その危機をどう乗り越えたか、その一連の対応がどのような言説となって、後の対応のなかで使われたのかを描いている本です。

②どんな内容か
・全体は、7章からなっています。
・第1章は、1920年の株価暴落から関東大震災の時期が対象です。
第2章は、1927年の金融恐慌に焦点があてられます。
 第3章は、1930年の昭和恐慌とその克服について述べられています。
 第4章は、1930年代から40年代の株式会社の動向を時代の変化とともに描きます。
 第5章は、戦後の経済民主化から高度成長期における企業経営と金融の歴史が扱われてい ます。
第6章は、1980年代のバブルの発生と崩壊についてです。
第7章は、1990年代の金融ビッグバンからアベノミクスまでのonly yesterdayが扱われています。
・全体を通して、二人の女性(ミツとマサエ)の物語が紹介されて、激変する時代を二人がどう生きたのかが、金融の歴史とともに描かれています。

③どこが役立つか
・通史としての歴史書ではなく、「ナラティブ」(人々のあいだでシェアされる何らかのビジョン、噂、あるいはスローガン)をキーワードとして、テーマとした出来事、それを巡る人物たち、どうしてそのような政策がとられたのか、その結果と影響は次の時代にどのように歴史的教訓として受け継がれたのかが書かれていて、ひと味違う歴史書となっています。
・ナラティブの例が、随所に出てきます。特に平成になってからの金融政策で歴史的なナラティブがどう政策を動かしたか、動かそうとしたかが指摘されています。それを読むことで、経済政策は世間の風によって動いている面があることがわかります。現在のコロナに対するナラティブも紹介されています。
・中学の先生だったら、1学期まで学習してきた近現代史の復習に、また、これから取組む経済分野、特に金融に関してのイメージづくりに役立つはずです。
・高校の先生だったら、歴史の先生に昭和恐慌の金解禁のところが分からないけれど、先生は公民だから教えてくださいと言われたときなどに手助けとなるでしょう。
・授業づくりの方法として、無味乾燥とされがちな経済、金融の場面で、人間を登場させながら展開してみようとするインセンティブを与える本になるかもしれません。

④感想
・まず、読み物として面白く読めました。このような構成で歴史を扱うこともできるのだという新鮮な印象を得ました。
・取り上げられている二人の女性(だれかは本書を手に取って発見してください)は1920年生まれ。先年97歳で亡くなった私の母は1921年生まれですが、早生まれなので、学年は二人と同じだったことがわかり、感慨深いものがありました。
・私が数年前に書いた、算数・数学と経済教育を扱った文章が参考文献ででてきてびっくりでした。だれかがどこかで見てくれているんですね。(新井)

■小野圭司著 『日本戦争経済史』 日本経済新聞出版
①どんな本か
・近代日本の主な戦争を、財政、金融の資金面から分析した研究書です。

②どんな内容か
・扱っているのは、戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦・シベリア出兵、日華事変・太平洋戦争、戦費借入の戦後処理です。
・それぞれ、どう戦費を調達したのか、予算はどう組んだのか、不足の時にはどうしたか、戦費の処理はどうなったかが扱われています。

③どんなところが役立つか
・戦争は政治史のなかで扱われ、戦費問題は、なかなか登場しませんが、お金がなければ戦争はできないという事実を生徒に紹介する際に、具体的な例をあげることができるという意味では参考になります。
・専門書なので、直接授業に役立つというより、拾い読みをして、関心のある箇所や使えるエピソードを探してみるとよいでしょう。

④感想
・個人的には、日清戦争の戦費問題にこだわりがあったので、少々お高い専門書でしたが購入しました。
・結果として、一般会計では酒造税は10%を占めているだけで、酒税で戦費がまかなえたという言説は間違いであることがわかりました。また、別会計の臨時の戦費調達には軍事債が発行され、公募もあるけれど、日銀が引き受けたり、預金部が全額ひきうけて調達したりしたことも同書でわかりました。
・事実を確かめるのは大変だというのが感想です。
・終章の戦費調達の終焉の箇所での、太平洋戦争の国債償却は、戦後インフレでチャラになったというところを読んで、今の政府の債務は将来のインフレでチャラになるのだろうかと考えてしまいました。
・満州事変が扱われていないので、満州事変の戦費はどこからどう出たのかが気になりました。満州事変を扱っていない理由が書かれていないのも不思議でした。
・日華事変と太平洋戦争という用語がセットになっている点も気になったところです。日華事変という言葉をつかうなら、大東亜戦争、太平洋戦争なら日中戦争じゃないのかとちょっと突っ込みたくなります。若手の研究者なるがゆえの、歴史認識のバイアスでしょうか。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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 認知的不協和、ダブルバインド、ダブルスタンダードという言葉が、この夏、編者のあたまのなかをぐるぐるとまわっていました。ストップをかけられながら、一方ではゴー。主張と報道内容が違っているメディア。こころがざわざわして、籠城・閑居生活も落ち着きませんでした。皆様はどうだったでしょうか。
 学校がはじまり、コロナ対策対応で大変な生活がはじまります。くれぐれも健康に留意されて、お過ごしください。(新井)
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