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1月、睦月。
昨年はコロナに追われた一年でした。国内では、オリンピックは延期、内閣も吹っ飛びました。教育界でも、9月入学論議などの迷走がありました。
新年になったからといって、そう簡単に心機一転とはゆかず、内外ともまだ混迷が続きそうですが、こんな時期だからこそ、次の時代から呼びかけてくる声を聞きつつ、取組むべき課題を考え、教育実践を続けたいものです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 企画中のイベントや20年12月の活動を報告します。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…篠原代表の特別寄稿
【 4 】授業で役立つ本…今月も二冊
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【 1 】イベントの案内と最新活動報告
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■「先生のための春休み経済教室」を開催します。
 テーマ:「教科書と現実のギャップを埋める-教科書がカバーできていない最新の情報化・金融の動きをどう理解するか-」(仮題)
 日時:2021年3月28日(土)
 場所:Web会議システム上
 内容予定:篠原総一経済教育ネットワーク代表と野間敏克同志社大学教授による講演と質疑・討論を予定しています。
 詳細が決まり次第、HPにアップいたします。
 
■大阪部会(No.72)・東京部会(No.121)合同部会を開催しました。
 日時:2020年12月5日(土) 15時00分~17時15分
 場所:Web会議システム上
 内容の概略:参加24名
(1) 岡部ちはる氏(東京証券取引所)より、東京証券取引所「先生のための冬休み経済セミナ ー」(12月30日ウエッブ上で実施)の紹介がありました。

(2) 小谷勇人先生(青島日本人学校)から、「『中国ベンチャー企業から日本が学ぶべきこと』を授業化する」 の報告があり、検討を行いました。
・小谷先生が生活されている中国青島の生活や体験のなかで構想された、「今後日本はどのように経済成長をしてゆくべきか」という4次の授業紹介です。
・そのなかの、「他国に学ぶ日本経済の未来」の授業実践で、キャッシュレス経済の発達、信用スコアの実態、BATHの発展、中国での起業のスタイル、その日本との違いを紹介して、生徒に感想を書かせ、そのうえで、「現在の中国経済や企業の経営戦略を日本に導入したときのメリットとデメリットを考えよう」という課題を、バタフライチャートでまとめさせるという流れものです。
・生徒は、キャッシュレスに関しては当然視していた一方、信用スコアに関しては驚きと疑問を抱き、中国企業の戦略に関しては、日本へ導入のメリットとデメリットを冷静に分析して、「今後の日本はどのように経済成長していくべきか」というミニレポートでも、単元のねらいを達成した記述が出ていたことが報告されました。
・質疑のあと、篠原代表からは、先生方が日本国内の教室で、中国の成功を例にしてキャッスレス化のメリット、デメリットを教えるためには、もう少し幅広く、社会の構造を変えるほどあらゆる局面でデジタル化が進んでいることを知っておく必要があり、BATHやGAFAの全体像の実際と経済的な効果と新たな問題について、先生方の教えるために役にたつ論点整理をし、その結果を経済教育ネットワークの別の機会で紹介したい、とのコメントがありました。

(3)大塚雅之先生(大阪府立三国丘高等学校)から「ソーシャルビジネスの提案を通した金融経済教育-5年間の実践報告-」という報告があり、検討を行いました。
・所属校での、学校設定教科「探究科」においてSGHに指定されたことを踏まえた金融経済分野の5年間の実践報告です。
・二年間を一つの単位として、一年次で論理的思考力の育成、ソーシャルビジネスの提案に向けての金融の基礎学習授業、国内の社会問題の解決提案に取組ませ、2年次で、海外フィールドワーク、それを踏まえたソーシャルビジネスの提案、ビジネスグランプリへの応募という流れの授業プログラムです。
・今回は2年次での 国際金融機関の学習内容と、生徒のソーシャルビジネス提案の紹介があり、生徒の作品(2016年度の「洗うだけで蚊よけの効果のある洗剤の開発」)の紹介、2年間の学習後の生徒の自己認識変化のアンケート結果と、取組みの成果および課題が提示されました。
・討論では、SGH指定後の実践の継続の問題や海外研修がない場合の取組み方、SDGsの学習との関連などの質疑が行われました。

(3)米田謙三先生(関西学院千里国際高等部)から、「社会へのトビラを前に」の実践報告があり、検討を行いました。
・勤務校でのコロナ対応の様子、オンライン学習の取組みの紹介ののち、10年生(高校1年生)の「現代社会」での自作の教材と近畿財務局、大阪府消費者センターとのコラボ教材による授業の四例が紹介されました。
・第一例の近畿財務局とのコラボ授業の「資産形成体験ゲーム」は、元手を50万円として 25歳から75歳まで5つのイベントをきっかけとしてどのような投資判断をするかを競わせるという内容です。
・ほかに消費者庁教材を使った授業、自作のキャッシュレス決済に関する授業、大阪府消費生活センターとのコラボの消費者トラブルと解決法に関する授業が紹介されました。
・討論では、キャッシュレス決済、資産形成ゲームの問題、家庭科との連携などに関する質疑が交わされ、参加者からの消費者教育への取組みの状況が報告されました。
 部会内容の詳細は以下をご覧ください。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/12/Osaka72Tokyo121report.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のお知らせです。(開催順)>
■札幌部会(No.25)を開催します。
札幌部会(No.25)はオンライン会議にて行います。
日時:2021年1月30日(土) 15時00分~17時00分
場所:Web会議システム上
 申し込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/11/Sapporo025flyer.pdf

■大阪部会(No.73)・東京部会(No.122)合同部会を開催します。
大阪部会(No.73)と東京部会(No.122)はオンライン会議にて行います。
日時:2021年2月20日(土) 15時00分~17時00分
申し込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/12/Osaka73flyer.pdf

<関係団体・メンバーに関するお知らせ>
■李 洪俊先生(大阪市立加美南中学校教諭)による、高校入試問題の分析と授業への活かし方に関する論考
「全国公立高校入試(2020年実施)と「学びに向かう力・人間性等」の評価について」がHPに掲載されています。ご参照ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/12/2020ExamHighSchool.pdf

■新教材のモニターを募集しています。
 「証券知識普及プロジェクト」が提供して、現在も多くの学校で使用されている中高向けの教材『金融QUEST』が改訂、リニューアルされます。
 開発中の新教材『金融QUEST~体験して学ぼう!金融・経済・起業~』に関して、編集担当の清水書院がネットワークの先生方からの意見や試行授業を行ってくれる学校を募集しています。
 募集内容の詳細は以下をご覧ください。
 https://form.run/@shimizushoin-1609571037
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【 3 】授業のヒント 特別寄稿
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 「読み解き、考える」経済学習をすすめるために
          篠原総一(経済教育ネットワーク代表)
(1)分業と交換のしくみ
 「私たちのくらしは、くり返し営まれている生産と消費によって支えられており、これらのしくみや働きについて考えていくことが、経済の学習である。」(清水書院「中学公民」平成30年版、p.102)
教室では、このように大きい学習目的に沿って、家計、企業、政府が互いにつながっている様(さま)について学んでいきます。基本は、消費、生産、税支払い、政府の社会保障などのように、毎月、毎年繰り返されている経済活動の循環です。
しかし、経済社会は、毎年繰り返される経済活動のほかに、「現在の経済活動」と「将来の経済活動」をつなぐ仕組みもあわせ持っています。
今年の家計の貯蓄が今年の企業の設備投資を支え、それが将来の生産と雇用に結びついていくことも、「分業と交換のしくみ」の一部なのです。
それにもかかわらず、教科書ではその大半が、「現在と将来のつながり」という視点を無視するか、あるいはごく軽く触れるだけであるために、生徒も先生も、経済のこの重要な部分についての学習をパスしがちになってはいないでしょうか。

(2)教科書の記述
たとえば家計については、ほとんどの教科書で、可処分所得を消費と貯蓄に分ける、消費は暮らしを豊かにするための財やサービスを購入する、消費されなかった可処分所得は貯蓄される、とだけ書かれています。
あるいは、たかだか、所得のうち消費されない部分(貯蓄)は、金融機関への預金や証券などの金融商品の購入に使われるという記述までで、家計がなぜ貯蓄するのか、そしてその貯蓄が社会全体の中でどのような役割を果たしているのか、の説明はほとんど見当たりません。

(3)経済は、「現在」と「将来」をつなぐ役割りも
  実際には、家計は将来のことを考えて、所得の一部を貯蓄に回しています。
5年先に必要になる子供の教育費を用意する、いつか病気になった場合に備えて余分に蓄えておくといったように、何年か先のことも考えに入れれば、今年の消費をいくらかあきらめて、それを貯蓄に回すことが賢明な暮らしにつながるからです。
  一方、企業でも、直接金融、間接金融経由で集めた資金を、生産設備の入れ替え、企業内のデジタル化、技術開発の研究などに使いますが、それがその企業の5年先、10年先の生産を支え、ひいては社会全体の雇用機会の確保、GDPの押上げにつながっていくのです。
また政府も、公債発行で集めた資金で道路などの公共資本を充実させて、 それが10年先、  20年先まで私たちの便利な暮らしや企業活動を支える社会インフラになっていくといった、「時をまたぐ仕組み」の一翼を担っています。

(4)「仕組み学習」に取組む先生方へのお願い
もちろん中学生や高校生に3年先、5年先、10年先のことを意識させることは容易ではありません。
しかし、少なくとも先生方には、分業と交換には
① 「現在と現在」のつながりと、
② 「現在と将来」のつながり
の2種類があることをはっきりと意識し、その上で、家計、企業、政府の行動について着実に教えていくという授業を進めて欲しいものです。
そんな問題意識をもって中高の教科書を眺めまわしているとき、偶然、大竹文雄先生が日本銀行広報誌に寄稿された、おしゃれなショートエッセー、『理想的な「おかね」の貯め方』を目にしました。
すぐれた授業作りに励んでおられる先生方には、ぜひ熟読していただきたい一文です。
  「にちぎん」No.63 2020年秋号

(5)授業作りに役立つ大竹文雄先生のメッセージ
  この短いエッセーは4段構成になっていますが、それぞれの段落から「貯蓄の教え方」について一つずつ、合計4つの有用なヒントが見えてきます。
  第1段で、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」のデータを使って、私たちの貯蓄の具体的な目的を整理します。教育の上では、資料やデータを使って、貯蓄がなぜ私たちの暮らしに役に立っているのか、という貯蓄の目的と意義を読み取る作業に相当します。

 次いで第2段では、伝統的な経済学の知見を使って、消費と貯蓄の合理的な決め方について、さらりと説明しています。
 M・フリードマンの恒常所得仮説と、F・モディリアーニのライフサイクル仮説ですが、もちろん先生方も生徒も、仮説の名称や理論内容については無視して下さい。
要は、今年の暮らしだけでなく将来のことも考えるならば、バブル期のように所得が一時的に増えるときでも、逆にバブル崩壊で所得が大幅に減少するときでも、消費水準はあまり変えない方が家計にとっては合理的な選択になるということです。
分かりやすい例として、宝くじで300万円当たったとき、その年と次の年だけは豪奢な消費をして、その間はとても楽しかった、でも蓄えには回さなかった。ところが、その後、何年か不況が続き、所得も半減したため、消費も激減せざるをえなかったと考えてみましょう。このような暮らしはいかにも不合理です。運よく宝くじに当たったら、その年の消費はほどほどにして、将来のために貯蓄しておく方が合理的だということは、中学生、高校生も簡単に気づくはずです。
 このように、所得が増えるときには、消費は所得の増加分ほどには増やさず、増加分のほとんどは貯蓄しておきなさい。逆に所得が減少するときには消費はそれほど減らさず、貯蓄を減らすか過去の貯蓄を取り崩しなさい。それが合理的な貯蓄の決め方だ、というのがこれまでの経済学の教えなのです。(*註)

 大竹エッセーはここでは終わりません。第3段では新しい経済学(行動経済学)の知見を援用して、現実には家計は合理的な行動はとらず、所得が増えるときに貯蓄はほとんど増やさず、逆に消費ばかり増やすという事実を私たちに気づかせてくれます。教育の上では、可処分所得と消費・貯蓄の関係を示すデータを読み取り、その上で「なぜそのような行動をとるのか」という理由を考える作業です。
 大竹先生はその理由を、私たちが将来のことより今の楽しみを優先してしまうという、行動経済学で「現在バイアス」と呼ぶ行動をとるからだ、と説明されます。(分かっちゃいるけど、止められない、という困った行動です。)
ですから、所得が上下に変動する中で消費をできるだけ増減させないことが合理的であるにもかかわらず、私たちは、所得が増えたとき、ついつい消費も増やしてしまうというわけです。
 最後の第4段は、データや資料を読み取り理解した結果を使って解決策を考えるという作業です。それを、大竹先生は、「(長い目でみると)一見不合理だが、所得が多いときも少ないときも一定額の貯蓄を続けることだ。・・・将来の自分が誘惑に負けることを予期してルールを設定することが、実際には「ベストな選択」になる」とまとめています。
 言い換えると、「増えた所得は今使ってしまいたい」という誘惑を退け、毎年同じ額を貯蓄にまわすというルールを自分で作ることが、誘惑に負けた行動よりもはるかに賢明な暮らしに近付ける、という生活設計の勧めだということです。企業に勤めている人なら、毎月の給与から一定額を天引きする貯蓄も一法だということでしょうか。

(6)「読み解き、考える」経済教育へ
 このような考え方、教え方の4つのプロセスを「家計の経済活動」の学習に活かすことができれば、「資料やデータを読み解いて、その結果を使って課題について考える」教育としても、さらには、貯蓄学習や、「分業と交換のしくみ」を学ぶ上でも、生き生きとした授業を作っていけるのではないでしょうか。

*註) 実は、ここまでの論点を書き込んだ教科書もいくつか存在します。東京書籍『新しい社会 公民』(平成30年版、p.121)はその一つです。ただし、この教科書では、貯蓄の仕方についての記述は、残念ながら「消費と貯蓄への配分は合理的に行う必要があります」だけで、どうすれば合理的な貯蓄行動になるのか、という説明はありません。また同じ教科書の企業、政府、金融の説明個所でも、家計の貯蓄がどう使われているかといった経済循環に気づかせる記述も見当たりません。
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【 4 】授業に役立つ本
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(1)諸富徹『グローバル・タックス』岩波新書
①どんな本か
・『私たちはなぜ税金を納めるのか』の著者、京都大学の諸富先生の、現在進行中の多国籍企業や富裕層による租税回避の動きを阻止しようとする、グローバル・タックスの背景、対応策、国際的合意への展望をコンパクトにまとめた本です。
・税金は国家単位ですが、グローバル化の現在、国家をこえて課税できるか、その理念と難しさがわかります。

②どんな内容か
・目次を紹介しておきます。
  第1章 資本主義とともに変わりゆく税制
  第2章 グローバル化と国民国家の相克
  第3章 たちはだかる多国籍企業の壁
  第4章 デジタル課税の波
  第5章 新たな国際課税ルールの模索
  第6章 ネットワーク型課税権力の誕生
  第7章 ポスト・コロナの時代のグルーバル・タックス
  終章 租税民主主義を問う
・第1章から第3章までが現状の紹介、第4章が課題提起、第5章、第6章が新たな国際的取組みの紹介、第7章と終章までが国際公共財の重要性と今後の展望になります。

③役立つところ
・第1章から第3章までの前半が授業で使えるところです。
・グルーバル化のなかで、国民国家単位の税制をすり抜けるように租税回避に走るGAFAやスタバなどの多国籍企業、政治家や富裕層などの実態が具体的データで紹介されます。
・特に、第2章で取り上げられている、所得税率が1億円でピークをうち、それを超える富裕層では所得税率の負担が下がるという日本の税制の現状を指摘(本書p21)している箇所は、累進課税による所得再分配効果が書かれている教科書とのギャップを知らせてくれています。
・第4章以降は、教室で取り上げるには専門的過ぎる部分が多いのですが、経済のグローバル化、デジタル化が税制にとどまらず、経済全体にどのような影響を与えているか、それに対する取組みの現状を知っておくことが、授業に厚みを与えることになるでしょう。

④感想
・中学生に財政を教えている際に手に取って、生徒に日本の税の実態はこんな状態なんだと説明しました。ちょうど、トランプ大統領がほとんど所得税を払っていないことが話題になっていた時だったので、生徒の注目度は高いものがありました。
・著者の諸富先生は、篠原ゼミの出身で、ネットワークの「夏休み経済教室」にも登場したことがある先生です。この本でも、「あとがき」に篠原先生が登場します。参照あれ。
・「あとがき」でも紹介されていますが、多国籍企業や富裕層の租税回避に関しては、志賀櫻氏の『タックス・ヘイブン』(岩波新書)がおすすめです。
・また、グローバル・タックスの考え方は、本メルマガ、7月号に紹介した、バナジー&デュフロ『絶望を希望に変える経済学』(日本経済新聞出版)にも取り上げられています。ちなみに、同書は、日経新聞のエコノミストが選ぶ2020年の経済書の第一位となっていました。

(2)斎藤幸平『人新世の「資本論」』 集英社新書
①どんな本か
・33歳の大学准教授によるマルクス「資本論」の再評価本です。
・マルクスの晩年の資料をもとに、エコロジストとしてのマルクスを再発見して、脱経済成長こそが「人新世(ひとしんせい:人類が地球を破壊尽くす地球環境危機の時代)」と名付けられた現代の危機を救うとしたマニフェスト本(人によってはプロパガンダ本)です。

②どんな内容か
・これも目次を紹介しておきます。
 第1章 気候変動と帝国的生活様式
 第2章 気候ケインズ主義の限界
  第3章 資本主義システムでの脱成長を撃つ
  第4章 「人新世」のマルクス
  第5章 加速主義という現実逃避
 第6章 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
  第7章 脱成長コミュニズムが世界を救う
  第8章 気候正義という「梃子」
・気候変動を軸に、それに対処するには晩年のマルクスが発見した脱成長のコモンをもとにした社会が必要とする内容です。

③授業で役立つところ
・直接直ぐに役立つというより、思考実験の対象として読むことがオススメです。
・経済社会の類型を扱っている箇所で、通常は、私有制か公有制か、市場経済か計画経済かで四つの類型(資本主義市場経済、社会主義計画経済、社会主義市場経済、その他)が提示されますが、この本では、気候変動への対処に関して、平等か不平等か、権力が弱いか強いかで分けて四つの類型(気候ファシズム、気候毛沢東主義、脱成長コミュニズム、野蛮状態)に分けています。
・このような、二つの価値軸で四つの世界を抽出する方法を示して、生徒に現状分析をさせる授業の参考になりそうです。
・「はじめに」の箇所で、SDGsはアリバイづくりであり、「大衆のアヘン」であると挑発的なテーゼを著者はだしています。それを生徒(私たち教員も)に吟味させるという使い方もできます。

④感想
・著者は、NHKのEテレで、ドイツの哲学者のマルクス・ガブリエルと一緒に登場して、この人物は誰だと思わせた人物で、その本体は、彗星のように現れた若きマルキストであったというわけです。
・半世紀前、『資本論』を読んでいた紹介者にとって、「コミュニズムって結局アウタルキーじゃないですか」と発言して顰蹙をかったことを思い出させる本でした。
・脱経済成長の定常経済論は、古いところではJ.S.ミルなどからもあり、特に新しい主張ではないと言えますが、環境危機と関連付けて展開しているところが現代的でしょう。国連気候変動会議で演説したグレタ・トゥンベリさんの経済思想版と言えるかも知れません。
・著者はあとがきで、いまどきマルクスなんて「批判の矢が四方八方から飛んでくることを覚悟のうえで」本書を執筆したと書いています。その意気や良しとして、資本主義以外のシステムもありうるかもしれないという可能性を考えさせる手がかりの一つとして手に取って見るのも良いでしょう。 (新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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 コロナ禍の新年ですが、編者も巣ごもり正月を過ごしました。例年ゆく地元の神社への初詣も自粛。政府の言うことを良く聞く優良老人です。
せっかく閑居しているので、この正月はシェイクスピアに挑戦。きっかけはシェイクスピアの政治学とサブタイトルが付けられている『暴君』という岩波新書です。経済の本ではないのでオススメ本には取り上げられませんが、強烈な本です。
 シェイクスピア曰く。「世界はすべて舞台」です。私たち教員も教室という舞台の役者として生徒を納得させる芝居、いや授業をするために磨きをかけたいものです。
 そんな今月、篠原先生の特別寄稿をいただきました。HPの「論文資料」のページにも掲載しますので、昧読ください。 (新井)

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