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10月、神無月になりました。
9月末に緊急事態宣言が解除されました。それでも、行動規制は全面的に撤廃されるということではなく、学校における活動も制限付は変わりませんが、withコロナでも学習が進められることは歓迎したいところです。
また、臨時国会が4日に開催予定され新首相、その後の国会解散、総選挙と、政治的には大きな変化がみられる月になりそうです。
社会科、公民科からみて学習テーマや教材のネタがたくさん登場するという点で、それをどう伝えるか、私たちの授業の真価が問われる月にもなりそうです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 21年9月の活動を報告します。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「評価についてもう一度考え直そう」
【 4 】授業で役立つ本…今月も三冊。
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【 1 】最新活動報告
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■「先生のための夏休み経済教室」の記録がアップされています。(既報)
○ 野間敏克先生による『新教科書の読み方・授業での生かし方』講演資料。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/2021SummerSeminorProf.NomaPPT.pdf
○ 野間先生と河原和之先生の講演および、三枝利多先生コメントとまとめ、小谷勇人先生による質疑、当日寄せられた質問に対する河原先生の回答。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/2021natsuKeizaiJrHighR.pdf
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/QandAbyKawaharaR.pdf
○ 大竹文雄先生による講演と杉浦光紀先生による質疑、及び、坂井豊貴先生による講演と塙枝里子先生による質疑の記録。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/2021NatsuKeizaiHigh.pdf

■札幌部会(No.27)を開催しました。
日時:2021年9月18日(土) 15時00分~17時00分
主な内容:18名参加
(1) 東京証券取引所の鈴木深氏から、夏休み経済教室の参加者状況や寄せられた声について詳細な報告がありました。・新規と3回以上のリピーターの先生が多いこと、幅広い経験層からの参加であったこと、各先生の講義に関しては高評価であったこと、高校では専門用語が難しいとの意見があったことなどが報告されました。

(2) 新井から、夏休み経済教室の総括と、コロナ教材の編集に関する反省と今後の展望について報告がありました。
・夏休み経済に関しては、リモート方式だったこともあり、事前の準備を念入りにしたことが高い質の教室になったこと、コロナ教材に関しては、試行錯誤の面があったけれど、この種の教材集を作成することが今後のネットワークの課題になるのではという提起がありました。
・補足として、篠原総一代表から、9月17日に開催されたネットワーク理事会での理事からの発言の要旨が報告されました。
・大杉昭英先生からは、政策選択できる教材、日々の生活に役立つ教材、世の中の動きを結びつけられる教材の開発の三点をネットワークでさらに検討して欲しいという要望があったこと、中川雅之先生(日本大学)からは、コロナ禍で気づかされた問題として、今の教科書がテクノロジーに後ろ向きな記述が多いこと、行動動経済学を学習する可能性がひろがったのではとのコメントがあったことが紹介されました。

(3)安野雄一先生(大阪市立東三国小学校)から、「よりよい未来を『そうぞう』し続ける子どもを育む経済教育の構想」の実践報告がありました。
・大阪柏原市のブドウ栽培を事例として、6次産業化を目指す取組みを教員の現地取材による資料と、生徒と生産者のリモートによる対話を通してすすめる小学校4年生の学習の事例です。
・消費者や生産者の立場から多角的に事例をとりあげ、win-winの関係になるにはどうすれば良いかを考えさせるなど、主体的、協働的、創造的な授業を目指す取組みです。
・検討では、価値判断の軸の問題、経済的な視点をさらに付け加えるとよいのではないか、計画したカリキュラムと実施のずれを明らかにするとよいのではなどの質問、助言がなされました。

(4) 川瀬雅之先生(札幌新川高校)から、「課題探究学習教材の開発⑥」の資料に基づいて、道内7空港民営化に関する授業プラン「コロナ禍を乗り越え、北海道の活性化をめざす事業投資計画の構想」が報告されました。
・空港・航空は派生需要であるとの助言から、消費ではなく投資を呼び込み雇用創出を目指すという未来構想の投資計画を立てる授業プランに改善したものです。
・1年「現代社会」の経済分野のまとめとして、今後11月末から12月末にかけて実践予定とのことで、生徒の取組状況など、実践後に改めて報告を行う予定です。
部会内容の詳細は以下をご覧ください。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/Sapporo027report.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■大阪部会(No.77)・東京部会(No.126)合同部会を開催します。
日時:2021年10月9日(土) 15時00分~17時00分
オンライン会議で実施しますので、全国からの参加を期待しています。
申し込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/08/Osaka77flyerTokyo126.pdf

■札幌部会(No.28)を開催します。
日時:2021年11月20日(土) 15時00分~17時00分
オンライン会議で実施しますので、全国からの参加を期待しています。
申し込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/09/Sapporo028flyer.pdf
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【 3 】授業のヒント
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 4月以来継続している評価に関する提言、ここまでの議論を総括する意味もこめて、今号では、大倉泰裕先生から、ご自身の実践を踏まえた提言をいただきました。
          評価についてもう一度考え直そう
                     千葉県立松戸向陽高等学校 大倉 泰裕
1 観点別評価が“本気”で始まる
 いよいよ来年4月からの新課程実施に伴い、高校でも観点別評価が“本気”で始まります。
「観点別評価ってどうするんだ」、「思考力・判断力・表現力の評価ってどうやって付けるんだ」などいろいろな声を聞きますが、その前に、なぜこのような評価が必要なのかということを理解しておく必要があります。
そうでないと「面倒くさいよね、今まで通りでいいじゃないか」とか、他人の実践事例を形だけ真似るだけで終わってしまうからです。
だからといって、評価の話を初めからしていくと連載ものになってしまいます。そこで私の実践をふまえてお話しします。

2 評価の前に授業がある
 「授業と評価は一体である」とよく言われますが、教育という場面での評価であると考えるのであれば、指導の結果として生徒がどのように変容したのかを見ることが評価であると思っています。
ということはまず授業が大切です。
社会科・公民科の授業はどうしても知識が多くなります。これは教科の特性として当然のことです。また知識が無いところに思考も関心も生まれません。
でも知識を大量に与えることだけで終わってはいけません。ここを変えることが最初に必要なことです。
 私は授業をするとき、「この授業で大切なこと(概念、原理、法則など)は何か」ということから授業を組み立てるようにしています。
どの知識も大切ですし、教えたいと思うのは教員として当然です。でもそれをしたら、生徒は拒絶反応を起こすか、ひたすら暗記にはしるかです。
知識を概念などと結びつけて教えることで、なぜそのような制度があるのか、なぜ大切なのかを繰り返し教えて、思考につながるように心がけています。

3 考査での評価から
 その上で評価ということになります。特に高校では2単位×8クラスなどという授業の持ち方も多いと思います。
そうなるとどうしても考査での評価になるでしょう。
考査だけで評価すべきではありませんが、1クラス40人×8クラス=320人のレポートを見ろといわれたら、それだけで観点別評価から逃げ出したくなります。そこでまず考査でしっかりと思考などを評価することを考えます。
 私は通常の考査でも作問するときには観点を意識しています。
「現代社会」で4割程度、「政治・経済」でも3割は思考・判断・表現の観点で作成しています。例えば、あるできごとやグラフを概念や原理などを用いて解釈させるなどという問題をよく出題します。
 また「公共」を意識して、功利主義の立場に立てばどのような選択をすることになるのか、などという問題も作成しています。
これらの問題は記号で選ばせることもありますが、解釈や理由を記述させるという方が、生徒がしっかりと思考できたのかを見るのに適しているでしょう。

4 大切な採点基準の作成
 さてその記述させるということですが、ここでまた大切なことが出てきます。記述式問題の採点基準です。
その採点基準とは何でしょうか。分量でしょうか。確かに短すぎるのは採点できないことがほとんどです。ですから生徒には解答の仕方を事前に、あるいは問題文中に指示することが必要です。
 これは表現の評価になりますが、学力が十分身に付いていない生徒の多くは国語の力に課題があると思っています。
本来はここをしっかりと指導することが必要で、現行学習指導要領でも「言語活動の充実」はその1丁目1番地といわれてきました。
ただしそこから始めると、「現代社会」や「政治・経済」の評価までたどり着きませんから、日々の授業では指導するにしても考査の時には見本や解答の仕方を示しておくことも必要です。
 さて、生徒が、こちらが望むような文章などで解答してきました。それをどう評価すべきでしょうか。
それには目標に準拠した評価という考え方が大切です。つまり評価規準です。
簡単に言えば、こちらがこのぐらいまでは出来て欲しいという解答を文字化して用意しておくことです。そこでは採点するときの視点やポイントを明確にしておきます。
たとえばキーワードを設定したり、複数の立場から意見を論じていたりすることを正答の条件とするなどということです。それをクリアすることによって思考や判断をしたと評価することになるからです。
ですから、採点者自身が規準を文字化して明確にしておくことはとても大切なことです。ここがぶれると記述式問題の評価は出来ません。これはレポートの評価などにもいえることです。
このとき、くどいようですが、あくまで思考としての出題でなければなりません。すでに授業で話をしていることを記述式問題で出題してもそれは知識・理解の評価でしかありません。

5 最後に提案
 今回は短い中での話なので、この程度となりますが、最後に一つ提案したいことがあります。
観点別評価を進めるのであれば、ぜひ授業と考査問題を他の先生に公開してください。
他の先生方に見ていただき助言を受けるということは、授業も考査問題もよりよいものが出来ることに直結します。自分では気が付かないことを指摘してもらい、それをその後の指導に生かすことが出来ます。
「三人寄れば文殊の知恵」という言葉があります。新しい評価方法を面倒と思わずに、大勢の力で生徒にとってプラスになるようにしていきたいものです。
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月は、加藤先生他による経済地理の新刊本と、経済を教えるこころ構えを考えさせられる本、行動ゲーム理論に関する本の三冊を紹介します。

■加藤一誠 (著、 監修)、 河原典史 (監修)、 飯塚公藤 (編集)、 河原和之 (編集)『「データ+地図」で読み解く地域のすがた 日本あっちこっち』(清水書院)
①どんな本か?
・新教科「地理総合」を担当する先生向けの、地理に経済の視点を加えた経済地理の本です。
・特に、地理学を専攻していない読者、歴史や公民担当の先生が免許状をもっているでしょうということで「地理総合」を教えなければいけなくなった先生方を念頭において、地理の専門領域である地図や統計だけでなく歴史や経済という隣接分野も同時に学べる本となっています。

②どんな内容か?
・全体は大きく二部わかれていて、前半は「GISを知って活用しよう」と後半「日本の素顔を地図で読む」で構成されています。
・前半の「GISを知って活用しよう」では、
1 「GPSとGISの違い」で、GPS(全地球測位システム)とGIS(地理情報システム)の違いが紹介されています。
2 「身近なGISの活用事例」で、地理院地図、RESAS,今昔マップon the webの三つのGISの活用事例が紹介されています。
3 「GIS地図で何ができるか、どんなことが読み取れるか」で、二つの事例が紹介されています。
4 「GIS地図はどのようにつくるのか」で、無料のソフトウエアMANDARAを使っての様々な活用例が紹介されています。
・後半の「日本の素顔を地図で読む」では、
全国を8つの地方(九州・沖縄、中国・四国、近畿、中部、関東、東北、北海道)にわけ、それぞれの地域の特色が最初の4ページで紹介され、それをふまえて特徴的なトピックが地方ごとにとりあげられるという構成になっています。

③どこが役に立つか?
・「地理総合」を担当しなければならなくなった高校の先生向けには、前半のGISの箇所が直ぐに役立つでしょう。
・実際にこの本の記述にそって、自分で地図やグラフを表示してみて、習熟したら、自分なりのテーマでさらに習熟してゆくことで、指導の手がかりがえられるはずです。
・なかでも、RESASとMANDARAは地理の学習だけでなく、公民でも十分に使えるソフトですので、本業の公民経済の授業での活用まで広げることができると思われます。
・中学校の先生方には、新学習指導要領の「C日本の様々な地域」の学習に際して、地理院地図の活用部分と、後半の各地方のトピックが直接授業で使える箇所になるでしょう。
・トピックの箇所では、歴史や公民との関わりにも注目した事例(例えば、隠れキリシタンの里、大阪の水運など)が選ばれています。また、効率と公正、社会資本などの概念が登場していますので、地理の学習のなかで公民へのつながりを意識させることができるようになっています。
・なお、地理学習では高校でも中学でも、日本地誌だけでなく、世界の地域の学習や国際理解に関係した世界地誌の学習がもとめられています。それに対しては、本書の源流となった「経済地理検討委員会」が作成して、日本経済教育センターからアップされている「グローバル社会を生き抜くために」と「マジで知りたい 日本あっちこっち」という二つの教材パンフが役立つでしょう。

④感想
・地理の専門教育をうけてこなかった評者にとっては、まず面白い本だったというのが最初の感想でした。特に、後半の各地の取り上げ方には思わず感心するものが多くありました。
・次に感じたのは、前半のGISの解説と活用方法の箇所が役立つという印象です。特にRESAS、MANDARAはこれを使って探究学習ができるぞという感想を持ちました。ちなみに、RESASには現在、コロナに関する情報を集めたV-RESASという欄があり、ホットな情報を直ぐに使えます。
・最近は地図帳が使えない先生が増えているということを、ベテランの中学の先生から聞きました。このような読み物としても面白い本からヒントを得ながら、地図にも教材の選択にも習熟してゆくのためのおすすめの本ではと思いました。(新井)

■猪木武徳著『経済社会の学び方』(中公新書)
①どんな本か?
 ・経済学の研究と教育に半生をささげてきた著者がが、これまでに実感してきたことを若い世代に伝えたいという思いで書かれた本です。
 ・経済学の方法論から、経済問題の改善や解決を考えるために知っておかなければならないことを述べた、いわば碩学による広い意味での経済学方法論とでもいうべき本です。

②どんな内容か?
 ・全体は6章からなっています。まずタイトルを紹介しておきます。
 第1章 まずは控えめに方法論を
 第2章 社会研究における理論の功罪
 第3章 因果推論との向き合い方
 第4章 曖昧な心理は理論化できるか
 第5章 歴史は重要だ(History Matters)ということ
 第6章 社会研究とリベラル・デモクラシー
 ・第1章では、方法論が持つ矛盾、問いの大切さ、観察、文献の重要さ、論文を書くときの作法、書き方などが「控え目に」と言いながら、ストレートに扱われています。
 ・第2章では、グランドセオリーのプラスとマイナスということで、リカードの比較生産費説が取り上げられています。ドグマにならないための人間観や比較の重要性などが触れられています。また、行動経済学のプロスペクト理論も取り上げられています。
 ・第3章では、原因と結果の関係の理論である因果推論が取り上げられて、因果を逆転させるような「思い込みの罠」から脱出するには、明快なテキストを、ゆっくり考えながら(楽しみながら)読むよりほかはないと指摘しています。
 ・第4章では、心理の理論化が扱われています。行動経済学は直接ここでは言及されておらず、おもに「期待」に焦点が当てられていますが、当然、行動経済学の近年の普及が念頭にあったことは想定できます。
 ・第5章では、日本的経営の柱と言われてきた終身雇用の捉え方を紹介して、安易な一般化をするなと警告を発します。また、ジャヤレット・ダイヤモンドなどが提唱している経路依存性の問題も扱われています。
 ・第6章では、科学研究と政治の関係から、マーシャルのcool head, warm heartの解釈、完全競争市場の考え方、競争の捉え方などが扱われ、最後に、スコットランド啓蒙やハイエクの議論をもっと高く評価すべきと結論づけます。

③どんなところが役立つか
 ・授業に直接役立つ部分は少なくとも、私たちが授業を行うときに当たり前にすすめてしまっている比較生産費説の説明、完全競争市場の条件、日本的経営の説明など、本当にそれでよいかを振り返ることができます。
 ・比較生産費説、完全競争市場などの経済理論には、「強い仮定」があること、それを無視して説明したり、そのまま政策に反映させたりしようとすると疑問や無理が生じることが本書では指摘されています。その部分を読むだけでも十分価値ありです。
 ・研究に関しては、「自分が問うたこと、知りたいことを徹底的に調べ、証拠を挙げつつ筋道を立てて推論し、人を納得させる作業だ」と言います。これは、私たちが教育を行うときの心構えに通じるものでもあり、生徒が探究活動を本当に取組む時に伝えるべき姿勢ではないかと思います。
 ・他にも服膺すべき多くの指摘があります。その多くは、アリストテレス的「中庸」に満ちています。リベラル・デモクラシーの社会は、われわれの知識が不完全である限り、パッチワークでもよいから「どうにか切り抜ける」ことによるしかなく、「抜本的改革」のかけ声(政治や経済だけでなく教育でも同じ)には注意が必要だという指摘など、昧読したいところです。

④感想
 ・個人的に、著者の主張に共感を覚えて、著作を読んできた評者にとって、本書は新書であっても、その総括にふさわしい本ではないかと思いました。
 ・本書を手に取ったら、同じ中公新書の『戦後世界経済史』や『経済学に何ができるか』を手に取って見ることをすすめます。音楽に興味のある向きは、この夏に出た『社会思想としてのクラッシック音楽』(新潮選書)もどうぞ。
 ・アリストテレスは別として、ヒューム、ハイエクなどはなかなか高校までは取り上げられることがない思想家ですが、経済学も経済だけでなく、広く人文学(Humanities)を踏まえたリベラル・アーツであるべきという著者の言葉を噛みしめたいと思いました。(新井)

■小林佳世子著『最後通牒ゲームの謎』(日本評論社)
①どんな本か?
 ・高校の授業でも取り上げられ始めている「最後通牒ゲーム」を切り口にして、その「謎」(違和感)をさらに深掘りをして、進化心理学から行動ゲーム理論を解説しようとする入門書です。
 ・高校生も読める入門書となっていますが、誰でも読める専門書を同時にめざしてたため、著者もあとがきで言っているように、一般向けの部分と注釈一杯の専門書という二冊分の内容になってしまったという本です。でも、それだけ一粒で二度おいしい本です。

②どんな内容か?
 ・全体は6章からなっています。これも目次を紹介しておきます。
 第1章 謎解きの道具
 第2章 ホモ・エコノミクスを探して
 第3章 「目」と「評判」を恐れる心
 第4章 不公平への怒り
 第5章 脳に刻まれた“力”
 第6章 進化の力
 ・第1章では、行動経済学と進化心理学の概説と本書の構成が書かれています。
・第2章では、最後通牒ゲームの紹介と理論値と実験結果が違うこと、それがなぜそうなるのか、問題提起がされます。
・第3章以降はその謎解きとなります。ここでは、まず「分ける人」側からの分析と独裁者ゲームの実験など各種実験が紹介されます。サブタイトルは「なぜ独り占めしようとしないのか?」。
・第4章は、今度は「受取る人」の心理を分析します。アンフェアが許せない心理を様々な事例や実験から読み解きます。サブタイトルは「なぜ損をしてまでノー!と言うのか」。
・第5章で、進化心理学の知見が紹介されます。サブタイトルは「裏切り者は、見つけられ、覚えられ、広められる」というちょっと恐ろしいもの。
・第6章はまとめの章で、最後通牒ゲームの謎を「適応合理性」という概念でまとめます。つまり、一見不合理に見える意思決定でも経済人がもつ合理的な意思決定と矛盾するものではないという結論です。

③どこが役立つか?
 ・来年度からはじまる「公共」では、思考実験として囚人のジレンマやトロッコ問題が教科書に登場しています。最後通牒ゲームも授業のなかで取り上げる先生もいることと思います。そんな際にでてくる生徒の疑問に、この本は応えてくれるはずです。
 ・ネットワークが先頃発信した、コロナ教材のなかで、分類1(人権、法など)に区分した、1-1「コロナ禍と同調圧力」、1-2「コロナ禍の帰省を規制するには?」を取り上げる場合、本書の第3章が参考になると思います。「自粛警察」も第5章のコラムで取り上げられています。
 ・同じく、分類8(財政)での、特別定額給付金を巡る効率と公正の8-1から8-4までの教材、分類9(国際経済)の9-1ワクチン債の教材などは、直接最後通牒ゲームを扱っていませんが、利他性と利己性が判断に絡む問題なので、参考になると思われます。
 ・中学校では、道徳の授業で最後通牒ゲームをやってみることで、利己性と利他性を考えるきっかけとなるのではないでしょうか。

④感想
 ・最初にも触れましたが、高校生でも読める本です。また、専門的な知識を確認するためにも使えます。「もっと勉強したい方へ」の文献案内も役立ちそうです。そんな工夫が生きている本だと感心しました。読みやすいけれど、程度を落としていない、全力投球の本です。
 ・特に、感心したのは、「おわりに」の箇所での、著者の現在までの経歴が書いてある箇所です。経済学部出身ではないこと、大学(東大)にもぐりで受講した経済学の講義がきっかけで大学院に進学したこと。三人のお子さんを育てながら研究を続けてゆく際の迷い、そのなかで出会った進化心理学によって研究の新たなステージへ、というプロセスは読者に勇気を与えることでしょう。
 ・同じく「おわりに」にある、「小さな疑問をただひたすらに深掘りしてゆく、ふるえるような楽しさを少しでも感じてもらえれば」という言葉は、先の猪木先生の研究に対する姿勢と共振して、共感すること大でした。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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 「しっかり」という言葉が気になって仕方ありません。
 特に政治家が頻用します。「しっかり取組みます」「しっかり検討します」…。大抵はごまかしに近い副詞です。同じような言葉に「スピード感」がありましたが、これはさすがにやってるそぶりが見え見えで、近頃はあまり聞かなくなっています。
 「しっかり」は便利な言葉なので、私もこれまで結構使っていましたが、気になりだしてからは「しっかり」チェックをして、使わないようにしています。
 気にしすぎでしょうかね。(新井)
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