reader reader先生


7月、文月。まだ多くの地域では梅雨のまっただ中ではないでしょうか。
本来なら、夏休み前の定期考査をむかえ、宿泊行事やクラブ合宿などの準備で慌
ただしい時期ですが、今年はやっと通常の授業に戻るための努力が続けられてい
る最中かと思います。
休業中の遠隔授業、これからの対面授業、それぞれの課題や問題を克服しながら、
良い点を統合できるか、新たな課題と直面する月になりそうです。
そんな今月もネットワークの活動を報告するとともに、授業に役立つ情報を提供
いたします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 20年6月の活動やニュースを報告します。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント 「オンライン授業の手ごたえを教室にも」
【 4 】授業で役立つ本
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【 1 】最新活動報告
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■東京部会(No.117)を開催しました。
日時:2020年6月20日(土) 15時:00分~17時10分
場所:ネット会議
主な内容:17名参加。
・今回は、杉田孝之先生(千葉県立津田沼高等学校)の司会でウエッブ会議を
行いました。

(1)新井(目白大学非常勤講師)から「70歳、中学生に経済を教える」の報告
がおこなわれました。
・これは、4月から筑波大学附属中学の非常勤講師を依頼された新井の実践報告
で、まず、休業中のウエッブを使った課題が紹介され、そのうえで、今回の検討
テーマになる「市場」の学習の紹介が行なわれました。
・ここでは、20年ほど前にNHKで放映された『世の中なんでも経済学』の価格
の箇所を使った、需給曲線の理解とシフトまで学習させるプログラムと生徒の
反応が紹介されました。
・検討では、教材とした番組の内容に関して、価格によって夏の旅行の需給を
調整するという解答よりは、企業は利益を上げるための合理的行動として価格
設定をするはずで違和感が残るとの指摘や、市場のセリの紹介の箇所で、セリは
供給が一定もしくは一人で需要が多数のケースなので、チョコバナナの価格決定
の話からセリに話を移すのは再考の余地があるのではないかという指摘もありま
した。
・また、チョコバナナの価格設定に手間賃があったが、それは企業にとっては
留保賃金であり、その部分の内容紹介を広げることで現実の企業の採用行動や
労働賃金の問題に発展できるのではという指摘もだされました。

(2)篠原代表から「需要曲線・供給曲線の教え方」の報告がありました。
・それぞれの曲線の教え方よりも、需要曲線と供給曲線を使って何を教えるか
が大切であるという視点からのレクチャーです。
・経済学習でもっとも教えたいのは分業と交換の理解で、それは市場を通した
交換だけでなく、様々な形態があり、競争市場であれ独占市場であれ、価格に
導かれて資源が配分されていることを理解させることが重要であると指摘され
ました。
・教える際には、完全競争均衡は、現実の経済の働きが理想状態からどのように
乖離しているかを問題にする際の比較対象としての意味として大事なのであり、
そのまま現実に説明出来る場合も少なくはないが、欠陥が多いことを知ってお
いて欲しいとも強調されました。
・価格の決まり方にも多くの類型があり、「社会を知る」という社会科、公民科
の視点からは、どの決まり方を取り上げるかが教育的に大事で、しっかり考えて
取り上げるべきとの指摘がありました。
・生徒の経験に近いケースとしては、オークション価格、差別価格、二部料金、
完全独占などがあり、それらをうまく完全競争均衡の理解と組み合わせて取り
上げることがよいかもしれないとの指摘もされました。
・以上を踏まえて、需要曲線の教え方、供給曲線の教え方のレクチャーが、図
を使っての解説がおこなわれました。

(3)まとめ
・二人の報告で時間いっぱいになったため、杉田先生から、これをもとに次回、
さらに質疑、討論を行いたいとの提案があり了承されました。
・部会内容の詳細は以下をご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/06/tokyo117reportR.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のお知らせです。(開催順)>
■札幌部会(No.22)を開催します。
札幌部会(No.22)はネット会議にて行います。
日時:2020年7月11日(土) 15時00分~17時00分
場所: Web会議システム上。 
参加申し込みは下記へ。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/06/Sapporo022flyerR.pdf

■大阪部会(No.70)を開催します。
大阪部会(No.70)はネット会議にて行います。
日時:2020年7月18日(土) 15時00分~17時00分
場所: Web会議システム上 
参加申し込みは下記へ。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/06/Osaka70flyerR.pdf

■東京部会(No.118)を開催します
東京部会(No.118)はネット会議にて行います。
日時:2020年7月25日(土) 15時:00分~17時00分
場所:Web会議システム上。
参加申し込みは下記へ。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/06/tokyo118flyer.pdf
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【 3 】授業のヒント 「オンライン授業の手ごたえを教室にも」
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(1)授業再開と新たな課題
緊急事態宣言が解除され、各地で臨時休業となっていた学校が再開しました。
生徒は久々に友達と再会して、元気一杯です。こちらも「ようやく教室で授業が
できる」と気合が入りますが、密集・密接を減らすために、グループ・ワーク
など話し合いを中心にした授業の制限が課題となり、頭を抱えてしまいます。
そこで、これまでと完全に同じスタイルの授業に戻すのではなく、オンライン
授業で利用した手法も取り入れて生徒の意見を還元し、「対話」のある授業を
考えます。

(2)オンライン授業の意図せざる効果
オンライン授業では、ウェブ会議システムを利用した双方向型の授業と動画配信
システムを利用した映像型の学習に大別されます。勤務校はこのうち、動画配信
を採用しました。
映像視聴後の学習を充実させようと、ウェブ上でアンケートを作成するシステム
の利用を試みました。そのシステムを用いて、生徒に毎回「事後課題」の提出と
「授業や課題で考えたこと、疑問に思ったこと」を記入させるのです。
すると、教室で取り組ませる時以上に、よく考えられた論述や、本質的だと感じ
る質問が出るのです。生徒の具体例と質問への授業者の応答をまとめ、PDFで閲覧
できるようにしたところ、「他の生徒の論述のすばらしさに驚かされた」という
意見もありました。
事後課題やフィードバックにより、じっくりと考えること(自己との対話)、自分
以外の人の意見を読んで再び考えること(他者との対話)が実現されていました。
オンライン授業の意図せざる効果です。

(3)教室とウェブ選挙を考える
東京では授業再開早々に、公民科としては見過ごせないイベントが迫っています。
それは、都知事選です。
候補者の主張を比較して自らの判断基準を考え、投票の体験をする模擬投票も大
事ですが、経済教育の視点から選挙を考えさせる主権者教育もあります。
投票行動のライカ―・オードシュックモデル(以後、意思決定モデル)を用いて、
まず、ウェブ上で考えさせてみるのはどうでしょうか。

 先生:なんで投票に行く人と、行かない人とがいるのでしょうか?
 生徒A:行く人は、義務感を持っているのと、投票により暮らしがよくなると
思っているからです。
 生徒B:行かないのは、めんどうくさいし、何をしても変わらないと思ってい
るのでは。
生徒の発言内容を意思決定モデル「R=P×B-C+D」
(期待利得=確率×利益-投票コスト+義務感)に整理し、このRが>0では投票
し、≦0では投票しないと考えられることを示します。

意思決定モデルで考えると、投票日に雨が降っていたらC(コスト)が高いので
投票しないと考える人がいるかもしれない。大勢が投票する場合、自分だけの投
票で当選するとは考えづらく、候補者選びも「機会費用」が高いと考えれば、行
かない方が合理的という「合理的無知」という考え方もあります。
一方で、自分の影響力や利益、義務感を高め、投票コストを減らすような対策に
より、投票行動を増やすことができる可能性も意思決定モデルから考えることが
できます。

(4)アンケート集計と教室での話し合いの準備
  先生:意思決定モデルの「P(確率)」「B(利益)」「C(コスト)」
     「D(義務感)」のいずれか2つに着目して、投票者を増やす「声かけ」
     を考えてください。
ウェブのアンケートシステムで回答させ、次回の教室での授業で生徒が共有できる
ように生徒の解答はまとめておきます。
教室での話し合いをする場合は、距離をとって、回数や時間を絞ることが求められ
ます。事前に内容を共有することで、短時間で話し合いが済むことにもつながりま
す。また、「D」を単に義務ではなく、Democracy(民主主義)の価値の重視でも
あると補足します。

(5)「新しい日常」の中の学び
学校の「新しい日常」として、マスクの着用徹底、生徒の健康観察、手すりやドア
ノブの消毒などの取り組みにより、感染予防を進めていることでしょう。学校行事
や部活動の大会が延期や中止となり、様々な制約が今後も継続するとともに、感染
者数が急増すれば休校となることがあるかもしれません。
そのような状況でも、学校で「集団で」学ぶことの良さとは、ある問題について
「どう思う?」と問いかけ、他者の「こう思うのだけど」を共有し、自己の意見を
相対化することにあります。
学びがいのある問題とオンラインも利用した手立てを用意して、直接の対話に限ら
ず、多様な生徒が共に学べる場をつくることができたら素晴らしいと思いませんか。
                     杉浦光紀(東京都立井草高等学校)
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【 4 】授業に役立つ本「絶望を希望に変える経済学」
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(1)今月の一冊
・アビジット・バナジー&エステル・デュフロ著『絶望を希望に変える経済学』
日本経済新聞出版

(2)内容の概略
・発展途上国の開発問題や貧困、教育問題の解決のためのランダム化比較実験を
通した研究によって2019年のノーベル経済学賞を受賞した三人(上記二人の他
マイケル・クレマー)のうちの二人による受賞第一作と銘打たれた本の翻訳です。
・ノーベル経済学賞といえば、新古典派の経済学者の受賞者が多いのですが、こ
の三人は開発経済学という貧困や格差を対象とするジャンルの研究者であると同
時に、若い(50代、40代)経済学者の受賞は、驚きをもって迎えられました。
・その受賞者の二人が書いた本が、紹介する『絶望を希望に変える経済学』です。
・内容は、以下のとおりです。
1 経済学が信頼を取り戻すために
2 鮫の口から逃げて
3 自由貿易はいいことか?
4 好きなもの・欲しいもの・必要なもの
5 成長の終焉
6 気温が二度上がったら…
7 不平等はなぜ拡大したか
8 政府には何ができるか
9 救済と尊厳のはざまで
結論 良い経済学と悪い経済学

・2と4のタイトルがちょっとわかりにくいのですが、2では移民問題が、4は、政
治システム、差別、情報など社会生活全般が取り上げられています。そうすると、
内容的には、移民、自由貿易、差別、成長、地球環境、不平等という現代の課題
が取り上げられている事がわかります。
・そして、最後に政府の役割が問われるという内容です。
・つまり、この本は現代世界、そして在住しているアメリカの重大問題を経済学
者としてどのように考えているかをストレートに書いた本ということになります。

(3)授業で使えるところ
・中学でも高校でも、現代社会の諸問題の箇所のテーマに関する授業準備の書と
して使えるでしょう。
・ただし、これをそのまま生徒に読ませるとか、資料として提示するためではな
く、授業者がそれらの問題をまず自分の頭で整理し、問題意識を研ぎ澄ますため
のテキストとすると良い本です。
・例えば、7の不平等では、ラッダイトというタイトルでAIによる失業増大の懸念
から話がはじまり、自動化の制御問題、そこから転じて新自由主義による再分配
政策、トリンクル理論、ハイテク革命によるネットワーク効果、金融界の高額報
酬、税率問題、タックスヘイブン…と続いていきます。
・内容豊富で、著者の論理を追いかけるだけでも大変ですが、それでも、包括的
に現代の格差問題の発生から現状までを考える手がかりは提示されていることが
わかります。
・そこからそれぞれのエピソードに関する教科書の記述を比較して、現実を提示
することができるでしょう。

(4)感想
・原著のタイトルは、Good Economics for Hard Timesです。自分たちの経済学は
Good Economicsとされています。当然、批判の対象はBad Economicsで新古典派
の経済学や新自由主義政策を主張するエコノミストです。
・自分たちをGoodとする点で、ある意味すごい自信であるとともに、それだけ現
代がHard Timesであり、パラダイムの転換が求められているということでもあると
いうことでしょう。
・それは、「ごく最近の経済学研究の成果には、目を見張るような有益なものが
実に多い。テレビに登場する「エコノミスト」の軽々しい説明や高校の教科書の
古くさい記述しから知らない人は、きっと驚くに違いない。」という記述からも
うかがえます。
・また、「かつて存在していた社会契約が急速にほころび始めている」という
指摘や、「持てる者」と「持たざる者」との対立が深まるばかりという焦燥感に
も似た問題意識に共感するところが大いにある本でした。
・それ以上に、「最新の成果は、重要な議論に新しい光を投げかけてくれると
信じる」という著者に、経済学者としての矜持と希望を感じさせる本でした。
(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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・5月には一度も乗らなかった電車に、6月は3回乗りました。午前中の9時台でし
たが、こんなにすいているのかと思うほどの乗車率です。
・乗り換えのお茶の水駅はがらがらです。大学が休校中で学生がほとんどいない
ためですが、学校にいっても教室はすかすかで、これまでに経験したことがない
風景で、なんだかデストピアの世界を垣間見る感じがしました。
・とはいえ、これが定常社会のユートピア、ゆとりある社会なのかもしれないな
と思わないでもない感覚にも襲われました。教育の世界も激震に襲われています
が、これを機会に、学校は何をすべきか、どうあるべきかを、幅広になどと言わ
ず、立ち止まって考えることがあってもよいかもしれません。 (新井)
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