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9月、長月。日本全国すべてではないでしょうが、今日から新学期がはじまるという学校も多いのではないでしょうか。
秋は学校行事の季節です。9月は多くの普通科の学校で学園祭が開かれます。学校によっては秋の学園祭でのクラス演劇やクラブの発表が終わらないと勉強に身が入らないという三年生もいるかもしれません。
今時の学校は問題山積ですが、それでも学校の良さは季節ごとに区切りの行事があることです。「祭りは終わった、さあ勉強だ」という切り替えも必要です。そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 22年8月の「夏休み経済教室」の報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…金子Tの授業づくり5回目。
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
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【 1 】イベントの案内と最新活動報告
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■「夏休み経済教室」が修了しました。
・当初のハイブリットを変更し、全面リモートでの実施となりました。
・進行役と一部の発表の方は、東京証券取引所アカデミースクエアから発信しました。
◆8月16日(火)大阪教室高校向けプログラム
・時間:9:30~15:50
・参加者:zoomによる視聴者90名
・主な内容:大塚雅之先生(大阪府立三国丘高等学校)の進行で以下のプログラムが実施されました。
(1)「共通テストの趣旨を活かした「公共」経済の授業」
・奥田展大先生(奈良学園中学・高等学校)からは、卒業生の6割が国公立大学に進学する中高一貫校での授業の紹介、共通テストの分析、得点を取らせるための課題、それを踏まえた授業実践報告がありました。
・金子幹夫先生(神奈川県立三浦初声高等学校)からは、共通テストを受験する生徒が少ない学校で求められる授業の在り方を押さえた上で、共通テストの分析から抽出されどんな学校でも活用できる日常生活に近く、考え方を問う問題の例、その分析をもとにした機会費用を巡る独自の授業案作成のプロセス、その実施状況、課題が報告されました。

(2)「職業選択を「公共」で考える」
・まず、塙枝里子先生(都立農業高等学校)から「職業選択を「公共」で考える~安藤先生のご講演の前に~」の報告がありました。
・それをうけて、安藤至大先生(日本大学)から、職業選択について高校生に教えることの難しさ、職業選択を巡る固有の難しさ、社会情勢の変化による職業選択の難しさ、それを超えるための幸せな職業選択のノウハウ、そして新教科「公共」の授業に期待することが述べられました。

(3)中西寛先生(京都大学)による講演「国際政治の現状と考え方」
・中西先生は、政治経済と地政学リスクの話から始められ、その前提としての国際社会の歴史を現代までたどり、その上で、ウクライナ戦争を三つの分析レベルで整理され、今後の展望を語られました。
・高校教育と国際政治に関しては、国際政治の多くのジレンマの理解が必要なこと、「歴史と地図のない国際政治はない」という高坂正尭先生の言葉を引いてこの二つの要素を入れて戦争と平和の問題を考えさせる事、情報レベルでは教師と差がなくなっている生徒に教師ができるのは、生徒に事実を整理し判断する力、概念化や判断力を育てる事が大事であると講演をまとめられました。

(4)齊藤誠先生(名古屋大学)による講演「『教養としてのグローバル経済』からのメッセージ」
・『教養としてのグローバル経済』を執筆された齊藤先生は、高校の先生方に伝えたいこととして、次の五つのマインドを持つことを述べられました。
・理屈を大切にするマインド、歴史(長い時間の経過)を大切にするマインド、新しい変化を大切にするマインド、平和を大切にするマインド、他者(人間)を大切にするマインドの五つであり、それぞれ具体的な例をあげて説明、そのうえで、理想の教科書を作るためには具体論の欠如をカバーすること、真の高大一貫のために高大の教員のコラボの大切さを訴えられました。

◆8月18日(木)大阪教室・東京教室中学校向けプログラム
・時間:9:30~15:50
・参加者:zoomによる視聴者165名
・主な内容:李洪俊先生(大阪市立矢田南中学校)の進行で以下のプログラムが行われました。
(1)「JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み」 
・鈴木深氏(東京証券取引所)と橋本ひろみ氏(大阪取引所)から、それぞれの取組みの発表がありました。
・鈴木氏からは、JPX(日本取引所グループ)の紹介と市場区分の見直しや最近の株式市場の動き、教材の紹介、橋本氏からは、大阪取引所の業務の紹介、映像によるバーチャル見学などがありました。

(2)「情報で金融を教える」
・新井明先生(目白大学)と塩田真吾先生(静岡大学)のコラボで、LINEと共同で制作した新しい金融・情報リテラシー教材が紹介されました。
・新井先生からは、この教材ができるまでの経過、三つの教材の概略、教材の使い方の話がありました。
・それをうけて、塩田先生から、三つの教材①基礎編:「信用」ってなんだろう、②応用編その1:「見えないお金」との付き合い方を考えよう、③応用編その2:複利的思考を身につけよう、の内容紹介がありました。
・さらに新井先生から、この教材を使った授業とその結果の報告がありました。

(3)「歴史で経済を教える」
・梶谷真弘先生(大阪茨木市立南中学校)から、著書『経済視点で学ぶ歴史の授業』をもとにした授業提案が行われました。
・淀屋長安の話から、どうして江戸の豪商が生まれたのかの授業紹介、徳川吉宗と徳川宗春の政策の違いを考えさせる授業などが紹介され、なぜ歴史学習に経済の視点が必要となるのかの説明がありました。
・コメントとして、篠原総一代表から、授業づくりで求められる作法、歴史を通して経済が腑に落ちるネタとしてエンクロージャーから学べる経済の話がありました。

(4)「地理で経済を教える」
・河原和之先生(立命館大学他)から、地理的分野の学習から経済につながる多くの事例を紹介いただきました。 
・導入としてくまモンの<ほっぺ>の赤は何だろうというクイズから始まり、地理学の5大テーマに即して、新潟のコメ、静岡のお茶、川上村のレタス、沖縄の産業構造、世界のバラの生産などが紹介されました。
・加藤一誠先生(慶應義塾大学)からは、「地理的事象を経済教材として使って見ましょう」ということで、貿易、物流、船と飛行機などの具体例をあげて、それが教科書のどことつながっているかの紹介がありました。

◆8月19日(金)大阪教室高校向けプログラム
・時間:9:30~15:50
・参加者:zoomによる視聴者150名
・主な内容:大塚雅之先生(大阪府立三国丘高等学校)の進行で以下のプログラムが実施されました。
(1)「共通テストの趣旨を活かした「公共」経済の授業」
・熊田亘先生(筑波大学附属高等学校)は、生徒の状況、先生の授業づくりの姿勢を述べられたあと、入門ゲーム理論の授業の最初の部分の紹介をされました。
・この授業は四つのステップで構成され、最初は2人1組での三つのじゃんけんゲームをやらせて、次にその検討、さらに現実の分析に役立つこと、最後に自分たちで事例を考えさせるというものです。ここを出発点として、さらに、混合戦略、ナッシュ均衡、番手ゲームまで学ばせているとのことです。
・金子幹夫先生(神奈川県立三浦初声高等学校)から16日の報告と同趣旨の発表がありました。

(2)柳川範之先生(東京大学)による講演「経済を教える前に知っておいて欲しいこと」 
・柳川先生は、経済を理解するための視点、経済学の考え方、現代の課題の三つの内容を話されました。
・経済を理解するための視点では、前提としてロジカルな説明や議論ができることが求められ、相手の立場を考える事、経済現象は相互作用の結果であることなど経済を考える視点を話されました。
・次に、経済のメカニズムを理解するための希少資源、配分、価値判断などについて言及されたうえで、現在の日本社会の課題を短期の課題と政策課題にわけて紹介され、最後に高等学校でどのような人材を育てて欲しいかを述べられました。

(3)「職業選択を「公共」で考える」
・8月16日の大阪教室と同趣旨の内容を塙枝里子先生と安藤至大先生がコラボでお話しになりました。

(4)中野勝郎先生(法政大学)による講演「新科目「公共」での国際社会の教え方」
・高校の「公共」教科書の著者でもある中野先生は、まず「公共」での市民の捉え方について経済と政治での捉え方の違いから話を始められ、学習指導要領の定義する公共と国際社会の関連、その問題点に言及されました。
・公が官と同一視されがちな公共ではなく、市民が主体となる公共性の転換が求められること、その視点から国際社会を捉え直すことをパンデミックとウクライナ侵攻を例に話されました。
・現在求められているのは地球市民社会をいかに作り上げることができるかであり、そのための4つの具体的な論点を提示されて、それらを考えさせ取組ませる教育が求められるとまとめられました。
 以上の内容の詳細および当日の質疑の内容は、整理がつき次第HPに掲載いたします。
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■東京部会(No.130)を開催します。
日時:2022年9月10日(土) 19時00分~21時00分
場所: 慶應義塾大学三田キャンパス校舎+オンライン(Zoom形式)
  申し込みは以下から。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/07/tokyo130flyerZoomHibrid.pdf

■札幌部会(No.31)を開催します。
日時:2022年10月8日(土) 15時00分~17時00分
場所:キャリアバンクセミナールーム+オンライン(Zoom形式)
  申し込みは以下から。
  https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/06/Sapporo031flyer.pdf

■大阪部会(No.81)を開催します。
日時:2022年10月29日(土) 15時00分~17時00分
場所: 同志社大学 大阪サテライト+オンライン(Zoom形式)
申し込みは以下から。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/07/Osaka81flyerHybridZoom.pdf
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【 3 】授業のヒント 「6回シリーズ 金子Tの授業づくりノウハウ その5」
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一行目にスターはいた 交換と分業の授業  ~交換編~
神奈川県立三浦初声高等学校 金子幹夫
0.経済学習のスターたち
 夏休みが終わり「公民科」ではそろそろ経済学習に入ろうとしている頃かと想像します。 では、経済学習の一番はじめの授業で何を教えたらよいのでしょうか。
 パッと教科書をひらくと,図版や写真と共に太字で書いてある文字に注目してしまいます。そこには財、サービス、経済、見えざる手、市場・・・と経済学習のスター的存在にあたる用語が並んでいます。
多くの生徒は,この目立つ情報と自分の生活経験とを結びつけて経済学習の内容を想像しているのだと思います。
しかし,私たちが注目するのは,この太字になっている用語だけでよいのでしょうか。
 そこで,教科書のはじめに書いてある内容に注目してみました。
一行目の文は太字にはなっていません。しかし,教科書執筆者がどのような学習をしてもらいたいのかという一番の想いとつながっていると思うのです。
さっそくページを開いてみると、
「自分一人では生活できないということ」,
「社会は分業と交換で成立していること」,
「毎日買っている商品はどこかで誰かがつくり、私たちの近くまで運ばれて売られているものであること」、といったことが様々な表現で書かれています。
教科書では経済分野のはじめのところで「分業」と「交換」をとりあげていることがわかります。

1.実はスーパースター?
 経済分野の授業開きにおいて,教科書の太字部分に注目するのか,それとも冒頭の文(第一行目)に注目するのか。筆者は冒頭の文に手がかりを見つけたいと考えました。
そこで解決しなければいけない問題に出会います。「分業?」,「交換?」。文字記号で意味を伝達すれば,それで教えたことになるのか?という問題です。
 教科書執筆者が冒頭で示している用語なのですから,これは経済学習のスーパースターに違いない。ということは,文字記号を使って知識を伝達する授業とは異なる教え方を模索することで,厚みのある授業を実践するべきだと考えました。

2.「社会科」における分業と交換
 アダム・スミスは『国富論』で,分業は人間がもつ,物と物とを交換する性向のせいでゆっくりと達成されたという意味の文を書いています。人間は交換したいという性質を持っていると読み取れます。
科学ジャーナリストのマット・リドレーは『繁栄』(勁草書房2010年)の中で「初めて物を交換し始め、それを契機に文化が急に累積的になり,人類の経済的『進歩』という,がむしゃらな実験がはじまった」として「人間は交換によって『分業』を発見した」と主張しています。
人間の行動についてこれから学習しようとする場合、「分業と交換」は,人類の歴史に関わる大きな流れの中で捉えるべき用語だと読み取ることができそうです。
さて,この解釈を,どのように生徒に伝えたらよいのでしょうか。そこではじめに「交換」について,つぎのような授業を設計してみました。

3.本当に交換するのかな? 準備編
 100円ショップでお菓子を買ってきました。小さくて同じお菓子がたくさん入っているもの(一口サイズのチョコレート)や,1つずつ包装されているクッキー等です。
 次に生徒の人数分封筒を用意します。一人ひとりに手渡す封筒です。そこには,同じお菓子を5,6個入れます。セロテープで閉じてしまえば,中に何が入っているのか分かりません。生徒人数分の封筒ができました。
 さあ教室に行きます。
「今日は何の勉強をするの?」と問いかけが殺到します。大きな荷物を持って教室に入るのですから聞いてみたくなるのは当然です。たくさんある封筒ですから,いつかもらえる物だなと予想していることは,生徒の目を見れば分かります。
 授業が始まり,少しお話をしたところで「みんなこの封筒が気になるでしょ?」と生徒の状況を探ってみます。
そして「もらってもまだ開けないでください」といって配付します。       
 全員に封筒が配られました。
「早く開けたい」というエネルギーが教室に充満します。
「開けたら,中に何が入っているのかを確認してください。入っている物は皆さんに差し上げます。それと・・・周りの人が持っている封筒に何が入っているのかを見に行ってください。立ち歩いてもいいです。」といって「それではどうぞ!」と開封を宣言します。

4.本当に交換するのかな? 実践編
 開封後の教室は,デジタル騒音計があったら計測してみたくなるような状態になります。
筆者はジッと待ちます。必ず質問が出るはずだと信じています。
20~30秒もすると「食べていい?」という質問が出ます。「どうぞ!」と答えます。
「交換していい?」と複数の質問が出ます。「来た!!」と筆者は心の中で叫び,落ち着いた声で「どうぞ」と答えます。
しばらくの間、食べたり交換したりといった活動が続きます。10分もすると,教室は落ち着きを取り戻します。自席に戻るように指示して,次の発問をします。

5.どうして交換したの? どうやって交換したの?
 「何が入っていましたか?」,「それをどうしましたか?」。の順番に発問します。
後者の発問に対しては「食べた」,「取りかえた」という発言がありました。「取りかえた」と発言した生徒には「どうして取りかえようと思ったの?」と尋ね,次にどのように交換したのかをきいてみました。
 「どうして交換したのか」という問いには,「自分の物が全て同じでつまんないから」,「取りかえた方がトクするから」という発言がありました。
交換で手放すモノの価値よりも,手に入れるモノの方に価値があると判断したようです。
 「どうやって交換したの?」という問いには,たくさんの発言がありました。
○○と△△を交換した,というものもあれば,☆☆2つと××1つを交換したと,比率を示す者もいました。小さい一口サイズのチョコが価値を計る基準の役割を果たしているようです。

6.交換・・・好き?
 盛り上がりが一段落したところで,「交換をしてみてどうでしたか?」と問うてみます。
 「そりゃ楽しいに決まっているでしょ」,「もっとチョコがあればいろいろと交換できたのに」といった発言がみられました。この言葉を待っていました。
「チョコがたくさんあればラッキーっていうことだよね」とつなぎ、モノをたくさんつくることというのはどういうことなのかを考える手がかりをつかむのです。
交換はこころよい感じがするということ,そして手持ちのモノが多いほど交換の機会が増えるという感覚を共有しました。

7.どうしてこのような学習をしなければならないのか?
 経済学習の多くは,教師が知識や概念を生徒に伝達することで構成されています。
 生徒に合った教材が用いられていれば,経済的な見方や考え方を伝えることは可能だと思います。しかし,それだけでは足りないと筆者は感じているのです。
 政治の学習が終わり経済について学び始めようとする生徒に,文字記号による知識の伝達だけでは伝わらないものがあると捉えています。
この伝わらないものを教室の外から補充するのではなく,生徒の内側から湧きあがる知識と結びつけて認識を形成することができるのではないかと考えて今回の授業を考えてみました。
 交換と分業の授業に関連して,今回は交換について生徒を動かすという方法で教えてみました。経済学習を進めるための基盤を形成する力が培われるのではないかと期待しています。

8.交換から分業へ
 次の授業で教えようとする内容は「分業」です。
交換は心地いいものである(幸福につながる)
→できればたくさん交換したい
→モノがたくさんないと交換の機会は減る
→どのようにしてたくさんのモノづくりが可能になるのか?
と授業を設計したいのです。
 分業にもいろいろありますが,次回はものすごく話を単純にして,1つの製品をつくるために工程を細分化した場合、つまり工場内分業を想定した授業について考察したいと考えました。
教科書には、アダム=スミスの『国富論』のピンの製造の分業を紹介して、分業と交換について説明しているものもあります。
そこで,次回は教室の中を生徒が動き回る授業を考えてみたいと思います。

9 つけたし
 今回の授業実践は,お菓子を使いました。実際に同じことをしようとするといくつか乗り越えなければならない問題に直面します。例えば,お菓子を持ち込ませない中学校では難しい、授業中ものを食べることが許されない、予算の問題やアレルギーの問題等々もあります。
そこで筆者はあるとき,お菓子の写真が入ったカードを定期券サイズでたくさん印刷して配ったことがあります。恐る恐る生徒の行動を見ていたのですが,幸いにして交換活動は活発に行われました。
紙ベースでも実践は可能だということを補足します。
これまでのシリーズ「金子Tの授業づくり」
第1回 https://econ-edu.net/2022/05/01/3982/
第2回 https://econ-edu.net/2022/06/01/4003/
第3回 https://econ-edu.net/2022/07/01/4031/
第4回 https://econ-edu.net/2022/08/01/4061/
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月も、授業づくりのヒントになる本を紹介します。
■成田悠輔『22世紀の民主主義』SB新書
①どんな本か
・ネット世界で話題の経済学者(とひとまずこう表現しておきます)である成田悠輔さんが書いたベストセラーの新書です。
・現代社会を覆っている「分厚いねずみ色の雲」を気鋭の学者がアルゴリズムで快刀乱麻にした本と言ってよいでしょう。

②本の内容は
・テーマの中心は選挙ですが、選挙だけでなく民主主義全般、現代社会の問題を総体的に扱っています。
・「はじめに」のところで、要約があるのでそれにしたがって紹介すると、
 今世紀に入って20年、経済をみると民主主義的な国ほど経済成長が低迷している。民主国家は失敗している、劣化していると言って良いというのが最初の診断。
 では、そんな劣化した民主主義に対してどんな対処の方法があるか。著者に言わせると三つ。
 一つは、闘争。ここでは選挙制度の再デザインの検討がされます。
 二番目は、逃走。政治制度を商品化、サービス化してしまえという主張。また、既存の主権国家以外の場所に逃げるという手もあることが紹介されます。
 三番目は構想。ここがメインの主張部分で、無意識データ民主主義が主張されます。これは、エビデンスに基づく目的発見とエビデンスに基づく政策立案ができる社会で、選挙民主主義と知的専制主義とデータによる意思決定の融合の社会とのことだそうです。
 22世紀は無意識データ民主主義の社会になるだろう、するべきだ、それは革命になるだろうというのが著者の宣託です。

③どこが役に立つか
・冒頭に出てくる「若者が選挙にいって政治参加したくらいではないも変わらない」という著者の啖呵をどう吟味するか、それをしてみたい先生向けの本です。
・第2章「闘争」の選挙をいじるの箇所が、主権者教育、有権者教育に関心のある先生には反面教師として役立つはずです。
・第4章「構想」の、民主主義はデータの変換であるとして、アルゴリズムを使って民意を自動化しようとする箇所、ここは著者の研究テーマの応用部分であり、成田さんが何をどう取組んでいるかを知るには良いでしょう。
・先生だけでなく、この種のデータサイエンスに興味を持っている生徒にこんな本があるぜと紹介するのにも手頃な本かもしれません。

④感想
・ベストセラーになっている本はあまり手にしないのですが、紹介者も選挙をテーマにした授業を組み立てたことがあり、手に取りました。
・一読。面白いけれど…、という感想です。著者は麻布高校の出身だそうですが、麻布のような学校にはいるよなあこういうタイプというのが率直なところ。アンファン・テリブルの一人ですね。
・素人の床屋政談という批判もありますが、テーマも手法も検討の価値ありです。本人もそんな批評がくるのは十分分かって書いているでしょう。
・22世紀の政治家はネコになるという予言がありましたが、紹介者の住む東京ではネコが政治家になりました。予言はすでに当たっている。

■三枝利多編著『ワークシートで見る全単元・全時間の授業のすべて 中学校社会公民』(東洋館出版社) 
①どんな本か
・タイトル通り中学公民的分野での授業のためのワークシート集です。
・他の本との違いは、三枝先生が日頃から主張されていた活動型授業が随所に、かつ大胆に取り入れられているところです。

②本の内容は
・総論として「公民的分野における指導のポイント」(三枝先生執筆)が置かれ、あとは、A私たちと現代社会、B私たちと経済、C私たちと政治、D私たちと国際社会の諸課題という学習指導要領通りの順番での授業案、ワークシートが収められています。
・それぞれの項目では、様々な活動型の授業提案がされています。
 例えばAの1の私たちが生きる現代社会と文化の特色ではグループ学習が、Aの2の現代社会を捉える枠組みではジグソー型の学習が提案されています。
 その他、Bの経済ではシミュレーション、企画書づくり、ディベート、Cの政治ではパネルディスカッション、模擬選挙、予算案作成のシミュレーション、模擬裁判など豊富な事例が提案されています。
 最後のDの国際社会はディベートで締めくくります。

③どこが役立つか
・三枝先生が書かれた総論部分が三枝社会科のエッセンスがつまった部分になっています。ここを熟読することで、公民の授業づくりのポイントがつかめるはずです。
・特に、このなかで指摘されている、授業をパッケージで考える、活動型の授業を組み立てるためには地歴の授業の段階から積み上げてゆく、クラスの班活動での指導など日頃からの指導があって成り立つという内容は、公民分野の授業づくりだけではない重要な指摘の部分でしょう。

④感想
・三枝先生のこれまでの実践の集大成という感じの本です。
・残念なのは、分担執筆のために、経済学習での大きなストーリーが見えなくなっているところです。
例えば、無人島漂着シミュレーションではじまる経済学習ですが、それをうけて登場するのは家計のシミュレーション、企業の企画ですが、無人島漂着シミュレーションはここでは消えています。ここまでは三枝先生の執筆なのですが、次の市場と働きは別の執筆者となり、活動型の授業は一端分断されます。
次の政府の役割で再び無人島シミュレーションが登場して財政問題が扱われますが、そのあとに別の執筆者による財政問題のディベートとなります。ここでも分断が起こってしまっています。
・また、金融が企業の企画の冒頭で講義として扱われるだけで独立して登場してこないのも少々残念です。
・それぞれの項目を活動型のパッケージとして学習することは、生徒が主体的に授業に臨むための大きな条件になるでしょうが、パッケージどうしをつなぐ大きなストーリー(例えば、無人島漂着シミュレーションのストーリーで全体を通してみるなど)があると、もっと三枝社会科の良さが浮かび上がるのではないかと感じました。
・もう一つ注文すると、政治分野を三枝先生がどう扱っているか、それも読みたかったなと思いました。

■日経BP編『ウクライナ危機 経済・ビジネスはこう変わる』日経BP社
①どんな本か
・ロシアによるウクライナ侵攻が経済やビジネスにどんな影響を与えるのか、侵攻1ヶ月目の時点で経済雑誌がまとめたレポートです。
・ウクライナ危機を巡る軍事や政治の動きは日々報道されていますが、経済やビジネスに関するまとまった情報は多くはありせん。その穴を埋めるために活用できる本です。

②本の内容は
・まえがきで、編者の日経ビジネスシニアエディターの森永輔氏はウクライナ危機を、大国と大国が戦争する時代がはじまったこと、経済を武器とした戦争であること、東アジアの安全保障政策に影響を与えるという三つの視点から見る必要があると書いています。
・それをうけて、全体は8章で構成されています。各章のタイトルと扱っている内容を紹介しておきます。
 Ⅰ甦る冷戦(総論)、Ⅱ黄昏の帝国(ロシアの動向)、Ⅲ隣国の脅威(欧州の対応)、Ⅳ各国のジレンマ(欧州以外の世界の対応)、Ⅴ未来なき戦い(経済断絶の可能性)、Ⅵ知られざる戦場(サイバー、先端技術の戦争)、Ⅶ資源混迷(日本の動き)、Ⅷ戦略転換(日本企業の対応)

③どこが役に立つか
・国際社会を経済面から扱う場合、具体的な事例を紹介する際にネタ源として役立つでしょう。
・例えば、航空機でいえばロシア上空を飛ぶことができなくなったための対応をどうしているのかなどは、Ⅷの戦略転換の「JALはシアトル経由パリ便も」のところで紹介されています。これは地理の学習でも活用できるネタでしょう。
・その他、LNGの争奪合戦、電気料金、ユニクロなどの小売業の対応など事例豊富です。
・金融制裁、貿易の制限など、グローバル化の逆進行についても触れています。国際経済を扱う際に参考になるはずです。
・ただし、この本の内容は今年の5月時点までのものなので、その後の推移をフォローする必要があります。

④感想
・日頃あまり目を通すことが少ないビジネス雑誌が授業の情報源として意外に役立つことを実感します。
・政治に比べるとビジネスは、かくあるべしという正義より変化する状況を前提としてそのなかでどう生き延びるのかというプラクティカルな対応で動いていることが実感できます。
・ウクライナ戦争は長期化が懸念されますが、軍事面、政治面だけでなく経済戦争の面がどう推移してゆくか注目したいと思いました。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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先日、コロナワクチンの4回目を接種しました。副反応はほとんどなしでした。年寄りは副反応が少ないと言われているので我が身の老化を実感しました。
withコロナというけれど、片方での医療崩壊、片方での行事再開、ダブルバインド(板挟み)という言葉が頭をよぎります。
コロナだけでなく、政治も経済もダブルバインドが目に付く昨今ですが、一元的に支配・命令され、服従するよりは良しとすべきなのでしょうか。(新井)
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